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第17話「水神様の気遣い」

 七星と彩雲は飛ぶように山を駆け登っていくと、水が勢いよく流れるザーッという音が段々と大きくなってきた。

 山道の曲がり角から二柱の眼前に飛び込んできたのは、はるか山の頂上辺りから一直線に滝壺へと流れ込んでくるそれは見事な滝の情景だった。


「すごい迫力だねえ」

「こんな滝が空に浮かぶ島にあるなんて、思ってもみなかったよ」


 滝に近づいていくと、彩雲は雲の神トヨクモノが教えたとおり滝行に励む瓜二つの女神の姿を見つけ、思わず叫んだ。


「七星ちゃん見て、あそこ! あそこにいらっしゃるのが、私を助けてくれた神様だよ!」

「うんうん、行ってみよー!」


 彩雲と七星は山の斜面を駆け下りるように沢に降りていくと、水神の二柱がすぐに気づいた。


「おやおや」

「あのときの」

「元気になったようじゃ」

「よかった、よかった」


 クラオカミ、タカオカミが彩雲に微笑み声を掛けると、彩雲は両手を膝に置いて頭を下げた。


「私は父アメノワカヒコ、母シタテルヒメの娘、彩雲姫命です。あの時はちゃんとお礼ができずすみません。そして私を助けてくださって、本当にありがとうございました!」


「おお、まだ小さいのにちゃんとご挨拶が出来て」

「もう体は大丈夫のようだね」


 水神二柱は彩雲の前後を囲むようにして体の状態を確かめた。


「はい! 水神様のおかげです。ですが水神様、あのときなさったお怪我は……?」


 今度は彩雲が水神を気遣って尋ねた。

 あの巨大な鬼が投げつけた岩の散弾が、水神の全身至るところに傷を負わせたことをはっきりと覚えていたからだ。


「それがね、何とも無いんだよ……」

「あのとき確かに怪我をしたと思ったんだけどねえ」

「彩雲が鬼を討ち取ったと思ったときには、怪我がさっぱり消えていたのさ」


 不思議なことに、水神は二柱とも怪我が消えたという。

 そのことを聞き、彩雲は鬼を討ち取ったときの出来事を回想した。

 クラオカミ、タカオカミはそんな彩雲の後ろでニコニコしている七星に気づき声をかけた。


「今日はお友達も一緒なのかい?」

「髪がキラキラとして、お星さまのようだねえ」


 相手が誰でも物怖じしない七星は、いつものようにふわりとゆるやかに挨拶をした。


「七星姫命だよ。父はアメノミナカヌシ、母は夜空に煌めく北斗星なの」


「なんと、あのミナカヌシ様の子とはたまげたのー」

「そうじゃのう、将来の伸びしろが楽しみだのー」

「彩雲の父もそうじゃ。我らはワカヒコのことも、小さいときからよーく知っておるぞい?」

「なーんにも心配はいらぬ。我らがお前の、お前たちの味方じゃ」


 彩雲は父のことを知っていると聞き、とても嬉しく思った。

 そして高天原から父に嫌疑がかけられていることも知っているであろう水神の二柱が、今もなお父のことを信じていることを聞き、また涙が溢れそうになった。

 水神の二柱は幼い女神を抱えると滝から水で作り出した水柱の上に乗せる。

 水柱は前に進み出し、勢いよく上下しながら水の輪をくぐり抜けていく。


「彩雲ちゃん、楽しいねえ」

「すごい! こんなことができるなんて」


 彩雲と七星はバランス良く水柱に乗り、宙を舞って遊んだ。

 幼い女神を歓迎するクラオカミとタカオカミの心遣いだった。

 遊んでもらった彩雲は水柱から飛び降り、地に足をつけて尋ねる。


「どうしたらそんなに、水をうまく扱えるようになるんですか?」


 彩雲の質問に対してタカオカミとクラオカミは各々で答えた。


「時に水は恵みの雨となり、大地に緑を育む。そのことを知ればうまく扱える」

「時に水は豪流の川となり、悲しみを生む。そのことを知ればさらにうまく扱える」


「恵みの雨、豪流の川…………」


 彩雲は水神の言葉を反芻し、しっかりとその言葉を胸に刻む。

 水神はにっこりと頷いた。


「時に彩雲よ。その後、化け物は見かけてはおらぬか?」


 クラオカミが彩雲に心配そうに尋ねる。


「見ていません。お葬式の間はずっとお母様とおじいちゃんと一緒だったから……」


「そうかそうか。あのような化け物が他にもこの世にいるとは考えたくはないがのう」

「だが油断はできぬ。我々が今まで見たことがすべて、というわけではないからの」


 憂慮する水神に、七星が鬼について尋ねた。


「ねねー水神様。その時出てきた鬼のこと、何でもいいから教えてちょうだい」


「うーむ、そうじゃのう……。鬼は彩雲が持っている弓を欲しがっているようじゃった。鬼が使える代物ではないように思うが」


「それにあの時、我らが作り出した水竜壁を、あの鬼は巨岩をつかみ貫通させてきおった。神力を帯びた水の壁は、あらゆるものを止めることができるはずなのじゃが」


「言葉というものは目には見えない力を宿すことができる。あの鬼が巨岩に込めた呪言は、闇に通じる呪力という恐ろしい力を帯びていた。神に通じる力、神力とは対極なのじゃ。あなどってはならぬ」


 尋ねた七星は顎に手を当ててふむふむとうなずき、自らの記憶と照らし合わせた。


「ありがとうー、水神様! すっごく参考になりました!」


 七星が水神にお礼を伝えると、遠くから七星と彩雲を呼ぶ声が聞こえてきた。


「おーい! 彩雲ちゃん、七星ちゃーん!」


 ゼェゼェと息を切らせて走ってきたのは、オモイカネだった。


「や、やっと追いついた……。み、水……」


 オモイカネは倒れ込むように沢の水に直接口をつけて、ごくごくと喉を鳴らす。

 そんなオモイカネに、決して背の高くない七星は高い山から見下ろすようにオモイカネに厳しい視線を向ける。


「彩雲ちゃんを高天原まで連れてきたのに、怖い思いをさせたバチが当たったんだよ?」


 七星の圧倒的な迫力に、オモイカネは気圧されてしまった。


「ひぇっ……! その件に関しましては申し開きのしようもなく……!!」


 慌てふためくオモイカネに、当の彩雲が助け舟を出してあげた。


「七星ちゃん、私ならもう大丈夫だから」

「彩雲ちゃんがそう言うなら……。だけど、次同じことになったら……!」


「水神様、何卒ご加護を……助けて~!」


 オモイカネの滑稽な仕草に、オモイカネを除く女神たちは一斉にどっと笑った。

 半分呆れてクラオカミが顔を近づけ、オモイカネの手を引っ張って立たせてあげた。


「オモイカネ、そちは何をしに来たのじゃ……?」


「いや、もうすぐ日が暮れるからこの二人を早く地上に戻してあげないとと思って……彩雲ちゃん、怖い思いをさせて本当にごめんよ。あとで父上にはよく言っておくから」


 そう伝えたオモイカネを見上げる彩雲の目には、輝きが戻っていた。


「大丈夫です。父を信じてくれるトヨクモノ様、タカオカミ様、クラオカミ様……こんなにも多くいらっしゃると分かって……私は、高天原に連れてきてもらって、本当によかったと思います」


 その言葉を聞き、タカオカミとクラオカミはうなずきながら彩雲と七星に正対する。


「我らは様々な土地を巡って修行をしておる」

「お主らが地上、葦原中津国に降りた時にはまた会えるじゃろう」

「今度会った時には、雨乞いの術を教えてしんぜよう」


 すると霧が濃くなっていき、水神たちの姿を隠すように広がっていく。

 一陣の風が舞うと霧はすぐに晴れたが、そこには二柱の姿は見当たらなかった。


「さあーってと。雲も授けてもらったし、さっそく地上に移動しようか」


 七星が振り返って彩雲を誘った。


「そうだね、お母様やおじい様が心配しちゃうからね!」


 だが彩雲に対して七星が返した言葉は、彩雲の秘めた思いを顕わにするものだった。


「え? 彩雲ちゃんはこれからワカヒコ様を助けに行くんでしょ。だから七星も一緒について行くんだよ」


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