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第9話「高天原からの神使」

 高天原ではワカヒコとの音信が途絶えていることが問題となっていた。

 ワカヒコが葦原中津国に降りてから八年もの間、一向に連絡をよこさなかったからだ。

 アマテラスとタカミムスビは再び八百万の神を招集し尋ねた。


「地上を平定するためにアメノワカヒコを遣わせたが、八年もの長きに渡って連絡をしてこない。一体どうなっているのか、いずれかの神に聞いてきてもらいたい」


 しかし自らすすんで手を上げるような神はいないようであった。

 ――あのワカヒコもアメノホヒと同じように、大国主神に取り込まれてしまったのだろう。

 ――いやいや、葦原中津国は化け物の巣窟と聞く。とっくの昔に殺されてしまったのだろう。

 神たちは思いつくままにワカヒコの消息を論じる。

 そんな神たちをただじっと見つめるアマテラスの視線に気がついたのか、集まった神々にも沈黙が広がっていった。

 重い雰囲気が漂う中、まるでその空気を読んでいないかのようにオモイカネが明るく意見する。


「アマテラス様。鳴女(なきめ)という名のキジを遣わせるのがよいでしょう」


 神は時おり地上への伝令役、つまり神使として鹿や猪、鶏などの動物を遣わすことがある。

 ――それはいい案だ。

 ――それがいい。そうしよう。

 神の言葉を代弁する神使を送り込もうというオモイカネの案に八百万の神が賛同した。

 アマテラスとタカミムスビは鳴女を呼び、次のように命じた。


「お前はワカヒコの元へ向かい、こう尋ねるのです。『貴方を葦原中津国に遣わせたのは、その国で乱暴を働く神々を説得し服従させるため。なのになぜ八年もの間、貴方は連絡をよこさないのか』と……」


 鳴女はアマテラスの命に従い、高天原から地上に飛び降りる。

 ものすごい速さで飛び続けた鳴女は、ワカヒコが住まう屋敷の庭、モクセイの木に留まった。

 同時にサグメが予め展開していた警戒陣の術式が発動した。

 屋敷内の鈴がカラリカラリと鳴り響き、鳴女の来訪を告げる。

 この非常事態に備え、ワカヒコとサグメはすべての準備を整え終えていた。

 鳴女はアマテラスから命じられた通りの言葉を紡ぐ。


『貴方を葦原中津国に遣わせたのは、その国で乱暴を働く神々を説得し服従させるため。なのになぜ八年もの間、貴方は連絡をよこさないのかぁ!』


 屋敷の建屋の影から鳴女の言伝を聞いたワカヒコは不思議に思い、すぐ後ろに控えていたサグメに確認した。


「サグメ殿、神使は俺が連絡をよこさないと言っている。これに答えたほうが良いのか?」


「ワカヒコ様! あのキジの鳴き声には呪いが掛けられています。邪悪を射抜くという天羽々矢ですぐに射抜いてください! お願いします!!」


 サグメはワカヒコの問いに答えず、ただ神使のキジを殺すように懇願するのみ。

 ワカヒコがサグメと出会ってからここまでの間、サグメの宣託が間違っていたことは一つもない。

 この機会を逃し、愛するヒメと彩雲まで呪われてしまえば取り返しのつかないことになる。

 選択を迫られている中、ワカヒコはサグメの言う通り天之麻迦古弓を構えた。

 もうワカヒコに残された選択肢は一つしか無かったのだ。

 高熱で視界が揺れる。焦点を定めるのに時間がかかったが、気が満ちるのを待って弦を離すと天羽々矢はキジの心臓を射抜き、そのまま天に向かって飛んでいった。


「ハァッ、ハァッ、サグメ、これでいいのかっ……!?」


「はい……。不吉をもたらす神使を討ち取ったことで、天の呪術は絶たれました。化け物の襲来は止み、ワカヒコ様の体調もじきに改善してくるでしょう」


「そうか……。それは良かった。しかしなぜ、あのキジは……」


 ワカヒコがその先に思いを巡らせるが、何かに邪魔されているように(ぼう)として思考がうまく回らない。


「……私は穢れた神使の亡骸を明日の朝までかけて清めてまいります。今日のところはシタテルヒメ様と彩雲様は離れにお泊まりいただきますので、ワカヒコ様はご無理をされませんよう、寝室でお休みになってください……」


「……では、後を頼む。実は立っているのもキツいくらいフラフラだったんだ」


 ワカヒコは力なく返事をしたあと、おぼつかない足取りで屋敷へ帰っていった。

 彩雲はそんなワカヒコの一部始終を、屋敷の陰に隠れてずっと見ていた。

 なぜサグメがあのキジを穢れていると言ったのか、彩雲には理解できなかった。

 むしろこの屋敷全体に怪しい術を掛けていたのはサグメ本人に思えてならなかったからだ。

 サグメが神使の遺骸を持って屋敷の外に出ていったのを見計らって、彩雲は誰にも気付かれないようそっと母親のところに戻った。


   ◇


 しばらく経って、別邸からシタテルヒメと彩雲姫が戻ってきた。

 正確に言えば、彩雲だけは戻ってきた振りをしただけであるが。


「お父様ー! ただいま帰りましたー!」


 いつものように彩雲は父ワカヒコにしがみついた。

 だが、父にまとわりつく不快な存在を察知した彩雲はすぐに母にそのことを伝えた。


「お父様が変なの! お母様、早くお父様を治してあげて!」


 しかし母シタテルヒメはその不快な存在には気付かない。

 神には察知できないように巧妙に施されたそれは、鋭敏な感覚を持つ彩雲にしか分からなかったのだ。

 懇願する彩雲をなだめるように、母シタテルヒメは優しく答えた。


「彩雲、お父様は病気なのよ。サグメがすぐに良くなるって言っていたから大丈夫。さあ、お父様をゆっくり休ませてあげて」


「いやっ! 今日はお父様と絶対一緒にいる!!」


 今まで聞き分けの良い彩雲がここまで駄々をこねるのは初めてであった。

 彩雲が感じ取った父の異常が邪な呪術によるものであると分かっていれば、結末は違っていたかもしれない。

 長期間に亘って少しずつワカヒコの身体を蝕んでいった呪術は、ワカヒコ自身が神使を殺したことで完成し顕現していたのだ。

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