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第16話「トヨクモノを訪ねて」

「おーい、待ってくれー!」


 高天原の宮殿を離れ、通りを歩いていた二柱の幼い女神、七星と彩雲にようやく知恵の神が追いついた。

 振り返った七星はやはり、という表情で笑みを浮かべて尋ねた。


「オモイカネ様、そんなに慌ててどうしたの?」


「い、いや……。彩雲ちゃんにトヨクモノカミを紹介するって約束したし……」


「そうなんだ。でもどちらかといえば、七星の話のほうが気になって追いかけてきたんじゃないかな? ねー、彩雲ちゃん?」


 図星を突かれたオモイカネは冷や汗をにじませながら頭の後ろを掻き、愛想笑いを浮かべた。


「ギクーッ! 七星ちゃんに隠し事はできないな。もっとお手柔らかに頼むよ~」


 そういって遠くの山の方に指を向ける。


「ほら、あの山の上に少し雲がかかっているだろう? あそこにトヨクモノカミ様がお住まいなんだ。乗り雲を貰いに行くなら、あそこに行かなくちゃ」


 山を眺めながら、七星は彩雲に話しかけた。


「あそこまで歩いていたら、時間がかかっちゃうね。彩雲ちゃん、少し走っちゃおうか?」


「うん、いいよー?」


「じゃあ運動不足のオモイカネ様は、できるだけ頑張ってついてきてね!」


 そういって二柱の幼い神はオモイカネを置き去りにして走り出した。

 神とはいえまだ子供、と高を括っていたオモイカネは二柱の疾走する速度に唖然とするばかり。

 知識量は高天原でも指折りだが、身体能力は残念なオモイカネはとほほと嘆きながら、また後を追いかけてふらふらと走り出すのであった。

 山の麓まで一気に駆けてきた二柱は、頂上へと続く道の前で小休止することにした。


「彩雲ちゃんって結構走るのが速いのね」

「七星ちゃんこそ。私、びっくりしちゃった!」

「えへへ。でも少しのどが渇いちゃった。どこかでお水を飲みたいなー」

「私もー!」


 ふわふわとした雰囲気が掴みどころのない七星と、真面目でハキハキとした彩雲はよほど相性がバッチリだったのか、すぐに打ち解けて仲良くなることができた。

 意気投合した二柱は並んでゆっくりと山道を歩いていく。

 しばらくすると道の途中、様々な色の雲がふわふわと浮かんでいる。


「ねえねえ彩雲ちゃん。この雲からなにかいい香りがしてくるよ。もしかしてこれ、食べられるんじゃない?」


 雲から漂う甘い香りに誘われた七星は、つやつやとした橙色の雲を手に取るとちぎって食べはじめた。


「わわっ! これは……お父様の記憶にはない果物かな。美味しいよ?」

「ええーっ! 本当!?」


 彩雲は目の前に浮かんでいた紫色の雲を手に、少しだけかじってみた。

 口に広がるみずみずしい甘酸っぱさが、疲れた体にすうっと浸透していく。


「こっちはぎゅーっと絞った山ぶどうの味がするよ!」


 色とりどりの雲から溢れ出る果汁で、彩雲と七星はタカミムスビとの衝突で消耗した神力を再び回復することが出来た。

 思う存分「不思議な雲の味」を堪能した二柱は再び山道を歩きだす。

 すると、今度は小さなお社が見えてきた。

 二柱がお社の前に到着すると、お社の方から声が聞こえてきた。


『だれじゃー、ワシの住まいに近づく者はー?』


 彩雲と七星はその問いに順番に返事をする。


「父アメノワカヒコ、母シタテルヒメの娘、彩雲姫命です」


「七星だよ。そういう貴方様は、だあれ?」


 すると、お社の屋根からふわふわと二柱に雲が近づいてきた。

 雲は人のように形を変えていく。


「ワシはトヨクモノカミじゃー。ワシの(やしろ)に何用じゃー?」


 彩雲はまるで雲と話しているようで不思議な感覚に包まれたが、一方の七星はそんなことを全く気にせず、そのまま雲に向かって話しかけた。


「アマノサグメという天津神について聞きたいんですけど。乗り雲を持っていたから、トヨクモノ様のところにも来たこと、あるでしょう?」


「ああ、確かにアマノサグメはここを訪れたことはあるよ。随分昔のことになるが、その時のことはよく覚えておるわい」


 今度は彩雲がトヨクモノに質問した。


「どうしてよく覚えていらっしゃるのですか?」


「そのときはまだ小さな赤ん坊を抱えておってなあ。その子は重い病に掛かっていて、地上でしか手に入らない特別な木の実を煎じて飲ませなければ助からない、と言っていた。それで急いで、乗り雲を用意したからなあ」


 トヨクモノの話を聞いて、彩雲は驚いた。

 彩雲自身、これまでサグメが子供と一緒にいたのを見たことはないし、そもそもそんな話は父や母からも聞いたことがない。

 その場で考え込む彩雲に七星が話しかけた。


「うーん、アメノサグメについてもっと調べて見る必要がありそうね」


「そうだね。ここで考えても分からないし、葦原中津国に降りないと」


 二人が地上に降りる話をしていると、雲の向こうからトヨクモノの声が聞こえてきた。


「彩雲よ。お前の父ワカヒコのことは、まだあ奴がこーんなに小さかったときからよーく知っている。高天原には、ワカヒコが天命に背いて地上を征服しようとした、などと噂をしている神もいるが、ワシにはそれが本当のことだとはどうしても思えない」


「……ありがとう、ございます……」


 彩雲は天津神の中でも父の無実を信じてくれる神がいることを知って、少し涙ぐんだ。

 七星はそんな彩雲を見てよかったね、と声をかける。


「なにか困ったことがあったらワシを訪ねるとよいぞ。では、お前達にも乗り雲を授けよう」


 すると、温かい風とともに、ふわふわとした雲がふたつ降りてきた。

 彩雲には虹のように七色に光る乗り雲が、七星には黄金のようにきらめく派手な乗り雲が授けられた。


「その乗り雲は、お前たちの呼びかけに応じていつでも空から迎えに来てくれるじゃろう。それに一度行ったことのある土地なら、乗り雲が場所を覚えている。二回目からは正確に連れて行ってくれるじゃろう」


「ありがとうございます」

「トヨクモノ様、ありがとうねー」


 彩雲は丁寧にお辞儀をし、七星は笑顔で人型の雲に手を振ってお礼を伝えた。

 山中の霧がだんだんと薄くなっていき、晴れ間が見え始めた。

 トヨクモノの声が聞こえる白雲もふわふわと別の場所に遠ざかろうとしている。


「おおーそうじゃった。彩雲よ、悪鬼からお前を助けてくれた水神クラオカミ、タカオカミがこの山の滝で修行をしている。二柱にも礼を伝えておくと良いじゃろう」


 その言葉を最後に、空は一面、真っ青な色に塗り替えられた。

 彩雲は鬼と激しい死闘を繰り広げた二人の水神のことを思い出すと、居ても立ってもいられなくなった。


「あの時の……水の女神様だ。七星ちゃん、私、水神様にお礼を伝えに行きたいの」


「もちろん付き合うよー。じゃあ黄金の乗り雲ちゃん、またあとで呼ぶからねー」


 七星の金雲は持ち主の意を理解し、彩雲の虹雲を引き連れて宙へ舞い上がっていく。

 二つの雲は空の広さを謳歌するようにくるくると互いを追いかけ、空高くに消えていった。

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