第13話「オモイカネの誘(いざな)い」
彩雲の願いは届かず、父ワカヒコは助からなかった。
ワカヒコの葬儀がけたたましく執り行われる中、彩雲は母シタテルヒメに尋ねた。
「なんで……? なんでお父様は殺されてしまったの……?」
しかし、シタテルヒメはただ泣いて彩雲の手を握るばかりだった。
そのとき恰幅の良い男の神が彩雲を抱えあげた。
母親と同じで黒々とした髪色、そしていつもの優しい顔は少し歪んで見えた。
「おお、彩雲よ。かわいそうに……!」
「おじいちゃん……」
彩雲に話しかけたのは、葦原中津国を治めるオオクニヌシだった。
オオクニヌシは愛する娘、そして孫娘が泣いている様を見ていて耐えられなかったのだ。
「お前の父、ワカヒコはこの葦原中津国が平和に治まるように、本当によくやってくれた。それなのに、なぜ天に殺されなければならない……!」
「天……? それがお父様を殺したの?」
「そうだ。ワカヒコの心臓に刺さっていたのは天の羽羽矢という神の矢。これが扱えるのは、矢を託されていたワカヒコ自身か、矢を託した天。つまり高天原の神がワカヒコを撃ったに違いない」
オオクニヌシの体が怒りで震えるのが彩雲にも伝わってきた。
そんなオオクニヌシの様子を見かねて、隣にいた彩雲の母シタテルヒメが諌める。
「お父様、もうよして。今はワカヒコ様を静かに弔いましょう……」
「……………………」
娘のシタテルヒメがとりなしてその場は収まったものの、オオクニヌシの怒りが消え去ったわけではない。
事態は確実に最悪の方向へと進みつつあった。
◇
葬儀は滞りなく終わり、ワカヒコの遺体を囲んでもがりが建てられて七日が過ぎた。
彩雲は父の遺した神弓を手に、海岸の崖の上から大海原を眺めて独り佇んでいた。
鬼を退治したあのとき、弓を通じて語りかけてくれた父の声は今はもう聞こえない。
だが、彩雲に悲壮感はなかった。
「この弓を使えば、本当の未来を取り戻せるんだよね、お父様……」
彩雲は弓を見つめながら、ある決意を胸に秘めて立ち上がった。
振り返ると、向こうから彩雲に近づいてくる真っ白な髪をした若い男神に声を掛けられた。
「ちょっといいかな……?」
「はい……なんでしょう……?」
彩雲に話し掛けてきた相手は痩せていて背はそれほど高くなく、優しそうな顔からは悪意を感じられない。
「怪しい者じゃないよ……って言っても、言葉では信じてもらえないか。僕はキミのお父さんの古くからの友人、オモイカネノミコトっていうんだ」
「オモイカネノ、ミコト様……?」
「そうだよ。キミがワカヒコさんの娘さんだね?」
「……はい、そうです。でも、なんで私がそうだと……?」
「うん。残念ながらボクはワカヒコさんの葬儀には参列できなかったんだけど、遠くからもがりにお祈りを捧げていたんだ。そしたらキミの姿が見えてね。それに……キミの目元はワカヒコさんにそっくりだ。よかったら、お名前を教えてくれるかな?」
「私は彩雲姫命、といいます」
「アヤモちゃんか。とってもいいお名前だね。それにしてもワカヒコさんと会わなかった八年の間にお子さんがこんなに大きくなっていただなんて、びっくりだなぁ。実はね、アマ……彩雲ちゃんにぜひ会いたいっていう神様が僕の他にもいてね。これから一緒に高天原に来てくれないかな?」
「ええっ、今からですか?」
「うん。僕の雲を使えば天まであっという間に移動できるから、そんなに時間は掛からないよ。それに、今から会ってもらいたい神様は……ワカヒコさんがこの葦原中津国に降りてくることに関わったお方なんだよ」
父のことをよく知る神が、自分を待っている――。
オモイカネの誘いは、父を亡くして暗く落ち込んでいた彩雲の心に、一筋の光明をもたらした。
「お母様やおじいちゃんが心配するから、あんまり遅くなるとダメですけど……」
「ありがとう。それじゃあ今すぐに雲を呼ぶからね」
オモイカネは空に浮かぶ白雲を指差すと、その一部がふわふわと揺れながら彩雲の足元まで飛んできた。
「神に連なる者ならこの雲に乗ることができるはずだよ。さあ、アヤモちゃんも乗ってごらん?」
言われたとおりにやってみると、天津神であるワカヒコを父に持つ彩雲はふわふわとした白雲の上にしっかりと立つことが出来た。
予想していた足元のぐらつきなどは全く感じず、むしろ快適といえるだろう。
「それじゃあ出発するよ。雲よ、天まで連れて行っておくれ」
オモイカネの意思に応えるように、白雲は徐々に地上から離れていき、ある程度の高さまで浮かび上がると、そこからは加速して青い空へと向かっていく。
地上の森は鮮やかな緑を蓄えた平原へと変化し、いつもは見上げるだけの山々が悠然と並んでいる。
彩雲は初めて見る空からの景色に、例えようのない感動を覚えた。
そしてこの景色を父と一緒に見ることは出来ないと思うと胸が傷む。
せめて、深い悲しみに囚われている母にも同じように見せて元気づけたいと思った。




