幼馴染はハーレム男
隣の人だかりのせいで、位置が少し動かされている自分の席に腰かける。
大樹の周りに集まるのは別に構わないが、人の席をずらさないで欲しい。
いつからか文句を言うのも面倒になってしまい、舌打ちだけして教科書を引き出しにしまいこんで、読みかけの推理小説を開いた。
「ねぇねぇ、大樹くん。今日の放課後ヒマ~?」
「あっ、由希ちゃんずるい! 今日は奈々子とカフェに行こうよ!」
「もー! 由希も奈々子も、抜け駆け禁止だよ!」
甲高い声で、女子たちが甘えるような声を出している。
小説ではちょうど今、探偵が推理を始めたところという、ものすごくいい場面なのに、隣がうるさすぎて全然頭に入ってこない。
先生早く来てくれ……と、渇望してしまう。
「いや~困ったなぁ。どうしよう……平等に皆で映画でも行く?」
大樹のデレデレした言葉に、黄色い悲鳴が沸き上がる。
「大樹くん、優しい~!」
口々にそう言う女子たちの瞳がハートの形になっているようにも見えた。
ったく、どこのアイドル気取りなんだか!
モテ期にもほどがあるし、あのさえない大樹がこんなふうになるなんて、なんだか腹が立つ。
「大樹。アンタ、鼻の下伸びてんよ」
苛立ちが募って嫌味を放つと、大樹はニカッと笑って鼻の下をこすりはじめた。
「マジで!? イケメンが崩れないうちに、伸びた鼻の下を縮めなきゃな!」
どうやらおバカなお調子者は、嫌味にも気づかないらしい。
――・――・――・――・――・――・――・――
いつものように授業を終え、昼食の時間がやってきた。
女子たちがまた、大樹の元へと集まり出す時間だ。
この席に座っていると、大樹ファンの女子たちから邪魔そうな目で見られてしまう。
そのため私は、いつも吹奏楽部の練習に行きがてら、音楽室で食べることにしていた。
女子たちが大勢集まってくる前に、買っておいた昼食のパンの袋を手に取って立ち上がると、前の席の田中が振り返ってきた。
「なぁ、松風は朝のニュース見た?」
「ああ、ミミズの怪人のこと?」
「そーそー。今日のクローチマンの戦い方はまた、やばかったよな~。壁をこう……」
身ぶり手ぶりを交えながら明るく田中は話すが、その顔は臭いものを嗅いだ時のように歪んでいて、クローチマンを好きというよりは、むしろ面白がっているようにも見える。
「ちょっと田中くん、やめてよね!」
大樹の取り巻きの一人が声を荒げた。
「そうだよ! 私なんて、その名前すら聞きたくないもん……ホント気持ち悪い」
クラスのアイドル的存在の女子が、自身の身体を抱きしめるようにしながら言う。
「怪人のほうが、見た目マシな時あるよね」
「あっ、わかる~。正義の味方なのは助かるけど、アイツめっちゃキモイもんね」
女子たちは次々と、クローチマンへの悪口を続けていく。
ふと、大樹に視線をやるとさっきまで鼻の下を伸ばしてヘラヘラしていたのに、視線を落としていまにも泣き出しそうな顔をしていた。
「大樹、どうしたの……?」
恐る恐る問いかけると、大樹は突然立ち上がって笑う。
「腹痛いから、便所行ってくる! 皆はここで待ってて」
「あ、ちょっと、大樹!」
突然様子がおかしくなった大樹を見て、確信する。
半年前に見たあの光景は、やっぱり夢なんかじゃなかったんだ、と。
「私もそろそろ部室行くから、クローチマンの話は後で聞かせてよ」
田中にそう告げて教室を出た私は、部室とは反対側の階段を昇りはじめた。
――・――・――・――・――・――・――・――
「やっぱ、ここいた」
重厚な扉を開けて、ふんと鼻で笑う。
人気のない屋上にいたのは、大樹。
中学の時からコイツはいつもそうだ。
女の子からフラれたり、部活でレギュラー落ちしたり、ケンカに負けたりするたびに、屋上に上っている。
“馬鹿と煙は高いところが好き”というけれど、あながち間違いじゃないのかもしれない。
「未央?」
私が来たことに相当驚いたのか、目を丸くした大樹は食べかけのクリームパンの欠片を落としてしまっていた。
「教室帰らないの? 女の子たち、待ってるよ」
「マジかー、モテる男はつらいな」
頭をぽりぽりと掻きながら大樹は言う。
飛び出て来たのはいつもの軽口だけど、その表情はどこか硬い。
「あのさ」
大樹の隣に腰掛けて、私もやきそばパンの袋を開けた。
「何だよ」
「私、半年前に夢を見たんだ。大樹と一緒に、女神に会う夢」
おかしなことを言っていると自分でも思う。
“何バカなこと言っているんだ”と笑い飛ばされるだろうかと隣を見ると、大樹は神妙な面持ちで黙りこくっていた。
その様子を見て、大樹の答えは聞かずとも、全てが一つに繋がった。
取り調べをするドラマの刑事のように、有無を言わせぬ声色で言葉を放つ。
「大樹。アンタがクローチマン……怪人と戦う、正義のゴキブリ男なんだね」