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第20話「傷心のイザナギ」

 彩雲と七星、そしてオモイカネとタヂカラオ。

 四柱の奇妙な組み合わせの一行は、黄泉国の入り口があるという方角に進んでいった。

 木々が生い茂る曲がりくねった山道の途中、彩雲が七星に小声で話しかけた。


「ねえ七星ちゃん。さっきから悪い気が漂ってくる気がするの……」


「さすが彩雲ちゃん、鋭いね! 七星もなんとなく気になってたよ」


 前を進む二柱の会話を聞いたオモイカネとタヂカラオは歩きながら周囲を見回す。


「何か良くないことの前触れ?」


「俺は何も感じないが……デカい化け物が近くにいるんなら、音くらいしそうなもんだが」


 タヂカラオは立ち止まって聞き耳を立ててみたが、特に不審な音は伝わってこない。

 彩雲はそんなタヂカラオの帯を引っ張り、遠くに見えるほら穴を指差した。


「あそこからです、悪い気が流れてきてるのは。でも……化け物じゃないみたい」


「そうと分かれば、早速行ってみようぜ!」


 周囲を警戒しつつほら穴の前で立ち止まった四柱は、穴の中をそーっと覗いてみる。

 差し込む陽の光は弱く、奥は真っ暗闇で何がいるのかよく見えない。


「――【星灯】」


 七星が神力で作り出した小さな光の球が天井に張り付き、ほら穴を照らした。


「奥にだれかが……居るみたい、だね」


「でもなあ。生きてるって感じが全くしないんだが……おーい!」


 タヂカラオが呼びかけてみたが、人影からの反応はなかった。

 それでも四柱が少しずつ中へ進んでいくと、膝を抱えたままうつむいて座り込んでいる男の姿が次第に顕わになっていく。

 両耳の後ろで髪を八の字に結い、ホコリを被って汚れてはいるが黄色に輝く装束を身に着けている。どうやら高貴な神のようであった。

 間近になるにつれて、タヂカラオとオモイカネはその神の名を思い出した。


「うわっ! あなた様はもしや……!?」

「い、イザナギ様っ!!」


『…………誰かと思えば、懐かしい面々だな』


 ふさぎ込んだ顔をゆっくりと上げた神こそが、夫婦でこの葦原中津国の国造りを成し遂げた神の一柱、イザナギだった。

 顔は泥にまみれ、無精髭が伸び放題に伸びている。

 そんなイザナギにも物怖じしない七星がにこやかに話しかけた。


「イザナギ様、はじめまして。私はアメノミナカヌシを父に持つ七星です。こんなところで何をしているのですか?」


『……ミナカヌシ様はやはり生きていらしたのか。その御子よ、私は絶望し続けているのだ。愛する妻イザナミが黄泉国で恐ろしい姿に変貌してしまった。そしてこの世での私の役目も終わった。天の執政も我が娘アマテラスに引き継ぎ、もう私にはやるべきことは残っていない』


「じゃあなんでこんなところに居たのですか。ここは黄泉国のすぐ近くでしょ?」


『ああ。なぜだろうな。もしかしたらイザナミが元に戻って、私のところに帰ってきてくれるかも知れない、そんな淡い夢を抱いてさまよっているうちに、この地にたどり着いたのだ。だがもはや私は生ける屍のような存在。もしイザナミがあんな恐ろしい顔で再び私を睨んだら……そう思うと、黄泉国に出向く勇気も失せるのだ……』


 そう独白したイザナギは再び顔をうずめ、絶望のどん底に落ちていった。

 イザナギの変わり果てた姿にタヂカラオ、オモイカネは言葉が出ない。

 それでも七星はイザナギに話しかけた。


「黄泉国は穢れ多いところと聞きます。そこは星の光が届かない場所、七星も行ったことはありません。ですが、隣にいる彩雲ちゃんは、父親を取り戻しに黄泉国へ向かいます。七星も、その達成を見届けるためにお伴しているの」


 七星の説明を聞いたイザナギは再びゆっくりと顔を上げ、無表情のまま視線を彩雲に向けて尋ねた。


『彩雲よ、そなたはよわいはいくつになる?』


「八歳です、イザナギ様」


『八つ、たったの八つでか。七星、そなたも年は若いのだろう?』


「月の上で生を受けてから、今日で五日目です」


『五日!? そなたたちの齢では、黄泉国の恐ろしさを知る由もない。死にに行くようなものだ』


「ではイザナギ様は、あの地に幽閉され心の底から救いを求めているイザナミ様が本当に亡くなるまで、ここでお待ちになるのかしら……?」


『……なんだと…………!?』


 挑発的とも取れる七星の言葉は、冷め切っていたイザナギの心にじわじわと波紋を広げていく。

 しかしイザナギにはそれ以上、反論しようにもできなかった。

 なぜならイザナギ自身が、絶望を言い訳に何もしてこなかったことを一番良く知っていたからだ。

 そして、こんな感情が自分にも残っていたのかと思えるほど、再びイザナミと向き合いたいと思うようになっている。

 それは決して、悪霊と化したイザナミとの対決のためではない。


「お気付きになったようですね。イザナギ様が本当にすべてを諦めたなら、七星の言葉など響かずに塞ぎ込まれたままだったでしょう。かつての貴方はこの国を造ったほどの力を持つ神。七星が同じ力を持っていたら、イザナミ様だって改心させてみせるし、言うことを聞かない黄泉国の亡者たちは全部蹴り飛ばしちゃうわ」


 そこで初めて笑顔を見せた七星に、イザナギはようやく重い腰を上げた。

 立ち上がったイザナミはかなり痩せこけていた。


『少しだけ待っていてほしい。すぐに支度をする』


 その返答に、オモイカネは驚いた。


「イザナギ様、もしや……?」


『ああ。頼む、私もお前たちに同行させてくれ。今の私の力がどれほど残っていようと関係ない。必ず、絶対にイザナミを取り戻す。もちろん、彩雲の父親を救うことも助力させてもらおう』


 頭を下げて頼み込んだイザナギを拒否する神など、勿論いなかった。

 イザナギはすぐに近くの沢に降りて身を清め服を洗い流すと、全く見違えた凛々しい姿へと変貌した。

 その容姿を見てタヂカラオはしばらく絶句していたが、隣のオモイカネの袖を引っ張った。


「なあ、オモちゃん。俺は夢でも見ているのかな……?」


「いやいや、全ては現実。そしてこれから作ろうとしている世界は、未来ですよ」


「ゾクゾクしてくる……この面子で今から黄泉国に殴り込みに行くんだぜ!? 神話は数多くあるけれど、こんなに燃える舞台なんか他にありゃしねえよ」


「戦いに行くって決まったわけじゃないんですよ? それに、ボクは戦えませんからね!」


 ずっと高揚が止まらないタヂカラオに、オモイカネは深く溜め息をつくばかりだった。

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