第19話「力の神、タヂカラオ」
彩雲と七星が高天原から地上に戻って三日が経った日、約束通りオモイカネは天の羽羽矢を持って葦原中津国の平原に降りてきた。
その隣には、オモイカネとは対象的に長身で筋肉隆々の男神が腕組みをしている。
オモイカネと男神は乗り雲から平原に降りると、まずは周囲を確認しはじめた。
からりとよく晴れた夏空の下、山、川、そして木々が並ぶ自然豊かな景色が広がっている。
「神使に伝えておいた待ち合わせの場所は、この先で間違いないかな。……化け物が出てきたら本当に頼みますよ、タヂカラオさん」
「任せといてよ、オモちゃん。それよりも、俺のことはタジーって呼んでくれって、何回も言ってるじゃん?」
オモイカネと親しげな口調で話す男神の名を、天手力男神という。
肩口から先の袖がない白装束を身にまとったタヂカラオの腕は丸太を思わせるほど太く、日に焼けた肌が筋肉の陰影をより鮮明に映し出している。
かつて、太陽神アマテラスは弟スサノオの愚行に疲れ果て、天の岩戸という巨大な大岩の裏にある洞窟に隠れてしまった。いわゆる「岩戸隠れ」だ。
この時、知恵を絞ってアマテラスを地上に戻す作戦を考案した神がオモイカネであり、怪力でアマテラスを岩穴から引っ張り寄せた神がアメノタヂカラオだ。
そのタヂカラオの言動に、オモイカネは眉をひそめた。
「先輩をそんなに軽々しく呼べませんよ。タヂカラオさんは高天原で一番力の強い神。それだけで衆目を集めるのですから、もっと立場をわきまえてもらわないと……」
「あーっ、もう分かってるって。ほら、そうこう言っている内に、噂のお嬢様方のご登場だ」
待ち合わせていた時刻より少し早く、彩雲と七星は到着していた。
オモイカネが予め神使をよこして女神二柱に連絡していたのだ。
まず先に話し掛けたのが七星だった。
「オモイカネ様、待ってましたよ。お約束の品はお持ちいただけましたか? おや、そちらの男神の方は?」
「ああ、こちらは……」
オモイカネが紹介するよりタヂカラオが反応するほうが早かった。
「おおっ、キミが噂の、星の女神様か?」
「七星姫命っていうんだよ。私のことは七星って呼んでね、タジー!」
「ちょ、ちょっと七星ちゃん!?」
七星がいきなりタヂカラオを愛称呼びしたので、横にいた彩雲はびっくりして七星の袖をふにふにと引っ張ったが、呼ばれたタヂカラオ本人は嬉しそうに大笑いした。
「あーはっはっは! 気さくで結構。で、こっちがワカヒコの娘さんか」
「はい、名を彩雲姫命といいます。母はシタテルヒメです」
「おおー。ワカヒコは俺の後輩でね。彩雲ちゃんも、俺のことはタジーって呼んでいいからね?」
「ありがとうございます、タヂカラオ様」
「…………」
屈託のない笑みを浮かべる彩雲に、タジーことタヂカラオもまた無言でニッコリと挨拶を交わす。
そんなやり取りが行われている間、オモイカネはゴソゴソと袋から木箱を取り出した。
「はいっ、彩雲ちゃん。これが約束の品だよ」
「……ありがとうございます」
箱を開けると、きれいに血が拭き取られていた天の羽羽矢が入っていた。
しかしそれは父が亡くなることになった凶器でもある。
矢を手にした彩雲の胸中は決して穏やかなものではなかったが、この破邪の矢こそが父を蘇らせる鍵になると思うと、改めて決意を胸にする。
「じゃあ、早速だけど行こっか?」
七星の誘いに彩雲はうなずき、二柱はその場から南の方角へ歩を進めようとした。
その様子に慌ててオモイカネが尋ねる。
「これから二柱で、どこに行くんだい?」
「ええーっ? オモイカネ様、聞きたいの? 覚悟はお・あ・り?」
七星はおちゃめに流し目をしてオモイカネに尋ねる。
「そんなにもったいぶらないで、教えてよ七星ちゃん……」
「覚悟があると判断したのでお伝えします。それはー! よ・み・の・く・に・だよ!」
「よみの、くに? あー、黄泉国ね。って、なんだってええええ!?」
オモイカネは腰を抜かしそうになるくらい驚いた。
神にとって黄泉国は禁忌とも言える災いの地。神ではなく「死」が支配する領域なのだ。
「そんなところに幼い女神が揃って出向くなんて、ありえないでしょ!」
「だから、覚悟があるか聞いたのに。さっ、行こう彩雲ちゃん。急いでも三日はかかるよ!」
「うん、行こう! 七星ちゃんとだったら、私はどんなところでも突き進んでいけそう!」
そういって二柱はびゅんと山道に向かって走り出し、あっという間に見えなくなった。
呆気に取られ立ち尽くしていたオモイカネに、後ろから一部始終を見ていたタヂカラオが声を掛ける。
「じゃあ、俺たちも行くかぁ!」
「そ、そうですね。届け物はちゃんと渡したし、高天原に戻りますか……」
「いやいや、何いってんのオモちゃん。俺たちも黄泉国に行くんだよ!」
「えええアナタこそ何いってんですか! そんなことアマテラス様の許可もなしに――」
「いいんだよそんなこと。それよりもあのお嬢ちゃんたち、見かけによらず、すげえ肝が据わってるよな。俺も一度は黄泉国に行ってみたかったんだ。俺の鍛え上げたこの筋肉が通じるかどうか、確かめようじゃないか!」
「ちょっ、いきなり何するんですかっ、下ろしてー!!?」
タヂカラオはオモイカネを肩車で軽々と担ぎ上げ、女神たちの後をせっせと追いかけていった。




