第五節 捜査合体、エルディクター
近くの病院に運ばれたというのは予想の通りでした。宝野先輩に引き摺られるまま連れてこられた病院に、パトカーが止まっているのを見つけました。
「ほらあった。」
「ホントウデスネ。デスカラ手ヲ離シテ頂ケマスカ。」
そう言うと彼女は手を離しました。
「最初から離して下されば付いていくのに・・・乱暴な。」
「貴方が逃げたら私が危ないじゃない。いざって時のためよ。」
というか僕の信用無いですね。僕だって一応自称探偵ですから、結末は知りたいですし、その精神生命体・・・面倒なので宇宙人と呼びますが、その彼の言う話が本当なら、
彼女が受付で木坂先生の名前を出すと、生徒としてお見舞いにと言ったらサラっと通ったようで、部屋を教えてくれたようです。ザルですね。そのまま受付とやり取りしているのですが、その先輩の様子は、普段の真面目で如何にも風紀委員然とした毅然とした態度でした。あれで相手も信用したのでしょう。正直に言ってしまうと少し驚きましたし、あれなら信頼されても仕方ないとも思いました。
『あの人、先程の人と同じ人ですか?』
僕の時計が大変失礼な台詞を吐いたので、絶対に本人には言うなと厳命しておきました。
ただ改めて考えてみると、あの普段の冷静な姿と、先程の積極的な様子は全く別人に見えました。いや、積極的というのもちょっと不正確なように思います。積極的というよりは何と言うか、責任感というか、焦りというか、そういったものが見え隠れしたような・・・。
「どうしたの?さっさと行きましょ。」
そんな事を考えていると、受付を済ませた彼女が戻ってきました。僕は分かりましたと言うと、その部屋へと向かいました。
部屋は一階の105号室だそうなのですが、正直部屋の番号は聞かなくても良かったかもしれません。
何故なら、伏見警部の「お前がやったのか!?」の声が廊下にも響いていたからです。
『まずいですね。』
時計・・・いや、名前で呼びますか。ディクターがそう言うので何故かと問うと彼は答えました。
『同化している人の精神が強く揺さぶられると、結果として強い負の感情が蓄積されます。』
「蓄積されるとどうなる?」
『知らんのか。大変なことになる。』
「・・・どこで学んだんですかそのネットスラング。」
『貴方の時計からネットワークに接続して・・・。』
「私が良いと言うまで勝手に接続したりしないように。で、どうなるんですか。」
『その人の感情が暴走して暴れ出したり、最悪の場合、自らの糧として成長し、例えば別の無機物に宿って巨大化するとか、何でも出来ますね。』
それを言うと先輩と僕は顔を見合わせました。好奇心どころの話ではありません。
「先に言いなさい!!」
僕はそう叫ぶと、先輩と一緒に警部の声が聞こえる部屋に飛び込みました。
「警部、ストップ!!ストッ」
遅かったようです。
そこには警部の首を絞め上げようとする木坂先生の姿がありました。
「ただ・・・ただ金が欲しかっただけだ・・・!!それをアイツに勘付かれて・・・それで脅されて・・・あんなパスワード設定しやがって・・・脅したのはあのガキだ!!殺して何故悪い!!」
木坂先生が叫ぶと、どこからか薄っすらと声が聞こえてきます。
『そうだ、お前は悪く無い・・・。あいつが悪い・・・。』
その声に呼応するように木坂先生がは「あいつが悪いんだ、あいつが・・・」と繰り返します。どうやら完全に暴走しているようです。マズイ。
「あ、貴方達、危ないから来ちゃダメよ・・・。」
持ち上げられながらも伏見警部は僕達に警告してくれます。ですが流石に見過ごせません。とはいえ僕はホームズと違ってバリツも使えない・・・どうしようとアタフタしていると先輩が退きなさいと声をかけてきました。
「え?」
振り返るとその横を先輩のミドルキックが頬を掠め、そのまま木坂先生の脇腹と僕の顔、特に鼻に激突しました。
「ぐふっ」
「ぶげっ」
それぞれ無様な悲鳴をあげると、木坂先生は壁に叩きつけられ、僕は床に倒れました。伏見警部はその時手を離されたようで、その場に落とされ、ゲホケボと咳き込んでいます。大丈夫ですかと先輩が声をかけているのが何となく見えますが、その前に心配するべき人が居るのでは無いでしょうかと思うばかりです。
「げほっ、大丈夫よ・・・。問い詰めていたら突然暴れ出して・・・というか貴方達なんで来たのよ。」
「ぢょっど理由ばいえないんでずげど、警部の身が心配だっだんでずよ・・・」僕は鼻を抑えながら言いました。
「理由って何よ。・・・まぁ、助けてくれたから文句は言えないけど。」
そんなやり取りをしていると、再び薄っすらと声が聞こえてきます。
『ちっ・・・邪魔が入ったか・・・だがもう十分だ。』
そう言うと先生の持っていたスマホから光が飛び出し、窓の外へ摺り抜けていきます。
「何よあれ!?」
警部が驚いていますが、説明している時間はありません。
「追いかけますよ!!」
先輩に声を掛けると「勿論!!」という答えが返ってきました。僕たちは窓を開けると飛び出していきました。
窓の先には何故か先生の車が置いてありました。先生は救急車で来たはずです。何故?そんなことを考えている暇はありませんでした。
『これだけの悪意、あの方に捧げればどれだけの報酬が・・・』
『そこまでです!!』
光が呟くのを制し、ディクターが喋り出しました。
『何者だ!?まさか・・・!?』
するとディクターは叫びました。
『チェンジ・ディクター!!』
すると、僕の時計のベルト以外の部分が外れ、先程まで液晶に写っていた手足のあるロボットの姿へと変形したのです。サイズこそ時計と同じ手のひらサイズではありましたが、胴体は時計の液晶部分、手足はその周りについていたゴテゴテした飾りで、顔は液晶の中から飛び出してくる、そんな変形プロセスを見せつけられました。勝手にこんな機能を付けられて・・・と言う事も出来ず、私は口を開けてぼんやりとその姿を見る事しか出来ませんでした。
『宇宙警察、ディクター参上!!貴方の行為は宇宙統一刑法第二百五十二号四十一条に違反します!!大人しく拘束されなさい!!』
ディクターが叫ぶと光はせせら嗤うように小刻みに揺れた。
『けっ、宇宙警察の犬が!!そんな体で何が出来る!!・・・仕方ない、ボスに献上するこのヤク、俺が使わせてもらうとするか。宇宙警察の犬の首でも持っていきゃ許されんだろ!!』
光はそう叫ぶと、木坂先生の車に取り憑くように飛び込んでいきました。するとその車は巨大化し、車の前方ドアが腕と爪のようになり、後ろ部分が足となった、二足歩行の怪物のような姿へと変形・・・いや、変貌しました。
「あ、あれは何!?」
『精神生命体は宿主以外にそれぞれ実体化した時の姿というものを用意している場合があります。あれが奴の実体形態なんです!!』
「そう言うのは先に言いなさい!!」
先輩が叫ぶのも御構い無しに、その怪物は爪を僕達のところに叩きつけました。
「危ない!!」
僕は先輩を庇って避けようとしましたが、先輩はその前にさらりとかわしていました。先程の蹴りといい、先輩は運動神経が優れているようです。
僕は爪も先輩も避けて床に鼻をぶつけました。痛い。
「ちょっと、何とかならないの!?」
先輩がディクターに叫ぶと、ディクターはニヤリと笑った。
『無論、何とかしますとも!!』
そう言うとディクターは天に向かって右手を掲げ叫んだ。
『サモン・ドラグエル!!』
すると天に光の魔法陣が生じ、そこから巨大な双頭のドラゴン型のメカが飛び出してきた。
『私の今の分割実体です。精神生命体はその力の強さに比例して宿るものの大きさも変わります。この怪物が車に自分の精神を実体化用に宿していたように、私も捜査に支障のある量のエネルギーをあのドラグエルに宿し、捜査に必要な分だけ貴方の時計に宿らせていたのです。』
ドラグエルと呼ばれたメカは形を変えていきます。頭が人の体で言う肩の部分に移動し、そのまま腕となったかと思うと、口の部分から拳が突き出てきました。足は足首が180度回転し、鉤爪のある足から人間の足に近い形のものへと変わりました。そして胸が開くと、ディクターが入りそうなスペースがそこにはありました。
「こ、こんなのアリ?」
『アリです。・・・トゥッ!!』
ディクターは跳躍するとそのスペースに収納されます。すると、もともとドラゴンの頭が生えていたところから、ロボットのーマスクを付けたー顔が飛び出て来ました。
『捜査合体、エルディクター!!』
全てが完了し、見栄切りのポーズをとると、ディクター、いえ、エルディクターは着地し、怪物と対峙しました。元々車よりドラゴンの方が大きかったので当然なのですが、大体人間で言うと150センチと170センチの違いくらいでしょうか、そのサイズ差は歴然でした。サイズ=生命体としての力とすると、要するにそれだけの実力差があるということでしょうか。
『あ、ヤベ。』
それは怪物側にも理解出来たのか、爪で口をふさぐポーズを取りました。
『早々に終わらせましょう。エルドブレード!!』
そう叫ぶと、どういう原理かは不明ですが、背中に付いていたドラグエルの元尻尾から一本の剣が飛び出して、彼の手に収まりました。
『や、やめてくれぇぇぇ』
怪物が命乞いのように叫んでいますが、エルディクターは無視して続けます。
『他の星で暴れるなど、言語道断。私が成敗致します!!インシデント・ブレイク!!』
彼は剣を振り下ろし、怪物を一刀両断しました。
『ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
見事なまでの断末魔を響かせながら、怪物は爆散、元の光へと戻って行きました。エルディクターは光に手を翳すと『アレストビーム』と言い、光を檻のようなものの中に閉じ込めました。
光・・・木坂先生に取り憑いていた生命体は、ディクターに対する罵倒を繰り返していましたが、
『詳しくは署でじっくり同僚が聞きます。』と彼がいうと、檻ごと何処かへと消えて行きました。
何が起きたのか、何が起きていたのか、その時の僕には未だにいまいち理解出来ていませんでした。
ただ、恐ろしい程の面倒事に巻き込まれてしまった、それだけは確信していました。