第24話「光と闇、それぞれの絶望」
七星は深い暗闇の中に閉じ込められていた。
しばらくすると、七星の耳からではなく頭の中に直接声が届いた。
『お前は、何者だ――』
相手はどうやら、思念を直接相手に伝達することができるようだ。
あらゆる波長が飛び交っている宇宙では珍しくもないが、こと神や人間界においてはきちんと言葉にしないと伝わらないことが多い。
恒星を母に持つ七星には、その相手の起源が少し理解できた。
「私は七星姫命。父、アメノミナカヌシによって誕生した北斗星の神子」
七星は同じ思念に自らのことを隠さずに堂々と話した。
その正直な発言は、姿を見せようとしない闇の存在に敵意を抱かせた。
『我が宿敵の子孫か。ならば、お前はこの空間で消滅するがよい』
「そのセリフ、自分が大魔王……そして穢悪の徒だって教えてるのと変わらないね」
七星に看破された穢悪の徒、黄泉国大魔王は暗闇に乗じて七星に攻撃を開始した。
様々な方向から七星に向かって複数の火線が走る。
だが、そのことごとくを七星は紙一重で躱していく。
「攻撃は二発同時。一つは正確に七星を狙ってきてる。だけどもう一つは七星が避けようとする方向にまで正確に撃ってきてるね。まるで私の思考を覗かれているみたい」
七星に対する攻撃は更に激しさを増していく。
暗闇から火だけでなく、雷や岩の砲弾が次々と放たれる。
徐々に躱しきれなくなった七星は、杖を振るってそれらを弾き飛ばした。
「ふむふむ。これには暗黒の力が混じってる。かつて原始の宇宙に多く存在した、昏き滅びの波動を織り交ぜた攻撃かあ」
『――どうして貴様がそのことを知っているのだ!?』
大魔王は七星に自らの攻撃の正体までも言い当てられ、動揺を隠せなかった。
しかし当の七星は大魔王には全く興味を示さず、自問自答を続ける。
「宇宙には光よりも速いといわれる暗黒物質があるよね。光を超えて得られる僅かな時間……その差異を積み重ねて、動きを先読みしているのかな。だけど暗黒物質は質量を持たない無力な存在。そんなものが、なぜ悪意に取り付かれたのかな。あーっ、もしかして?」
『……抹殺の優先順位第一位を、彩雲姫から七星姫に変更する。貴様は我にとって危険を及ぼす存在と認定した』
「そうよ、それでいいの――。黄泉国の大魔王さん、七星と遊びましょ!」
七星は余裕の笑みを見せたが、闘いに実力差はそれほどなく、大魔王とは互いに一進一退の攻防を繰り広げた。
しかし、大魔王にとってそれは認めたくない事実でもあった。
『相手をしているのが私の影だとはいえ、同じ戦闘力を持っているだと!? しかもまだ余力を残している』
「………………」
大魔王が七星の力に驚いている時、七星にはどこかで助けを呼ぶ彩雲の声が聞こえていた。
◇
彩雲は深い暗闇の中に閉じ込められていた。
やがて遠くにほのかな明かりを見つけた彩雲は、ゆっくりと近づいていく。
その明かりは、小さな木造りの小屋の窓からこぼれていた。
彩雲が窓から中を覗いてみると、囲炉裏を囲んで亡き父親ワカヒコと、母シタテルヒメ、そして彩雲自身が笑って話をしている。
彩雲はいつかの楽しい家族団らんの光景を追体験していた。
『――それこそが、お前の理想』
誰かの声が聞こえた。
明くる日、父は狩りに行ってくると伝え、シタテルヒメともうひとりの彩雲は笑顔で見送った。
しかし、父はその日帰ってこなかった。
次の日も。またその次の日も。
父はいつまでも帰ってこない。
母は泣きながら、彩雲を抱きしめて父ワカヒコが化け物に殺されたと伝える。
『――それこそが、お前の悲しみ』
また、どこからか声が聞こえた。
目の前の彩雲は母にしがみついて、父が帰ってこない理由を尋ねている。
強かった父が化け物なんかに負けるわけがない、と言い聞かせるように。
家を飛び出して誰もいない海岸に向かい、海に向かって父に帰ってきてと何度も何度も叫んでいた。
『――それこそが、お前の願い』
刹那、まばゆい光が一瞬だけ辺りを覆う。
薄暗い空間の中で、彩雲はゆっくりと目を開ける。
そこには彩雲のよく知る女性が赤ん坊を抱きかかえて立っていた。
『……彩雲お嬢様。貴方のお父上、ワカヒコ様は天に討たれました。そして彩雲お嬢様自身も、危うく天津神タカミムスビによって殺されるところでした。高天原はすべてを奪う元凶なのです』
悲しげな表情を浮かべたサグメの話を、彩雲は黙って聞いた。
そんな彩雲に気づいたのか、サグメは少し表情を和らげ、今度は諭すように話し始めた。
『ですが、ご安心ください。ワカヒコ様は完全に消滅なされたわけではありません。ワカヒコ様の魂がこの黄泉国を超えていかなければ、大魔王様のお力で現世に呼び戻すことができるのです。私は大魔王様に忠誠を誓いました。そのおかげで、病気で息を引き取った赤ん坊をこうして黄泉帰らせてくれたのです』
サグメは大事そうに抱えた赤ちゃんを、彩雲にちらりと見せた。
それはサグメの仕掛けた呪術のきっかけであった。
亡父の蘇生という究極の切り札をちらつかせることで彩雲を籠絡し、神弓を奪取する。
これが黄泉国大魔王がサグメに授けた作戦であった。
しかし彩雲の反応はサグメが期待したものではなかった。
「それで貴女は、その大魔王に言われるがままに、私のお父様をずっと苦しめてきたのね?」
『………………』
表情をかえず淡々として詰問する彩雲に、サグメは返す言葉が見つからない。
生来、邪悪に対して鋭敏な感覚を有している彩雲にとって、サグメの誘いが悪意に満ちていることなどお見通しだったのだ。
そんなサグメを憐れむように、今度は彩雲が語りかける。
「よく見てみて、サグメさん。その子は本当にサグメさんの赤ちゃんなの……?」
『……え……?』
サグメは抱きかかえた赤ん坊の顔を覗き込んだ。
やや赤みを帯びた肌の色は段々と変色していき、黒くなっていく。
『あ……あ、あ……あああああああああああ!!』
赤ん坊に似せて造られていたそれは、サグメの腕の中でボロボロと崩れて土へと還っていった。
『私の赤ちゃん!! 大事な赤ちゃん、返して! 返してえええ!!』
サグメは泣き叫びながら、壊れてしまった土人形の破片をかき集める。
結局、大魔王にとってサグメという神は、使い捨ての道具でしかなかったのだ。
そして大魔王は、サグメが彩雲の籠絡に失敗した事実を瞬時に把握したのだろう。
『弓は無傷で手に入れたかったが仕方がない。アマノマユウよ、弓ともどもあの小娘をひねりつぶせ!』
大魔王の声が空間内に響き渡ると、闇の影が突如振動しはじめ、影の中からにゅっと巨大な腕が飛び出してきた。
次に大木のような足が飛び出し、今度は彩雲の身長ほどもある頭がでてきた。
ついに巨鬼・アマノマユウが鼻息を荒くして現れた。
彩雲を取り込み神弓を奪還する作戦を放棄し、力ずくで破壊しに来たのだ。
『貴様が彩雲とかいう小娘か! こんなチビにあのジャキが負けるなど、考えられん!』
アマノマユウは彩雲を一瞥しただけで、弟分のアマノジャキが倒されたのはなにかの間違いだとたかをくくった。
地面をわしづかみするようにえぐり取り、そのまま彩雲に投げつけた。
土砂の破片はこの上なく鋭利な散弾となって彩雲に襲いかかる。
(――重ね水流壁!)
回避不可能と思われた矢先、彩雲の前に水の壁がせせり立ち、岩の破片をことごとく弾き飛ばした。
ジメジメとした黄泉国の空気には大量の水分が含まれている。
彩雲はこれを利用し、水神のクラオカミ、タカオカミが連携して作り出した防御技で防いだのだ。
「私はもう、恐れない!」
彩雲はすうと息を吸い込み、一呼吸で戦闘態勢を整える。
左手には神弓・天之麻迦古弓、そして右手には最強の破魔効果を持つ天の羽羽矢を持って大鬼・天魔雄をにらむと、ありったけの神力を開放した。
黄泉国全体を揺るがすほどの波動が、巨体を誇るアマノマユウをもぐらつかせる。
『あり得ない、この力は!?』
それが地上で悪行の限りを尽くしたアマノマユウの最期の言葉となった。
神弓で狙われたときには、もうこの悪鬼に残された術など無かったのだ。
破邪の矢で貫かれた鬼は前のめりに倒れ、そのまま黒い霧となって消えていった。
矢は主の元に戻るように軌道を変えて、再び彩雲の右手へと宿る。
彩雲は改めてサグメと対峙した。
サグメの呪術により亡くなった父・ワカヒコを復活させるには、サグメの過去にさかのぼり、ワカヒコがキジの神使を討つ前にこれを阻止するしか無い。
「助けて七星ちゃん、お願い!」
彩雲の呼びかけに応じ、七星は光の力で異空間を脱出して彩雲のすぐ後ろに移動した。
「七星の準備はいつでも大丈夫だよ!」
そういって、弓を構える彩雲の背中に右手を優しく乗せた。
彩雲の体を通じて七星の神力を極限まで送り込むことで、神弓が遡る過去の限界を超えることができる。
しかし七星には、自身と同様に異空間から抜け出してきた大魔王の影が急速に接近してきているのが分かった。
七星といえども、神力を外部に供給している間は鉄壁を誇る防御を保つことができない。
神力を分け与える行為は七星にとって決死の行為だった。
七星の膨大な神力を得た神弓は、彩雲の力だけでは決して超えることのない時間軸まで遡及していく。
彩雲たちが住んでいた邸宅に、キジの神使がやってきたあの日まで。
彩雲は、父の背後に立ち父を苦しめる術をかけておきながら、神使を射殺せと伝えるアメノサグメをついに照準に捉えた。
「……今よ、彩雲ちゃん!」
「まだ、あと少し……!」
彩雲が狙いを定めて放ったのは、サグメではなくワカヒコが神使を狙い引き絞った天の羽羽矢だった。
「神技――【降魔浄滅の矢】」
悪しき穢れを浄化させる術をまとった天の羽羽矢は、時空を超えて過去へと飛翔する。
そしてワカヒコを覆っていた邪悪な呪いとともに、矢自身を完全に破壊した。
その一撃を放った反動は凄まじかった。
限界を超えて神力を注がれた負荷に耐えきれず、神弓がバラバラに砕け散ってしまったのだ。
さらにこの瞬間を狙っていたのは彩雲たちだけではなかった。
刹那、爆音が轟き、七星と彩雲の体を真っ黒な雷光が襲う。
七星は彩雲の盾となり、この攻撃を背中で受け止めた。
「――――!!!」
雷光は七星の体を貫く。美しい新緑の羽織は、じわりと赤く染まっていった。
「うう……七星、ちゃん……!?」
全身にしびれたような衝撃が走り、彩雲の体はまともに動かない。
それでも、地を這いつくばりながら目前で倒れている七星に向かって進んでいく。
そこで目にしたのは、変わり果てた七星の姿だった。
うつ伏せでまぶたを閉じたまま七星はピクリとも動こうとしない。
彩雲にいつも声を掛けてくれた、おちゃめに場を和ませてくれた、快活で陽気に笑う七星ではなくなっていた。
七星を救う方法――しかし手にした神弓はボロボロに壊れ、もう二度と矢を放つことは叶わない。




