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第八話:オロチ討伐(一)

 <オロチ>は言い伝えによると、どんどん山を登っていく習性があるらしい。


 水は高い所から低い所に流れるのが常だが、その逆を行く理由が何かあるのかもしれない。洪水や氾濫を司るということは、最も高い所にいれば水域全体の支配を強められるとかそういう理由かもな。


 その<オロチ>とやら、厄介なことに今回は五百メートル以上もある山に登ったようだ。


 <エレナ>の町は海が近く、港町のようなもの。奴の水害の影響が広がったのはその海抜の低さも原因の一つだった。つまり奴を討伐するどころか、姿をみるだけでも五百メートル以上の登山をしなければいけないわけで……。


「おいおい高尾山登山かよ……」

「たかおさん? お知合いですか?」

「ああ、いや元居た世界の山だよ。ここと同じくらいの高さかな」

「そうなのですか、この<エルトリア>とは山の命名方法が少し違うようですね。……?シユタ様、少々お疲れの様子ですが、一度休憩を挟みましょうか?」

「ぷぷっ、なーに? シユタ、アンタもしかしてもうへばったの。ちょっと休もうか?」


 ソフィーは心配そうに、ララは小馬鹿にした態度で休憩を提案してくる。


 これは正直内緒にしておきたかったことだが、俺は運動があまり得意ではない。ララはともかくとして、ソフィーの中ではかっこいい<救世主>シユタで居たかったな……。気を取り直して、近場の手ごろな木の根元で一旦休むことにする。


「うん、そうしよう。今回は取りあえず<オロチ>の偵察だけれど、不意の遭遇戦になるかもしれない。体力はしっかり確保しておいた方がいいだろう」

「はい、それでは回復魔法を施させていただきます。シユタ様、どうぞこちらに」


 と、ソフィーはふわりと木陰に腰を下ろし、膝に手を添えて迎える姿勢を取った。<巫女>のユニフォームと思われる丈の短いスカートがさらに少しめくれ、白く、曇り一つない太ももがあらわになった。ついつい俺の目線は釘付けになる。


 え”っ。ひ、膝枕だって?


 ソフィーはこちらを迎える態勢を全く崩さずに、不自然なほどに急に早口になって説明をしてくる。


「シユタ様、我々<巫女>が得意とする回復魔法は、多くの傷を癒すのに加え疲労回復にも活用できます。ただしとても便利ですが適切な処方をしなければ効果が薄くなり、魔力が無駄になってしまいます。例えばこのように、極力術者と対象者が触れ合った方が回復魔法の効率がいいのです。今回はこの姿勢が最適と考えます。さあ、さあ、さあどうぞ」

「ちょっとソフィー、別にそんなことしなくてもアンタの回復魔法は……」

「ララは静かに」


 ちょっとソフィーさんこわさがマッハなんだが? 抗いきれないプレッシャーに導かれ、俺はおそるおそるとソフィーの膝に後頭部を載せた。


 そして世界は光に包まれた。


 ……あぁ、至福の時とはこのことか。温かい手の平と太ももに包まれ、俺の頭から全身に回復魔法の魔力が流れる。女の子ってなんでこんなにいい匂いがするんだろ。<オロチ>だとか魔王だとか異世界だとかなんだかどうでも良くなってきちゃったなあ。一生ここに居たいなあ。


「ふふっ、シユタ様、どこかお疲れのところはありませんか?」

「い、いえ、ないですぅ」

「よかったぁ、痒い所あったら言ってくださいね」

「ふ、へぇ、全部気持ちいいですぅ」


 疲れなんてあっという間にどこかへぶっ飛んでしまった。元気がぐんぐん湧いてきて、今なら無酸素エベレストだろうが軽々登れそうな気分だ。


 ……何分こうしていたかわからない。ぜんぜんぜんぜんわかんない。すっかり異世界の異世界にトリップしていた所にララが中断の声をかけてきた。おのれララめ。今ほどこいつを恨んだことは無い。


「ほら、もう充分でしょ? 何時間もここに居たら日が暮れちゃうわよ」

「う、うむ……そうだな。ありがとうソフィー、そろそろ出発だ」

「……はい。ですが、またお疲れになったら無理をなさらなで下さいね……」


 名残惜しそうなソフィーを連れて、俺たちは再び山頂を目指した。


 この後十分刻みでソフィーが休憩を提案してきて、俺は三回に一回ほど誘惑に負け(――大健闘と言ってほしいものだが)、そのたびにララに小言を言われるのだった。


――


 山頂を覆い尽くすような巨体だった。


 俺達が山を登り切ると、やはり予言通り<オロチ>が山頂に陣取っているのが見えた。ぶよぶよとした液体なのか固体なのか不明瞭な体躯と長い首、鋼鉄のような鈍い輝きを放つ頭部が特徴的な化け物。それが<オロチ>だった。


 長い首の先の奴の頭部には暗い瞳の輝きが灯る。一見青色の炎のようだが、明らかに温度の高さを感じることは無い。仄暗い水底の色、人魂のような灯火が二つ、四つ、六つ……。その輝きが、こちらから一切交渉も意思疎通も出来ないことを直感させる。


 頭部はいくつも存在するが、全体像がでかすぎて把握しきれない。少なくとも五つはあるようだ。


「頭は鋼のように固そうだけど、体の部分はアメーバみたいな印象だな……」

「シユタ様、今までの他の部隊の戦闘記録によると、あの部分は雨や河川の水を吸い上げて自分の体としているとのことです」

「恐らく頭以外は全部水で出来てるのよ、この<オロチ>は」


 ソフィーとララが情報を伝えてくれる。町に水害を起こしたことからも想像はしていたが、明らかにこいつは水属性、そのあたりに攻略法はありそうだ。


 それにしても、こいつはでかすぎる。森を抜けたところにいきなりこの巨体に出会ったので、視界に<オロチ>すべてを入れることが出来ていないのだ。


「ララ、ソフィー、ちょいと近すぎる。気づかれてはマズイし、もう少し距離を取ろう」

「はい、シユタ様」

「ん、オッケー」


 こそり、と俺たちは耳打ちをして少しばかり下がることにした。今回の主目的はまだ偵察だ。いきなり<オロチ>に気付かれて矛を交えるのは良くない。俺たちはするすると足を下げていくと、


 パシャ


 っと、ララの足元の水たまりが弾けた。ピクリとララの肩が震えるが、大丈夫、響いた音は小さい。あの巨体の頭部まで届くことは無いはず、と考えたのもつかの間。


 <オロチ>の鋼の頭部と、仄暗い瞳がこちらを捉えてた。


 ……そうか、もしやこいつは”河川そのもの”なのだろうか。こいつの近くにある川の流れや水たまりすら、こいつ自身なのかもしれない。ララはその尾の一つを踏んだのだ。


「しまった……気づかれたか!?」

「ごめん! 私ったらうかつな……」

「危険です! 二人ともいったん下がりましょう!」

「おう! ララも早く!」

「……いやソフィー、シユタ、私がこいつの動きをとめる! こんなにデカいなら目を閉じていても当たるわ、<大氷結柱>!」


 ララが自身の失態を償うように、<オロチ>の動きを止める魔法を唱えた。魔力の塊はララが展開した魔法陣を通して冷気に代わり、パキパキと音を立てながら大きな氷の柱を作り上げた。凄まじい速度の魔法発射。ララの実力の高さが伺える。


 奴の体はほとんど回避運動をみせず、<オロチ>のぶよぶよした体の部分が一部、凍り付き動きを止める。直撃したことで奴の体積を”削り落とした”。


 だが、全体に対して凍らせた体積が小さすぎる。奴の動きをほとんど止められない。


 まるで<鬼面蜂>との戦闘の時のようだ。あの時のララも虫に対して火を用いたが、一見相性がいい有効手でも、さらに一工夫が無ければモンスターを打倒し切れない。


 だが、今回は蜂の時とは違いその一工夫、次の手が思いつかない。こんな化け物、元の世界には居なかったのだから。一体どうすればいいか分からない。事前情報も少ない。俺はギリギリと頭をフル回転させる。


「かふっ……?!」


 キュイン


 と金属音が鳴り響いた次の瞬間、<オロチ>の頭部がララに激突した。いや、よく見れば違う。もっと悪い事態だ。隠し持っていたらしい奴の鋼の舌針が、ララの左胸を貫通した。


「え……?」

「そんな、ララ!しっかりして!」


 普段落ち着いているソフィーが、今は酷く狼狽している。


 ばかな、凄まじい速度だ。俺もソフィーも、そしてララも、<オロチ>の動きに全く反応することが出来なかった。いきなり氷結攻撃を仕掛けたから、ララが標的にされたのか。


 しまった、音を立てたのはともかくとして、魔法を撃つのを止めるべきだったのか。有効な手を打てないならせめて<意志の力>で防壁を作るべきだったのか。


 そんな俺の後悔を意に介さず、目の前には絶望的な光景が広がる。ララのローブがふわりと揺れ、引き抜かれた舌針の痕からは血が噴水のように吹き出てきた。慌ててソフィーとともに駆け寄る。


「ララ……ララ……!」

「ソフィー! ララを連れて下がる! そこで回復魔法を、まずは心臓の回復だ!」

「……それが……私の回復魔法は、まだ未熟で……今の実力では骨や皮膚、筋肉を治すことは出来ます……でも、臓器は複雑すぎて治せないんです……」

「そ、んな……」


 ララの左胸には、心臓があるべき場所にはポッカリと穴が開き、貫通した先に地面が見えている。


 そんな、そんな、ソフィーが治せないなら一体どうなる。ララの顔色はどんどん血の気が引いていく。ショックで意識がもうろうとしている。これでは自身の身体強化魔法もままならない。いや、そもそも体を動かせたとしても、<魔法使い>のララに自身の治療は……。


 絶望的な情報だけがぐるぐると頭の中を回り続ける。


 ビクビクと四肢を震わせ、可愛らしい編み込みは解け、死相の色が浮かぶ瞳をこちらに向け、目の前の少女が力なくつぶやく。


「……まだ、死にたくない……」


 パチンと自分の両頬を叩いた。

 ……しっかりしろ。ソフィーもララも出来ないならば、俺がやるしかない。


 幸い、なぜか<オロチ>の次の動きはのろい。先ほどの初撃で見せたスピードは鳴りを潜めている。よく観察すると、突撃してきた鋼の頭の周辺に水が徐々にあつまり、長い首を形成し始めている。(――素早く動くことにデメリットがあるのか……?)とにかくもたもたしていられないが、今ならまだ時間はある。


「ソフィー、ララの心臓は俺が治す。君は他の部分の治療を!」

「……! はい!」


 そうだ、思い出せ。元居た世界で借りた本、<一目で分かる人体の内臓>。あれは高校生向けの入門書とはいっても、医者志望の生徒に向けた内容だった。図録はデフォルメされておらず、3Dの解説図付きで詳しい断面が紹介されていた。


 俺はよくよく思い出して、ララの左胸に空いた穴に新しい心臓を形成していく。俺の<意志の力>に呼応して、柘榴色の肉が徐々に像を結ぶ。


 心臓の構造を三次元にイメージする。大きく二つの部屋を筋肉で形作り、各動脈につなげてく。加えて、動脈の逆流を防ぐために弁を丁寧に形作った。ほぼ、図鑑のイメージ図通りだが、色彩はわずかに神秘的な絹色。俺が<意志の力>で追加の魔力をこめているためだ。


 今の俺の知識では、ララ本人の脳の指令がどうやってこれを動かしてるのかはわからないし接続も出来ない。だから俺が直接念じて、新しい心臓を鼓動させた。この要領ならば実質的に心停止からの心臓マッサージをしているようなもののはずだ。


 これまでにないほどに強く念じると、「ドクンドクン」と心臓は動き出した。「ごぼっ」とララの口から血が溢れてくるが、それほど大した量ではない。ソフィーの回復魔法も効果を発揮し、迅速な手当のおかげで息を吹き返したようだ。


 よし、内蔵はこれで問題ない。残りはソフィーだけで状態を安定させられそうだ。


「本を借りるきっかけを作ってくれたんだ。今回ばかりはあのタクヤにだって、感謝できそうだよ……」


 <一目で分かる人体の内臓>の表紙を思い出し、誰に向けてか知らないが俺はそうつぶやく。まだまだララの呼吸は浅い。もう少し治療に専念したいところが……「ぞろり」と態勢を立て直した<オロチ>の巨体がそれを許しそうにはなかった。


「ソフィーは手を休めずに回復魔法を。こいつは……<オロチ>は俺がやる」


 決意して立ち上がると、ララの生意気な顔が、やれやれと呆れる顔が、魔法素養に驚き少しだけ褒めてくれる優しい顔が目に浮かぶ。


 平和な日本で暮らしてきた十七年を振り返ると、誰かのために戦うのは初めてだった。

少し強すぎる敵にしてしまいました。

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