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第25話「ワカヒコ復活」

 気を失ってしまっていたタヂカラオとオモイカネは、地面の小刻みな振動を感じて目を覚ました。


「オモちゃん、気がついたか!? この揺れは地震じゃなさそうだ」


「これは……誰かが遠くで戦っているようですね。しかしなぜでしょう、頭がすっきりと冴え渡るような……こんな感覚は、初めてです」


「俺もなんだか、体の底から力が湧いてくるようだぜ。あれだけ疲れ切っていたのに」


「タヂカラオさんもですか?」


 二柱は、神力を使い果たして倒れてしまったとき、背中から優しい光が与えられていたことを思い出した。


「もしかして、お嬢ちゃんが……」


「きっと七星ちゃんのおかげでしょう。しかし、皆さんとははぐれてしまったようですね」


 そこで、二柱が感じていた振動が縦揺れに変化した。

 タヂカラオは周囲を警戒しながらオモイカネに注意を促す。


「この振動、どうも嫌な感じだ。しかもどんどん大きくなってきてるぜ」


 刹那、地中から地上へと岩石が噴出したかと思うと、そのまま穴からヨモツノオオムカデの巨大な頭部がせせり上がってきた。


『やっと見つけた、神……どんな味か、喰ってみる!』


 この化け物は入り組んだ迷路となっている黄泉国でも地中を移動する習性があった。

 戦闘力は極めて高いものの、その習性故に地中での移動速度が遅く、体全体が這い出てくるまでにまだ時間がかかるようだ。


「ムカデの化け物か。デカさが尋常ではないな」


「きっと猛毒を持っています。気をつけてください!」


「じゃあいつものアレ、頼むぜ!」


「ええ。ありったけ行きますよ!」


 オモイカネは祈祷により神力の加護をタヂカラオに付与していく。

 勝利の祈願、無病息災、そして毒虫除けの加護まで。


「きたきたぁ! 今日はいつにも増してキレッキレだな!」


 オモイカネが施した加護の効果は絶大で、高天原でも比肩する力の持ち主がいないとまで言われるタヂカラオの腕力は極限まで膨れ上がった。

 そこで地中からヨモツノオオムカデの全身が這い出してきた。

 地上のヨモツノオオムカデは多足とは思えないほど素早くタヂカラオに近づき、鋭い牙でタヂカラオの左腕に噛み付いた。

 それを機に大量の毒が仕込まれた多足でタヂカラオの全身をがんじがらめにした。


「タジーさん!!」


 オモイカネが心配のあまり、相棒の名前を愛称で呼ぶ。


「へへっ。やっとその名前で呼んでくれたな。このくらいどうってこと……ねえって!!」


 全力を出したタヂカラオにより、ヨモツノオオムカデを振りほどいた。

 そして再び襲ってきたヨモツノオオムカデの頭部に、全身全霊の拳を打ち込む。


「最大神技――興龍拳(こうりゅうけん)!!!」


 滝を昇る龍、という技の名前の通り、タヂカラオの神力が龍のような波動を伴ってヨモツノオオムカデの頭部から全身へとを粉砕した。


「やりましたね、タヂカラオさん!」


「まあ、こんなもんか。まあオモちゃんの毒除けの加護がなかったら、やばかったけどな!」


 二柱が勝利を確信した、まさにその時だった。

 タヂカラオとオモイカネを取り囲んでいた空間が歪み始め、二柱は再び石碑の間へと転移させられた。

 その場には彩雲、そして致命傷を負った七星が倒れ込んでいた。

 慌てて男神(おがみ)二柱は幼き女神たちの元に駆け寄る。


「嬢ちゃんたち……!? これは!?」


「闇が……闇に襲われて……!」


 彩雲はようやく立ち上がったが、まだフラフラとしている。

 その時、石碑から再び闇の影が姿を現し、その場にいる神々を嘲笑しはじめた。


『我を倒せる唯一の武器、その弓と矢がたった今、同時に失われた。お前たち神どもが我を倒す手段はもう永遠に消えたのだ。悔悟(かいご)しろ。泣き叫べ。そして己の無力を噛み締めながら、絶え果てるがいい』


 その挑発を耳にしながら、タヂカラオは唇を噛んだ。


「くそっ! オレたちをバラバラに引き離したのは、このためだったのか!」


「タジーさん、また何か来ますよ!!」


 オモイカネが注意を促した通り、再び神たちの前方で空間がゆらぎはじめた。

 新たな敵か、とタヂカラオが身構える。

 黄泉国の空間がバリバリと音を立て、割れた。

 しかし、これこそが彩雲の望んだ未来であった。

 神弓・天之麻迦古弓の力で強制的に改変された過去が、時空を超えてこの現在の事象に変化をもたらす。

 時空の歪みから飛び出てきたのは、彩雲の父、ワカヒコであった。


「彩雲――無事か!?」


「お父様あっ!!」


 ワカヒコには病に伏していたときの弱々しさはなく、あふれるばかりの神力を身にまとっている。

 その左手には、天之麻迦古弓を強く握りしめられていた。



 タヂカラオとオモイカネはワカヒコの姿を見て仰天した。


「ワカヒコっ!」

「ワカヒコさん!?」


 過去から現在へと時空を超えて飛び出してきたワカヒコは、タヂカラオとオモイカネの二柱がいることに戸惑いながらも、倒れている彩雲に駆け寄った。


「彩雲! 大丈夫なのか……!!?」


「うん……大丈夫です」


 彩雲は気丈にも立っているが、まだ万全には程遠かった。

 そしてこの機をのがすほど黄泉国大魔王は甘くはない。

 この場に転移してきた神々を狙って、有象無象の化け物たちが岩壁の隙間からワラワラと這い出してくる。

 ワカヒコそして彩雲たちの窮地に、男神二柱が立ちふさがった。


「ここは俺たちに任せておけ! ワカヒコは嬢ちゃんたちを頼んだぞ!」

「ワカヒコさん、詳しい話は後で……!」


 タヂカラオとオモイカネはワカヒコにそう言い残し、化け物たちの中へ突っ込んでいった。

 加護を得ているタヂカラオの突進で悪鬼たちが次々と跳ね飛ばされ、宙を舞いながら霧となって消えていく。

 彩雲は、ずっとずっと待ち望んだ父の姿を目にした安堵と、瀕死の七星を自分では助けられないという絶望が混じり合い、眼からとめどなく涙が溢れてくる。


「うう……お父様……七星ちゃんが……!」


 彩雲に怪我がないか確かめたワカヒコは、次に彩雲が気遣う七星の脈を測った。

 しかし七星の状態が重篤であると悟ると、周囲を見回しながら彩雲に尋ねた。


「早く手当しなければ、この子は助からない。しかしここは……一体どこなんだ!?」


「黄泉国なの!」


 彩雲の返事を聞き、ワカヒコはそれが間違いないと確信した。

 亡者と餓鬼がわらわらと湧き出るように現れ、おびただしい穢れが渦巻く死の世界。

 ワカヒコは弓を背に戻し、彩雲と七星を抱き抱えたまま宙へ飛んで大きな岩場の上に移動した。


「彩雲、よく聞きなさい。この子は何者かによって攻撃された。そうだな?」


「う、うん。七星ちゃんは私をかばって……!」


「わかった。ならばこの子を救えるのはお前だけだ。今からその準備を整える!」


 ワカヒコはそういうと、すぐに神弓・天之麻迦古弓の弦を引き絞り、真上へと光の矢を放った。


「――【穿岩光矢(せんがんこうし)】」


 空気の渦をまとった光の矢は、天井の岩盤に大穴を開け、あっという間に地上へと突き抜けていった。

 大穴の向こうでは星空がきらきらとよく光って見える。

 ワカヒコは開けた大穴に向かって、愛する妻の名を大声で叫んだ。


「シタテルヒメーッ! 私だ、ワカヒコだ! ヒメの力を、貸してくれー!!」


 すると、すぐに光を帯びた一振りの剣が天空から穴を通じて黄泉国まで飛翔してきた。

 地上に居るシタテルヒメに、ワカヒコの声が届いたのだ。


「ありがとう、ヒメ! 邪悪を倒す神剣・十拳剣(トツカノツルギ)、たしかに借り受けた!」


 ワカヒコは受け取った神弓と神剣の双方を彩雲に手渡した。


「この弓と神剣をお前に託そう。剣は魔を払う矢の代わりに使いなさい。そしてこの子への攻撃を未然に防ぐため、時をさかのぼり敵を討ち取るのだ」


「でもお父様っ! 七星ちゃんが攻撃されたとき、私は敵の姿を見ていないの」


 慌てる彩雲に対し、ワカヒコは落ち着かせるようにゆっくりと答えた。


「いいかい、彩雲。この弓は過去を見せてくれるのではない。お前はその時、その場所に、すべての垣根を超えて移動する。お前なら必ず、そこにいる邪悪の存在、居場所が分かるはずだ」


「……うん。七星ちゃんを助ける、私、やる!!」


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