嫌われ者のヒーロー
「そうだよな、両方の俺を好きになってくれる女なんかいないよな」
自嘲するように大樹は笑う。
その姿がなんだかとても悲しくて、胸がきゅうと切なくなった。
「ん、何この音?」
プルプルと着信音に似たメロディーが流れ始める。
大樹がごそごそとスボンのポケットから取り出したのは、スマートフォンだった。
画面を見た途端に大樹の顔がこわばる。
横から覗きこむと、そこには“ハエ怪人、ムカデ怪人、ガ怪人が山水市南区に出没”と書かれていた。
「行ってくるよ」
大樹は震える足で立ち上がる。
チートな能力はあれど、相手は怪人でしかも三体もいるんだ。
さらには戦ったところで、皆から嫌悪され、誰からも愛されない。
怖くないはずがない。
「そんな、無理して行かなくても……今日は、警察や自衛隊に任せたら?」
とても見ていられなくて、大樹のシャツをつまんで声をかける。
だが、大樹は私の手をそっと外し、優しく微笑みかけてきた。
「怪人たちって弱そうに見えるけどさ、俺が強すぎるだけなんだよ。いままで死傷者がいないのが奇跡なんだ。人にはとても任せられない」
「だけど……」
「早く行かなきゃ。嫌われようが、ニュースでモザイクかけられようが、俺はヒーローなんだから!」
ぐっと親指を立てた大樹は、スマートフォンのボタンをタップする。
すると、大樹は一瞬にして目の前から消えてしまった。
「あの、バカ……!」
屋上に食べかけのパンを残し、教室へと向かった。
転げ落ちそうになりながら階段を駆け下り、息が上がる。
こんなことならもっと体育の授業を頑張っておけばよかったと、そんなくだらないことまで頭をよぎる。
「春奈、ごめん! スマホ貸して!」
教室に戻って、友達のスマートフォンを強奪し“テレビ”のアプリをタップした。
私は未だにガラケー派で、携帯電話でテレビの視聴ができないのだ。
「ちょっと、未央! 急にどうしたの!? って、また怪人!」
春奈がハッとした様子で、私の持つスマホを覗きこんでいる。
怪人が三体もやって来ることは珍しく、動揺したのだろう。
声が少し震えていた。
「だいじょーぶだいじょーぶ、どうせクローチマンがやっつけるだろ?」
「てかさ、今回はハエにムカデにガだよ。これでクローチマンまでやってきたら、害虫の共演じゃん」
何も知らない男子達が、けらけらと笑う。
「ほら~、そんなこと言うから来ちゃったじゃん、G男が!!」
「あーもう、キモイキモイ! そんなの見るのやめようよ! 生理的に無理、マジ無理!」
見た目だけで判断する女子たちが、引きつった顔で嫌悪感を丸出しにする。
悔しくて悲しくて仕方がなかった。
クローチマンのあのフォルムに、気味の悪いこの動き。
愛せないのは、仕方がない。
メスがいないとオスがメスに変わるというGたちの謎のシステムも、なぜか四十分近くも息を止められるという特殊能力も、人からすると不気味でしょうがない。
首だけになっても一・二週間は生存し、死因は餓死だという、生への執着っぷりがおぞましいのもわかる。
だけど……
だけど、あれは大樹なんだ。
自らの危険を承知で、皆のために戦いに向かったアホでバカでスケベで、私の大好きな大樹なんだ。
なのにどうして、私はクローチマンを好きでいてあげられないの?
画面の中の怪人は三体でクローチマンを攻撃している。
最初は、素早い動きで逃げ回っていたクローチマンだったけれど、空からやってきたハエ怪人に捕まり、絶対絶命のピンチを迎えていた。
そんな時でも、クラスメイトたちの視線は冷ややかだった。
誰一人として応援しようとしない。
あんな気味の悪い正義の味方などいなくても、警察や自衛隊がなんとかしてくれると、そう思っているのだろう。
目の前の画面が滲む。
瞬きをすると、スマートフォンの上に大粒の涙が音も無くこぼれ落ちた。