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第九話:オロチ討伐(二)

 オロチの巨体が徐々に攻撃態勢を整えつつある。


 先ほどの攻撃からも明らかなように、こいつの頭部はすさまじく素早い。鋼の頭部はその大きさと重さに加え、針のように鋭い舌が直撃すれば俺達人間はひとたまりもない。


 しかも、周りの水全てが<オロチ>の探知能力のセンサーとして働く。さらに言うなら、<エレナ>の町周辺全域に水害を与えるほどの魔力容量。まだ見せていないが、貯蔵している大量の水を活用した激流攻撃も扱えることは想像に難くない。


「格好つけて倒す宣言してみたけれどさ、マジでこいつ、初回の中ボスにしては強すぎるだろ……明らかに設定ミスだって」


 俺は改めて敵の戦力を整理し震えあがるが、ここで諦めるわけにはいかない。ララの状態は安定したといえ、まだまだ予断を許す状況ではない。早めにしっかりした環境に落ち着かせてやりたいところだ。戦闘状態が長引くのは良くないだろう。


 俺と同様に、<オロチ>の戦力の高さに絶望したらしいソフィーが、不安を拭いきれないように話しかけてくる。


「シユタ様、どんな手を使えばこの<オロチ>を打倒出来ましょう……?」

「ああ、俺に策がある」

「そ、それは一体!?」

「いったん逃げるんだ!」

「ええっ!?」


 いわゆる<にげる>コマンドというわけだ。


 思い切った俺の言葉にソフィーが驚き狼狽えている。が、正直妥当な選択だと思う。敵の戦力は高く、弱点も分からない。それならばとにかくここは距離を取り、情報収集に努めるのが正着手だ。


 上手く距離を広げることが出来ればララとソフィーを逃がし態勢を立て直すことも出来るだろう。<エレナ>の町の飢えと水害は続くが、ハッキリ言って知ったことじゃない。全滅することに比べればだいぶマシだ。


「とにかく形振り構わず逃げる! ララを運ぶのは俺がやるから任せて! ソフィーは後ろからついて来て回復魔法をかけ続けろ!」

「はい、シユタ様!」


 ララを背中に抱え、俺達は一目散に後方に駆け出した。


 ララの年に似合わない胸部が押し当てられるが、もちろんそんなことを考えている場合じゃない。緊急事態だぞおい。後ろ手で抱えたララの下半身が、耳元の喘ぐような吐息が、全く気にならない。誓ってほんとだ。


 下心では断じてない何かに気を取られていてうっかり(うっかり)気づかないうちに、前方にはいくつかの水たまりが広がっていた。走り抜けるとパシャパシャと音を立てる。


 一瞬、ララが刺された時の光景がリフレインしギクリとする。が、よく考えたら、もうこちらに気付かれているんだから問題は無い。水たまりに構わず逃走を続ける。


「この水たまりは……? さっき頭が突っ込んできたときに、首部分の水が飛び散ったのか?」

「シユタ様、危ない!」


 後ろからついてきているソフィーが叫ぶ。


 ゾクッと嫌な予感がして俺が横っ飛びした次の瞬間、激流が今居たところを薙ぎ払った。水たまりを通してこちらの動きを正確に読まれた。


 <オロチ>の鋼の頭部から吐き出された<水のブレス>は地面をえぐり、一瞬で三メートルもの深さの溝を作り出した。その長さは一目で分かりそうにないくらいに長い。酷い威力だ。


 余波で地面が崩れかけたところを、俺は咄嗟に<意志の力>で<足場>を構成し、何とか態勢を立て直す。戦闘向けの召喚獣だけでなく、こういう<足場>のようなサポートも<意志の力>はお手の物だ。


「……この、化け物め……っ! ん?」


 ふと、<オロチ>はこちらを複数の頭で捕捉しているが、体そのものの動きは相変わらずゆっくりしていることに気付く。


 また、<オロチ>本体の体積が”わずかだが減っている”。今の<水のブレス>を吐き出した分、貯蔵している水が減ったのだろう。当然の話だが、山頂には川が無い。つまり、奴の水を再補充するための水源が少ないということだ。


 奴の山頂に登るという特性には、水域の源流に居座り影響力を広く確保できる反面、水そのものの補充は雨に頼るしかないという欠点もある。これは、見方を変えれば奴の回復を阻害できるチャンスと言える。


「だが、長期戦になるのはこちらに不利……一気に奴の水量を消し飛ばすことさえできれば、後は鋼の頭が残るだけで勝てるんだが……」

「<魔法使いを>多数動員し<大氷結柱>を連発できれば、<オロチ>の体積を削り切れないでしょうか?」

「うーむ……最終的には勝てるだろう。だが、それでは恐らく味方の被害が……」


 俺は全開まで頭を回転させ、視線を巡らし、なんとか<オロチ>への対抗手段を探す。走りながら左前方をよく見ると、先ほどの<水のブレス>が大きな水たまりをいくつも形成していた。


 その近くを鋼の頭が通り過ぎると、水たまりたちはゆっくりと、ゆっくりと、だが奴の長い首に合流していった。それから奴の頭が鈍く輝くと、長い首から散弾のような水の塊が飛び出してきた。


 ズドムッ


 とギリギリのところで<岩壁>を形成、なんとか事なきを得る。


「<意志の力>、この感じならまだまだ魔力は続くな……しかし今の”水の集まり方”……」


 非常にゆっくりとした動きだ。恐らく”鋼の頭と体の水は動ける速さが違うのだ”。<水のブレス>のように吐き出される場合は凄まじい速さと威力を達成できるが、再集合したり首が頭に追従するときはゆっくりとしか動けない。

 だからララへ突進したときも、長い首の部分が追従し切れずはじけ飛んだ。


 それに気づいたとき、「ピン」と俺の頭に妙案が浮かぶ。


「ソフィー、試してみたいことがある」

「……? はい、なんでもお申し付けください!」

「ああ、ありがとう助かる。ララ……、もう少し頑張ってくれよ」


 未だにぐったりしているララが、少し笑った気がした。この子の心臓はまだ力強く鼓動してる。


――


 この<オロチ>は鋼の頭と水の塊で出来ている。


 水の塊を凍り付かせ、”体積を削り取る”ララの氷結魔法攻撃は、方針として間違っていなかった。ただし、定量的にその規模が足りなかったのだ。焼け石に水、と<オロチ>に氷結魔法、は意味が同じだ。


 俺がしっかり<意志の力>で防御してあげていれば、この背中に抱えている優れた<魔法使い>ララが、うまく奴を削り切れたかもしれない。だが、今は後悔しているときじゃあない。反撃するときだ。


「ソフィー、とにかく走れ! 出来るだけ森の中を、見通しが悪い所を逃げるんだ! <オロチ>に的を絞らせるな!」

「はっ、はい、シユタ様!」

「<意志の力>で<足場>を作る。そこだけを走る! 水たまりを踏むのを避けるように!」

「了解です!」


 森林限界ほど標高が高くないことが幸いした。このあたりにはこちらの身を隠すに十分な高さの森がある。加えてもっと重要なことに、奴が姿勢を低くして追ってくる。


「鋼の頭が一番素早く動ける。そこが司令塔で、こちらを視認できる。アメーバ状の水の体の方はゆっくりとしか動けない。しかも、森より高い姿勢を取るとこちらを視界に収めることは出来ない。水たまりを踏みさせしなければ、そうやって追ってくるしかない。読み通りだ」

「……シユタ様、私はどうすれば?」

「大丈夫、そのまま走り続けて!」


 俺は一羽の<カワセミ>を生み出し前方の偵察に出す。<カワセミ>は強烈な羽根音を立て一拍だけホバリングし、凄まじい勢いで飛び立った。こいつを通して見える視界には”俺が望んでいた”景色が広がっている。


「ソフィー! あと少しで森が開けるそうなったら防御魔法全開! 奴のブレスは直線的な攻撃だから、斜めに受け流すようにだ! ……森を抜けたら三百メートルほど走り抜ける必要がある」

「そ、そんなに……!?」

「岩が幾つか並んでいるからそれを陰にするんだ! 俺も<意志の力>の防壁でフォローする」


 <防壁>に<足場>に、どんどん生み出していていい加減魔力が持たない。<カワセミ>を五十羽ほど呼び出した時よりも疲労感が強い。しかも走りっぱなしだ……俺って体力ないからなあ……。


「森を抜けます!」

「あと三百メートル!」


 ララを抱えているからそろそろ足が限界だ。


 たかが三百メートル、されど三百メートル。今の俺ではあと一分以上かかってしまうかもしれない。年下の女の子のソフィーの方が先行しているくらいである。


 と、そこで森の目くらましがなくなり、見通しが良くなったところでこちらを捉えたのか、強烈な<水のブレス>が襲い掛かる。


 予め展開していたソフィーの全力防御魔法がなんとか一撃を防ぐ。あと二百メートル。


「岩をうまく使え、ソフィー! だが俺から離れすぎるなよ!」


 <意志の力>で配置していた岩の陰に隠れ、こちらを再び見失った鋼の頭が手当たり次第に探しながら迫ってくる。あと百メートル。


「あっちの頭がこちらを見ています! 見つかった……! シユタ様、まだ撃ってきます! もう防御魔法の魔力が……っ」

「ああ、任せろ!」


 ギリギリで防壁を展開し、二撃目を防ぐ。これで目標地点だ。


「何とか目標地点まで到達。ですがシユタ様……こんなに撃たせてもまだ<オロチ>の体積は」

「そう、ほとんど減らせてない。だが、実は<水のブレス>を撃たせることが目的じゃない」


 <オロチ>の複数の頭が(――八個もあったのかこいつの頭は)、すべて俺達に接近しているのを確認して、俺は”念じることをやめた”。

 俺達三人とオロチを支えていた、”俺が生み出していた”地面がフッと消える。まるでこんな見晴らしのいい場所なんて、森が不自然にひらけている平地なんて初めからなかったかのように。


 そう、この場所は初めからなかったのだ。


 足元はるかしたに山のふもとと別の森が広がってる。先行した<カワセミ>に探らせたここは、この山の全周でも最も急峻に切り立った崖、山頂からふもとの標高差五百メートルを遮るものは何もない。


 正確には、俺達は三百メートルほど走って、実質的に崖の先を空中をまっすぐに進んできた。普通の崖なら数メートルでも落ちればどこかにぶち当たるが、これならばふもとまで一直線だ。支える者が無くなった俺達と<オロチ>は――


 真っ逆さまに落ち始める。


「う、ウボアー!」

「い、いやああああああああああ!!! シユタ様! シユタ様!」


 この作戦を思い付いた時点で、紐なしバンジー、パラシュートなしスカイダイビングを覚悟していたとはいえ、高所からの落下という原始的な恐怖についつい奇妙な声を上げてしまう。


 覚悟していなかったソフィーはなおさらだ。いつもの落ち着いた柔らかい物腰は鳴りを潜め、俺にしっかり抱き着き凄まじい金切り声をあげている。おやおや、もしやソフィーちゃん高い所苦手かな? 俺も苦手なんだ奇遇だね。


 だが一番苦しんでいたのは俺達ではなく<オロチ>だった。


 俺達より少し上に奴の鋼の頭と水の体が落ち始めてる。奴の首から体側、つまり鋼の頭部以外の部分が次々と”ちぎれていく”。決して意思疎通出来ないと思っていた、奴の仄暗い瞳が慌てているのが今ならわかる。ぐんぐんと早くなる落下速度に対して、奴の水の体は鋼の頭に追従することが出来ない。


 エンジェル・フォールという滝をご存じだろうか? ギアナ高地にある世界最大級の滝だ。この滝の落下点には”滝つぼが無い”。あまりにも大きすぎる滝の標高差に、水滴の表面張力では耐え切れずに文字通り霧散してしまうのだ。


 それと全く同じことが今起きている。奴がこの山頂で集めた雨は、再び大気中に還元されてく。なんとか必死に繋ぎとめようとしても……


「……お前の水は集合に時間がかかる」

「こ、これは一体!?」


 つまり<オロチ>を倒すなら高い所から落とすだけでよかったのだ。


 ましてや奴の頭部と水の体では、空気抵抗と重力が釣り合う速度が違う。どんどんちぎれていく<オロチ>の体はほとんどが上空へと吹き飛んで行ってしまい、残されたのは成す術なく落下していく八つの頭のみ。


 と、いうことを驚いているソフィーに格好よく教えてあげられるとよかったんだけど。地表が近く、その余裕はない。空気抵抗で口も上手く回らないしな。そろそろ仕留めるとしよう。


「<オロチ>、これで終わりだ!」


 俺は強く念じて、八本腕の<ゴーレム>を呼び出した。一見岩石で出来た<ゴーレム>だが、残された魔力を全開にして拳を硬化させる。その全てが<オロチ>の頭を直撃した。


 岩と鋼のぶつかり合いは、問答無用で俺の勝ち。<オロチ>の頭部は全て粉々に砕け散った。

基本的に一話完結スタイルにしたいのですが、たまに今回のように分割します。

分割エピソード少なめがいいか多めがいいか、ご意見あったらご連絡ください。

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