私の日常
一般的にヒーローというものは、大なり小なり人気があるものだ。
力を持たない民衆の平和を守り、巨悪を討つ。
優しい心と力強い彼らの姿に、人々は憧れを抱き、心を動かされるのだろう。
日曜朝に放送している戦隊しかり、バッタライダー、空飛ぶアンパン男しかり。
人気のないヒーローなどいない。
ただ、悲しいことに、どこの世界にも“例外”はあるもので。
嫌われ者のヒーローもいるということを、私はよく知っている。
これは、そんな嫌われヒーローと私のお話。
不快感満載で、余計な知識ばかりが増えていく……そんなお話。
――・――・――・――・――・――・――・――
制服を着てニュースを見ながら、イチゴジャムトーストを食べる。
これが私の毎朝の流れ。
今日もジャムを塗りつつテレビを眺めていると、速報が飛び込んできた。
「ねぇお母さん。隣町でまた、怪人出てるみたい」
キッチンで洗い物をする母に声をかける。
「え~、またなの!? 朝っぱらから迷惑な話」
母はエプロンの裾で手をぬぐいながらこっちにやってきて、食い入るようにテレビを見つめていく。
テレビには険しい顔をした女性アナウンサーが映っていて、遥か遠くに見える怪人について実況している。
二メートルを少し超えたくらいの身長に手足のない細長い身体、そして特徴的なのは首の周りにある、肌色の輪っかのようなもの。
見た目からして恐らくあの怪人は、ミミズがもとになっているのだろう。
怪人ミミズ男は、身体を振り回して木を倒したり、街灯をへし折ったりしていて、通勤する人々は蜘蛛の子を散らすみたいに逃げ惑っている。
「あっ、ちょっと! 何でチャンネル変えるの!?」
思わず声を荒げて母を睨みつけた。
重要なニュースの最中なのにも関わらず、母は動物のキャラクターのアニメ番組へと変えていたのだ。
口を尖らせる私の態度に、母は眉を寄せて、ひたいに濃いシワを刻みこんでいく。
「未央が食事中だからでしょ。どうせ、いつもみたいにすぐあのヒーローがやってきて、ミミズ男を倒して終わりよ」
「あのさ、私たちのために戦ってくれてるクローチマンに対して、その言い方はないんじゃない?」
嫌悪感満載な様子の母に言い返す。
「じゃあ見る? その代わりパン残さないでよ。生放送だし、モザイク入んないんだからね」
テレビのリモコンを手にとった母の腕を制止し、リモコンを取り上げた。
「……やっぱ、アニメでいいわ」
結局、私も母や皆と同じ。
私たちの平和を守ってくれている“あのヒーロー”に、嫌悪感を抱かずにはいられない。
それが、情けなくてしかたなかった。
――・――・――・――・――・――・――
ミミズ男のような、ヘンテコな怪人が現れるようになったのは、今年のはじめくらいからだろうか。
地球の侵略を目的としているみたいだけど、向こうにもいろいろ制限があるらしく、私が住む山水市周辺の地域しか出没しておらず、多く出てきても二体だけ。
世界征服を目論んでいるわりには“中途半端な組織”というのが私の率直な印象だったりする。
ちなみに“クローチマン”と言うのは、その怪人たちを倒してくれる正義の味方のことだ。
どこからか突然やってきて、怪人を倒した途端にどこかへ帰っていく。
噂によると、クローチマンは元々人間らしいけれど、彼の真の姿を見た者は、誰一人としていない。
突然現れ始めた、わけのわからない怪人たちに、嫌われ者のヒーローであるクローチマン。
やっぱり半年前に見た夢は、夢じゃなくって……
「本当のことだったのかなー……」
肩からずれてきたスクールバックを背負い直して呟き、教室へと入る。
遅刻ギリギリに来たため、すでにクラスメイト達があちらこちらでグループになり、話に花を咲かせていた。
ちらと視線をやると、教室の一番奥、窓際の一番後ろの席に人だかりができている。
集まっているのは全員女子で、隣のクラスやそのまた隣からも来ているということもあり、ものすごい人数になっていた。
だけどまぁ、こんなのはいつものこと。
キャイキャイと騒がしいこれが嫌で、私はいつも遅刻ギリギリに登校しているのだ。
「おはよ」
人だかりの中心にいる幼馴染の顔も見ずに、吐き捨てるように言う。
「おっす、未央! 相変わらず最近朝遅ぇなぁ~!」
フローラルな女子臭漂う輪の中からひょっこりと顔を出したのは、隣の家に住む大樹だ。
くるくる天然パーマのチビで、お世辞にも頭がいいとは言えず、モテたくてサッカー部に入るも、万年補欠で結局幽霊部員。
中学時代、コイツが女子にフラれた記録は、私が知る限りで十二回。
なかなかの記録を持つこんなちんちくりんが、高校デビューで突然モテ出すか?
可愛い女子たちに囲まれて情けなく鼻の下を伸ばしている大樹を横目でジトっと見つめながら、小さくため息をついた。