第22話「神々の奮闘」
黄泉国の深部へと向かう五柱の行く手を阻むように、次から次へと化け物は現れた。
全員の神力の消費を抑えるため、タヂカラオが進んで前面に立って戦う。
しかし、劣勢は明白だった。
ここは光が届かない相手の領域内で、無尽蔵のように餓鬼たちが湧いて襲いかかってくるのだ。
そのことごとくをタヂカラオは怪力を武器に退けるが、闘いの度に神力を消耗して加護を施すオモイカネともども、消耗の色が濃くなっていった。
「どうしたのタジー、オモちゃん! こんなところで終わる貴方たちじゃないわ。タジーの鍛え上げた筋肉、オモちゃんが目指した神力の高みは決してこんなところで終わらないっ。さっ、とりあえず……イザナギ様の前でもう一回、いいところ見せとこうか?」
「……七星ちゃん、意外と追い込んでくるね……」
「もしかして鬼よりも厳しィッ……!?」
七星の鼓舞でタヂカラオとオモイカネは奮起する。
しかし現れる敵は次第に強くなっていき、ついに黄泉国からの刺客が現れた。
「あれは……ヨモツシコメ!」
その姿を見て、イザナギが反応した。
イザナギがその名を呼んだ鬼女の顔は一部が白骨化し、ボサボサの長い髪には毛虫やらシラミやらがうじゃうじゃと張り付いている。
以前イザナミを連れ戻そうとしたイザナギは、黄泉国でヨモツシコメから逃げることしかできなかった。
しかし今回のイザナギは違った。
「ここは私が出よう。イザナミと再会するには、超えなければならない試練だ」
そう口にしながら堂々とイザナギはヨモツシコメの前に出た。
ヨモツシコメはイザナギの姿を見ると、襲いかかるタイミングを見計らっているように長いヘビのような舌をのぞかせる。
イザナギは丸腰の袖からいくつかの種を取り出して土にばらまいた。
すると種からすぐに根が生えて、地面ではなくイザナギの両足に絡みついた。
「ヨモツシコメよ。お前もこの黄泉国で穢れてしまったのであろう。ならばこの神聖な果実を食してみるといい――」
陽の光が差すことのない暗闇が支配する黄泉国で、その種はイザナギの神力を糧にしてすくすくと育っていった。
幹があっという間に太くなり、葉が生い茂った枝先から丸々と果汁を蓄えた桃が実を結んだ。
『キキキッ、これは美味そうじゃあ……!』
神ですら吸い寄せられそうになるほどの甘い甘い香りに、飢えたヨモツシコメが対抗できるはずもなかった。
桃を枝ごと引きちぎると皮もむかずにそのままかじりついた。
するとヨモツシコメの動きがピタリと止まる。
やがて、髪に付いていた害虫たちがポロポロとこぼれ落ちた。
パサパサだった髪がツヤを帯び、穢れた肌は生きていた頃の表情を取り戻していく。
イザナギが生み出した神聖な桃は、ヨモツシコメの身体の内側から穢れを浄化したのだ。
鬼女ヨモツシコメは人間の女性の姿へと変化し、イザナギに一礼すると踵を返して、背後に生まれた光の中に消え去っていった。
「イザナギ様、あの者はいずこへ……?」
タヂカラオがイザナギに尋ねると、イザナギは落ち着いた口調で答えた。
「魂のあるべき場所。元々生まれた場所、産土へと還っていったのだろう。だが、あの者はとうの昔に亡くなっていたはず。朽ちていく肉体から魂は自然と離れてくものだが、それを無理矢理に留められていたのだ。酷いことをする」
その時、暗闇から不気味な声が木霊した。
『我が黄泉国を荒らし回っている神どもよ――クハハハ、歓迎するぞ!』
目と口だけが白く浮かび上がった、実体を持たない黒い人影が姿を現した。
彩雲、七星、タヂカラオ、オモイカネ、そしてイザナギの五柱を前にしても全く動じない。
それどころか、余裕の笑みさえ浮かべている。
その幻影こそが、黄泉国大魔王が作り出したものだと五柱は直感する。
「テメーが親玉だな! とっとと本当の姿を現しやがれ!!」
イザナギの説明を聞いていたタヂカラオは、全速力で黒い影に駆け寄って、ありったけの力で殴りかかった。
しかし、その拳は宙をかすめただけで、敵の本体を捉えることはできなかった。
逆に黒い影が放った電撃を浴びてしまったタヂカラオは、フラフラと後退りする。
七星は倒れかかったタヂカラオを腕に受け止めながら告げた。
「あー、あの相手には筋肉だと相性が良くないね! タジーはよく頑張ったけど、ここで交代!」
「俺は……この闘いで、嬢ちゃんの役に立てたかい……!?」
七星がにっこり笑顔で親指を立てると、タヂカラオもまた笑顔のまま白目をむいて気絶してしまった。
オモイカネも神力を使い果たしたせいで限界を迎え、その場に倒れ込んでしまった。
気絶した二柱の背中を気遣うように手でなでた七星は、手にした杖で黒い影と対峙する。
『残るは三柱か。ならばお前たちに真の暗闇、絶望の恐怖を教えてやろう』
大魔王が右手を差し出すと、その指先から黒い球体が飛び出し、三柱を包み込んだ。
「なに!?」
「攻撃……じゃなさそう。だけど出られない」
『せいぜい闇の中で疾苦するとよい――』
黒の球体に取り込まれてしまったイザナギ、彩雲、七星の三柱は、嘲笑する大魔王の声を聞きながら別々の空間へばらけて転移させられてしまった。




