地球の女神
“ゴキブリ男”という単語に、大樹は下唇を噛んでうつむく。
まぁ、それも仕方のないことなのかもしれない。
誰だって害虫なんかと一緒にされたくはないだろうし。
「ひょっとしたら変なこと言ってるかもだけど、聞いて。私が半年前に見た夢、それはパルテノン神殿みたいな場所から始まったんだ」
――・――・――・――・――・――・――
そう。あれは、やけにはっきりとした夢だった。
巨大な白の柱が立ち並び、大理石みたいな床がぴかぴかに磨かれた謎の神殿。
そこに、いつの間にやらほんやりと立ちつくしていたんだ。
あんまりにも床が白く磨かれすぎているから、靴が反射して映っており、スカートの中も見えちゃうんじゃないかとそんなことを考えたことを覚えている。
隣にいたのは大樹で、他には誰もいない。
“ここはどこか”と考えているうちに、私たちの目の前に光の欠片が集まりだして、やがてそれは人の形を作り出した。
確か、この時大樹はものすごく興奮していたような気がする。
「女神が現れて、チート能力を授けてくれるかもしれない」とかなんとか言っていて、私は「ライトノベルの読み過ぎだ」と、鼻で笑ったんだ。
だけど、出てきたのは、本当に女神様のように美しい女性だった。
絹糸のようなサラサラとした長い髪を後ろで一つに束ねていて、陶器のように滑らかな白い肌と、薄桃色に色づく頬、みずみずしい唇が綺麗で、女同士なのに思わず見惚れてしまった。
ただ、ひとつおかしいところを挙げるとするならば、彼女は白いローブやひらひらとした布をまとっているわけではなく、なぜか汚れのついた白衣をまとっていたことだろうか。
「はじめまして、私の名前はテッラ。地球の女神と呼ばれているわ」
「うおぉ、すげぇ、女神!」
突然現れた女神に大樹は大興奮で、私は言葉を失ってしまっていた。
だけど、その美しさと神々しさは、まさしく女神で、彼女を疑う余地は少しもなかった。
そんなテッラが話したのは、地球に怪人襲来の危機が迫っているということ。
そして、私たちにチート能力を授けてやるから、その力を使って地球を救って欲しいということだった。
「チート! ラノベの世界じゃん、やばい、カッコイイ!! やるやる、俺やりまーす!」
お調子者の大樹はすぐに了承したけれど、慎重派の私はひとまず保留の道を選んだ。
だって、自分は正義の味方っていうガラでもなかったし、何より怪人が地球を侵略しに来るとか信じられなかったんだ。
「未央ちゃんは残念だけど、大樹くんは決定ね。それじゃ、この薬飲んで」
テッラが大樹に差し出したのは、虹色に輝く薬が入ったビンだった。
「魔法で、とか、ステータスとかじゃないの?」
「魔法は副作用も多いし、時代遅れなの。天上界の科学技術だって進歩してるんだから」
そう言って、テッラは笑う。
白衣を着ていたのはそういうわけかと、変に納得してしまった。
大樹は受け取った薬を飲もうとしていたけれど、口を付ける直前で良からぬことを思いついてしまったようで……
女神を前に、突然ゴネ出した。
「ラノベだとさ、チートの他にもハーレムがついてることも~あるんだよなぁ」
ちらちらっと、テッラにねだるように視線を送る大樹の浅ましさにため息をつく。
強くなることに加え“楽してモテたい”だなんて、欲深いにもほどがある。
大樹の要望に、テッラは口を曲げて、困ったような顔を浮かべた。
「あげられるのは、ハーレムかチートかどちらかだけ。この世界はバランスで保たれてるの。だから、基本的にプラスになる事柄ばかりはあげられないのよ……」
テッラが話した内容はこうだった。
人は誰でも、いいことと悪いことが同じだけ起こるように出来ている。
例えば、頭はいいけれど足が遅い、とか。
実母と仲が悪かったぶん、義理の母親が優しくしてくれる、とかだそうだ。
そうやって世界はバランスをとっているらしい。
“怪人退治”というマイナスに対してのプラスが“チート”であり、それ以上のプラス事項を与えるわけにはいかないようだ。
頭の弱い大樹は、何度説明をされてもわからず「両方欲しい」とゴネ続けた。
私も説得をしたけれど聞く耳を持ってくれず、結局大樹は条件と期間付きで“チート”と“ハーレム”の能力両方を手に入れることとなったのだ。