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第15話「七星の力」

「我が最強の神技――終光(しゅうこう)


 タカミムスビが真っ直ぐに差し出した右手の平に真っ白な光球が作り出された。

 そこに蓄えられた熱量はどんな物質でさえも貫通する威力を有している。

 一方の彩雲は父ワカヒコから伝授された神技で対抗しようとした。


神技(しんぎ)――天瞬雷矢(てんしゅんらいし)


 彩雲が弦を引き絞りながら作り出した矢は、雷を帯びてチリチリと音を立てる。

 雷の矢は神の目を持ってしても追うことは出来ず、ましてや躱すことは不可能だ。

 呼応するように神弓・天之麻迦古弓が時空に干渉し、本来不可逆であるはずの時の流れを遡る。

 彩雲はついに、攻撃態勢に入る前のタカミムスビを捉えた。


 だが、彩雲が弦から指を離すことはなかった。

 父が教えてくれた数々の弓の技は、神を殺すためのものではない――。

 その想いが、ギリギリの一線を越える手前で踏みとどまらせたのだ。

 対峙する二柱、そしてタカミムスビの神技が先んじて繰り出されたその時だった。

 宮殿の屋根が光り輝く一柱の神によって打ち破られ、彩雲とタカミムスビのちょうど真ん中の床に降り立った。

 その神こそ、彩雲の危機を察知し全速力で地球へとやってきた七星だった。

 七星は彩雲の盾となって、タカミムスビの強力な攻撃をまともに受け止めた格好となった。


「――危ない!」


 彩雲は思わず叫び声を上げたが、結果は予想だにしないものとなった。

 タカミムスビの神技は、七星の手前ですべて消し飛んでしまったのだ。

 それに彩雲とタカミムスビ双方が発していた暴力的な神力もいつの間にか無くなってしまっている。


「ふう、ぎりぎりだったよぉ……!」


 そういいつつ七星が汗を拭うと、さらりとした髪が星のようにキラキラとした輝きをみせた。


「……何者だ? 天津神……なのか?」


 タカミムスビは訝しむ様を隠そうとせず七星に尋ねた。

 無理もない。タカミムスビは先程まで本当に全力で彩雲を消し飛ばすつもりだったからだ。

 そして確かに神技・終光を躊躇せず放った。

 なのに、それが一瞬の間に消えてなくなってしまったからだ。


(こんな事ができるのは――――)


 タカミムスビの脳裏に一人の旧き盟友の顔が浮かんだ。

 しかしそんなことはありえない。我々に新たな道を示すため自らの力を使い果たし、露と消えた最強の神は、もうこの世には居ないのだから、とかぶりを振る。

 二柱の間に割って入った幼き女神は、タカミムスビに正対すると、ゆったりとした口調で話しはじめた。


「タカミムスビ。貴方の神技が命中していれば、彩雲ちゃんは跡形もなく消し飛んでいたでしょう。しかし彩雲ちゃんが本当に神弓・天之麻迦古弓を使って貴方を攻撃していたなら、死んでいたのは貴方でしたよ」


「………………」


 タカミムスビは七星の話を否定せず、黙って聞いていた。

 それはおそらく真実なのだろうと冷静に受け止めた。

 それほどの神力のうねりがこの幼少の女神には宿っていたのは間違いなかった。

 床に突き刺さった錫杖を神力で引き寄せた幼き女神は、あどけない笑みを浮かべた。


「双方、落ち着いたかしら? 我が名は七星姫命。我が父、アメノミナカヌシが北斗星に願い誕生しました」


「……おお……やはり……! それではまだミナカヌシはどこかで生きているのだな!?」


 ミナカヌシの名前を聞き、タカミムスビは自分の直感が間違っていなかったことに思わず声を上げた。

 タカミムスビの問いに、七星はゆっくりと首を縦にした。


「ええ、もちろん。今はお月さまでツクヨミお姉ちゃんの加護を受けながら、長い年月をかけて力を取り戻そうとしています。あと数万年はかかるでしょうけど」


「そうか……! そうだったか……!」


 タカミムスビは何度もうなずき、もう死んでしまったと思っていたミナカヌシが今もどこかで健在であることに安堵した。

 七星はあらためて、宮殿内にいる全員に呼びかけた。


「父、ミナカヌシと北斗星の記憶を合わせ持つ七星から、大切なことを伝えます。あなた達神々が仲間同士で争っているのは、穢悪(あいあく)()の奸計によるもの。こうして神同士が潰しあっている事を、彼らはどこかで高笑いしていることでしょう」


「……穢悪の徒……!? 馬鹿な!!」


 七星の話を耳にし、タカミムスビの顔は一転して青ざめてしまった。

 それに気づき、七星はタカミムスビに語りかけた。


「タカミムスビ様、忘れちゃったの? さっき七星が神技・終光を止めなかったら、この子は本当に死んでいたわ。そしたらこの子のおじいさんが黙っていないわ。国津神を全員引き連れて、天に仇討ちに来たでしょうね。これって、穢悪の徒が最も得意としてきた奸計の一つ・反間(はんかん)の計じゃないのかしら?」


「……それが本当だとしたら、我々の計画はとうの昔から奴らに看破されていたことになる……」


 天敵とも言える敵の存在は、ミナカヌシを含む造化三神以外には知られていない。

 当然、事情を知らないアマテラスとオモイカネは顔を見合わせ首をかしげる。


「一体何なのです、その穢悪の徒というのは……?」


 アマテラスがタカミムスビに尋ねると、タカミムスビは言葉を選びながら語り始めた。


「我ら、神を滅ぼす究極の存在。光では対抗できない常闇の化け物。それ故、アメノミナカヌシと私、そしてカミムスビの造化三神は、異界に通じる次元の扉を開きこの世界まで逃げてきた。そして二度と奴らに見つけられることの無いよう、この高天原も地上から離れ今も姿を隠し続けている」


「まさか。光が闇に勝てぬ道理など――」


 アマテラスの主張を遮るように、タカミムスビは力なく答える。


「照らす対象がなければ、光が当たることはない。すなわち真の暗闇の中では、光の効力は全く効果が無いことと同義。何もかもが失われてしまうのだ」


 普段からは考えられないほど弱気なタカミムスビを見て、アマテラスとオモイカネは絶句するしかなかった。

 そんな重い空気をまるで読まず、七星は力なく座り込んだ彩雲に声をかけた。


「はじめまして、彩雲ちゃん。さっきはよく我慢したね。とっても偉いわ。七星は、遠くの宇宙からずーっとあなたのことを見ていたんだ」


「え…………私を……?」


「そうだよ。これから仲良くしてくれると嬉しいな! あ、七星のことは七星って呼んでね?」


 優しく笑みを浮かべて七星が左手を差し伸べると、ようやく彩雲は立ち上がった。

 七星は再び振り返り、今度はアマテラスに向かって話しかけた。


「おおよそ、葦原中津国にいたアメノサグメという女神も、穢悪の徒に一枚噛んでいるのでしょう。サグメは私……北斗星の光が届かない場所にときどき出向いていたから」


 アマテラスは七星の話に呼応するように、サグメのことを話しはじめた。


「少し前……アマノサグメは、この宮殿を訪ねてこう言いました。『アメノワカヒコに反逆の兆しあり』と。それで彩雲から本当の話を聞きたかったの。でもこれではっきりしました。我々はその【穢悪の徒】の手の平でずっと踊らされていたというわけね。でも、一体なぜサグメが敵の利するようなことをしたのかしら?」


「――それは直接本人に聞いてみないと。でも、サグメは地上から降りたばかりのワカヒコ様に接近し、信頼を取り付けてから言葉巧みに高天原への反逆心を植え付けていった。それにワカヒコ様は原因不明の病に冒されたと思いこんでいたけれど、あれはアマノサグメが呪術を施していたに違いないわ。その後、タカミムスビの誓約によって天の羽羽矢が確実に心臓を貫くようにね。これが北斗星が記憶している、地上で起きた事実です」


「――――私は、すでに嵌められていたのか」


 七星の説明にタカミムスビは肩を落としてしまった。

 そして七星から父ワカヒコが横死した真相を聞き、再び彩雲の心に怒りの炎が灯った。


「……もしそうなら……私はサグメを許さない!」


 だが、七星はあどけない顔をして彩雲に伝える。


「でもね彩雲ちゃん、もしかしたらアマノサグメも被害者なのかもしれないわ」


「え……?」


「それにあなたのお父上、ワカヒコが成し遂げようとしたことも途中で諦めるなんて出来ないわ。一旦戻りましょう。七星と一緒に、地上へ」


 七星が手を差し出すと、彩雲は神弓を再び背に戻し、ともに手を握って出口へと歩んでいく。

 立ち去ろうとしている二柱を引き留めようと、タカミムスビは手を伸ばした。


「ま、待ってくれ。それではワカヒコは……」


「彼はアマテラス様との約束を守り、地上を平定するために毎日化け物を退治していたわ。彩雲ちゃんがさっき伝えたとおりよ」


 七星が愛らしい笑みを浮かべて答えると、タカミムスビは激しい後悔とともに穢悪の徒へ怒りの念を覚えた。

 敵の策にはまり、自らの手でワカヒコを討ち取る結果になってしまったからだ。

 幼い女神たちの姿が完全に見えなくなってしばらくが経過し、アマテラスは独りつぶやいた。


「ワカヒコは地上を治めるオオクニヌシの娘と結婚して子どもまで儲けていたのです。それはオオクニヌシの信頼を勝ち得たことと等しい。ワカヒコ、貴方は貴方のやり方で地上を平定しようとしていたのですね……。ならば、なぜこんなことに……」


 その言葉を耳にしたオモイカネは、はっと気づいたように二柱を急いで追いかけていった。


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