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第一話:エルフの世界(一)

第五章開始です。引き続きよろしくお願いします。

 左胸に矢が突き刺さった。


 俺――シユタの心臓が一矢で貫かれ、続いて顔面や両手両足へ次々に矢が刺さる。


 激痛で体の自由が全く効かない。<意志の力>での対抗防御が間に合わない。自慢の最上級防具<墨の衣> の自動防御壁はいとも容易く破られ、それ以外の手段も追いつかない。


 心臓は破裂し、血液循環が阻害され、強制的に心肺停止状態に陥る。


 まずい。急激に遠くなっていく意識、そして暗くなっていく視界。その狭窄した視界には矢の雨に抵抗できずに右往 左往する僧兵たち。僧兵たちもまた、矢を大量に射掛けられて次々に倒れていく。


 戦況はハッキリ敗勢、三十六計逃げるに如かず。とにかく、今すぐに、この場を、離れ、な、け――


『転移します』


 ギリギリ、なんとかギリギリでマジックアイテム<転移珠>の転移が発動した。


 一瞬、青色を背景に星空のような輝きが視界いっぱいに広がり、次の瞬間俺は<エルトリア>の大地へと戻って来た。必死の転移発動だったため、着地もままならずに「ベチャリ」と地べ たにうつ伏せに倒れ込む。が、既に傷は全快している。


 全快のカラクリは<転移珠>のおまけ効果によるものだ。


 <転移珠>のおまけ効果で装備品・所持品は自由に選択することが出来る。もちろん、手勢は全員連れて来たし、全身に刺さった矢は持ち帰る品に含めなかった。


 また、もう一つのおまけ効果で、転移時は心身ともに完全に健康な状態で放り出される。そのため矢傷は綺麗さっぱりと癒えている。我が切り札の<転移珠>はそれほどまでに凄まじい有用アイテムなのだ。


 それでも臨死体験をした心理的なショックは大きく、俺は何度もせき込み続ける。心配して一人の若い僧兵が俺の元に駆け寄ってきた。


「はっ……はっ……はっ……げほ、げほっ…………た、助かったか……」

「シユタ様! ご無事で何よりでございます……」

「ごほっ…………トーカ、君も無事だったか。それでは他の者の点呼をしてくれ。何人生きて、そして何人死んで帰ったかを数えるのだ。遺体も漏らさず数えるように」

「は、お任せください」


 そう言って、俺の<小姓>にして少年僧兵のトーカは手勢全体の数を数え始めた。トーカは可愛らしく中性的な顔立ちで、美しい銀髪は肩まで伸びている少年だ。軍事行動中はいつも俺の側に控えてくれているのだが、今回はそのことが仇になった。


 俺に集中した矢にトーカも一緒に晒されてしまったのだ。この子を守るために突き飛ばしたことで、つい、先ほどのように矢の雨への対抗手段が遅れてしまった。我がながらうかつである。が、可愛いトーカが生き残ってくれたのは不幸中の幸いだった。


 それでも全体を見ると生き残りの数は決して多くはない。<転移珠>の副次効果で僧兵たちも傷は癒えるはずなのに、即死したものが多すぎるのだ。


 点呼を終えると、戦闘開始時の総勢一千人に対して、二百十八人もの兵が討たれていた。それも戦闘開始からものの十分と言う早さでこれだけの数がやられてしまっていた。即死者だけ で三割、致命傷を負ったり四肢のいずれかを負傷したものを含めると、半数以上が戦闘不能状態に陥ったことが予想できる。


 久しぶりに味わう、完全なる敗北だ。


「手塩にかけて訓練した俺の軍勢が……こんなに……くそ、大損害だ」

「シユタ様、討たれた者全員の遺体を確認いたしました。また、生きている者も含めると総勢が戻っていることも確認済みです」

「……そうか、戦死者は丁重に埋葬するように手配してくれ。弔いの儀式は俺が直接執り行う」

「はっ」


 今回の敗戦は俺の責任によるところが大きい。


 戦死者にしてやれるのは丁重な弔いと、そして彼らの親族への補償。シズキ教最上位の俺が直接弔いを主催すれば、親族たちにとって少しは慰めになるだろう。その程度しかできない。<救世主>とは実に無力な存在だ。


 俺はやり場のない憤りを、足元に横たわる一人の敵兵にぶつけた。たまたま近くに居たので、一人だけ無理矢理巻き込んで転移させてきたのだ。


「この、耳長どもめ……! 随分と派手にやってくれたじゃないか」


 俺の足元に横たわるのは『エルフ』の弓兵の男。青ざめているように白い肌、男の俺でも目が覚めるような美形、二十センチほども横に長い耳。


 そう、俺が軍勢ごと転移して攻め入り、そして緒戦で不覚にも敗北を喫したのはエルフの世界。俺が支配している<エルトリア>世界よりも一段高く発展している、弓矢と森の世界だ。


 今回はこのエルフどもをどのように攻略していくかのお話。その説明を一から始めるために、時間軸は数カ月ほど前にさかのぼる。


――


 ある日、俺は<エルトリア>世界を完全に支配し、そしてその支配は永遠に続くだろうという、漠然とした感覚を得ていた。


 これからはもう消化試合の楽勝ゲームかなと、少し寂しくも退屈な気分に浸っていた時のことである。俺の切り札にして最強のマジックアイテム<転移珠>がとても惹かれるメッセージを 発した。


『第三の異世界へ転移できるようになりました』

「第三の異世界……? ほう、初めて見るメッセージだな。できるようになった、ということは今まではできなかったのか?」


 <転移珠>は普段かなり無口なアイテムだけれど、こちらから話しかけると会話形式で応じてくれる便利な奴だ。


『今までは二つの世界を行き先に登録しておりました。ですが、どちらも征服率が百パーセント未満のため新たな行き先を登録できませんでした』

「二つの世界というのはつまり、この<エルトリア>と<モトイタセカイ>のことか……征服率っていうのが百パーセントに達していないとダメなんだな」

『正確には、征服率が百パーセント未満の異世界を三つ以上行き先に登録することは出来ません。この度<エルトリア>を百パーセント征服したので、新たな転移先を選べるようになりま した』


 なるほど……やはり<エルトリア>でやり残していることは全く無いということか。確かに全域を想うがままに抑えたし、俺に対抗できる勢力は事実上存在しないという事はよく分かって いる。


 それでもこうやって数字で示されると実感がわいてくる。ただ幾つか疑問が残る。


「んーと、征服率百パーセント……長いから征服済みと呼ぶか。征服済みの世界は幾らでも行き先に登録できるのかな?」

『はい。登録数制限があるのはあくまで征服途中の異世界です』

「そして征服途中の登録制限は二つまで。一つじゃないんだな」

『一つしか登録できない場合、片道切符になってしまいます』

「あ、そっか」


 がってんがってん。


 確かに。仮に<エルトリア>基準で一つしか行き先を登録できず、<モトイタセカイ>を選んだ場合、<モトイタセカイ>の実際飛んだら戻って来られないことになる。二つ以上の行き先登録は必須だ。

 

 詳しく尋ねてみると、征服途中の世界はいわゆる作業中のような扱いらしい。それを何個も並列させるとPCのスペック不足のような状態に陥ってしまうため好ましくない、とのこと。


 うーむむ、これは慎重に取り組まなければならないかも。例えば二つの世界が征服途中になったら、新たな行き先を追加できなくなる。そうなると足踏みが長くなって面倒だ。理想を言えば侵攻先は 二枠確保しておきたいな。


 言い換えると<モトイタセカイ>もそろそろ完全に掌握したほうがいい。


「じゃあ<モトイタセカイ>の征服率とか分かる?」

『行き先を一覧で表示できます』

「おぉ、便利。頼むよ」

『表示します

<エルトリア>☆☆☆☆ 百パーセント

<モトイタセカイ>☆☆☆☆ 二十六パーセント

New<ジョーモム>☆ ゼロパーセント』


 ピピッとメッセージが切り替わったと思うと、合計三つの世界のステータスが表示されていた。


「おー便利。……ふむふむ、結構やりたい放題やっているつもりだけれど<モトイタセカイ>はまだまだ征服の余地があるんだなあ。やっぱり底力があるね、あの火薬と叡智の世界も」

『<モトイタセカイ>からは大量の物資を輸入しているので数値上はこうなります。輸入した分を<モトイタセカイ>に残したまま支配したと仮定すると、四十二パーセントまで征服率が伸 びます』

「それでも半分くらいか。俺もまだまだだな……ん? この星印は何を意味するんだい?」


 よく見ると<エルトリア>や<モトイタセカイ>という各世界名の隣には星印が付けられている。見知った両世界の星の数は四つ。初めて目にする<ジョーモム>という世界は星一つ。


『星の数はその世界の発展度合いを示します。数が多ければ多いほど発展が進んでおり、その数は工業、魔法、法律、権力、宗教、文化……様々な視点から複合的に決まります。世界力 同数同士が争えば互角、一つ上の世界へ工夫もなしに挑むならば苦戦は必至です。星二つ以上の差がついている世界は、全く戦になりません』

「ってことは<エルトリア>は凄いじゃないか。星四つって結構いい方なんじゃあないか?」

『星四つは権力構造が十分に発展し、魔法やそれに類する軍事技術も強力な印です。なお数年前の<エルトリア>は星二つでした』

「俺が新入したことで大に発展したってことか。それでも<モトイタセカイ>と同数の星四つ。今仕掛けても痛み分けになるかもしれない、か……ふーむ」


 選択肢は二つ。


 一つ目は<モトイタセカイ>という同格の世界を完全に掌握する。

 二つ目は<ジョーモム>という超格下の世界に飛んでみる。


「どうせ星一つだし、ものは試しに第三世界の<ジョーモム>へ飛んでみるか……」


 俺は少し悩んで<ジョーモム>を選んだ。格下の世界をサクサクと攻略して力を蓄えれば同格の世界も攻略しやすくなるだろう。それに、新しい異世界と言うフレーズの誘惑は、なかなか に抗いがたかった。


 その前に、一応妻たちにも相談をしておく必要があるだろう。相談と言うよりも、出稼ぎの了承を貰わなければ。新たな異世界にどんな危険も分からないし、帰りが遅くなる可能性もあ る。彼女たちの不安を取り除くことが俺の至上の命題だ。


「<ジョーモム>に行くとしよう。その前にこっちで準備を整えるから少し待っていてくれ」

『了解しました。転移タイミングは任意で行えます』

「おっけー」


 ただ、繰り返しになるけれど<ジョーモム>は星一つ。先ほどの話だとぶっちゃけ楽勝そうだ。サクッと支配して別荘に加えるとしよう。そこで資源をたっぷりと獲得、ガンガン軍事力を付けて、次の別荘地を支配、またまた力を付けて……と繰り返して、最後は<モトイタセカイ>を制圧だ。


 しかもこの転移の力は俺の独占。仮に緒戦で苦戦したとしても再度転移で戻ってくればノーリスクだし、場合によっては部下を先遣隊として向かわせてもいい。


 今までコソコソと裏から支配を進めて来たけれど、もはやそんな七面倒くさいことは必要なさそうだ。<モトイタセカイ>を頂けば今の倍近い力を手に入れることも可能だ。今後の展開を考えれば考えるほど、震えるような高揚が収まらない。


「今までの<エルトリア>攻略は……前哨戦に過ぎなかったんだな……っふふ、ははは……! よし、よし……んん?」

『転がすのを止めて下さい。転がすのを止めて下さい』


 思案に没頭していた俺は、<転移珠>の珍しく焦った様子の警告メッセージに意識を引き戻された。


 「ぺしぺし」と<転移珠>を肉球パンチしていたのは猫又のソーセキ。本能に逆らえず、謎の丸い物体を突き回して転がしている。こらこら、止めてあげなさい。

四章から少し投稿間隔が空いてしまいました。

連載開始時点で四章までのプロットはあったのですが、

ここからは改めてプロットを練り直してきました。

書き溜め少なく毎日投稿とはいきませんが、極力高頻度で書いていきます。


なお、今まで楽勝過ぎたので、五章では少しだけ苦戦もする予定です。

ご意見・ご感想お待ちしています。

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