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第七話:エレナの町

 <鬼面蜂>を倒してからの道中というもの、ソフィーの尊敬の念は留まるところを知らなかった。


「シユタ様、お怪我はありませんか? 軽い傷ならば回復魔法でたちどころに治療してみせます!」

「シユタ様、他にこの世界についてお聞きしたいことはありませんか?」

「シユタ様、私に出来ることなら何でもおっしゃって下さい!」


 グイグイと距離を詰めてくるソフィー。この娘、さっきから明らかに俺との距離が近い。たゆんと豊満な体を寄せられると、ハッキリ言って心臓に悪い。


 先ほどの戦闘の疲労感なんてものは吹っ飛び、顔が真っ赤に熱くなるのが自分でもわかる。あれ、もしかして今ソフィーさん回復魔法使ってる? 使ってない? 物凄い気分が良いんだが。


「い、いやソフィー、特に怪我はしていないよ……ありがとう」

「ソフィー、そんなにこいつを褒めなくてもいーじゃん。あんなのまぐれよ、まぐれ」

「何を言っているのララ! この方が、この方こそが世界を救ってくれる<救世主>なの! あの予言に間違いは無かったのよ! 実際、ララも今のお力を見たでしょう!?」

「う、ま、まあ、初めてにしては悪い魔法じゃなかったけど……」


 先ほどの戦闘ではほとんど役に立たなかったくせに、どうにも俺を軽く見ているララ。


 いや、この感じは侮るというよりも、実力を認めきれないという感じだろうか。躾が出来ていないガキだと思っていたけれど、なかなか可愛いところがあるじゃないか。


 それとは対照的に、完全に俺を盲信しているソフィー。まさに強い信仰を持つ宗教教徒といった感じだ。ん、……『宗教』か……。


「ソフィー、ララ、聞きたいことはいろいろあるけれど、まず<エレナ>の町に行こう。ありがとう、休憩はもう十分だよ」

「はい! では私が先導させていただきます! <鬼面蜂>や他のモンスターが居るかもしれませんので、シユタ様は後ろをついてきてください!」


 朗らかな笑顔で答え、露払いのように数メートル前を先行するソフィー。


 しかしその、前を歩かれると<巫女>の薄くて白い衣装が、ソフィーの年齢に似合わない豊かな腰つきが、目について離れないぞ。目線が勝手に下に向くのに地面がどうなっているのか全然ぜんぜん全然わかんないやー。


 隣からララが呆れた冷たい視線を送ってくるのだけはひしひしと感じる。慌てて先行するソフィーを呼び止める。


「ソフィー! 大丈夫、大丈夫! <カワセミ>を数羽飛ばして周囲を警戒させているから、並んで歩こう」

「……! ありがとうございます、シユタ様!」

「ふーん、召喚魔法か……結構便利じゃない」


 感激した様子で見つめてくるソフィー。すっと急に距離を縮めてくるので、並んで歩かれても緊張してしまって始末に負えない。


 なんだ、この全く初めての感情は……ついさっき出会った少女に対して緊張が止まらない。こんなに直接的に好意を向けてくれることが、こんなに嬉しく、しかし対応が難しいことだとは。


 はたしてこれが異性としての好意なのか、<救世主>に対する好意なのか、判断が出来ない。攻略wikiが欲しい。これなら<鬼面蜂>と対面する恐怖の方がよっぽどましだ。


「他には!? 他には何かお手伝いできることは無いでしょうか? 例えばこの世界のことで、お聞きしたいことは?」

「う、き、聞きたい事……? え、えっとそうだな、あー、ソフィーは恋人とかいるのかい? ……あっ……」

「……えっ」


 しまった。追い詰められてついつい、聞きたいけど聞けなかったことを聞いてしまった。我ながら唐突過ぎる……引かれてしまったか……。少しありがたいことに、にやにやしながらララが突っ込んできた。


「うわ、アンタいきなり口説くなんて結構手が早いのね」

「そ、そういうんじゃないよ! そう、俺達お互いのことまだ良く知らないだろ? 二人がどんな人なのか知りたいんだよ」

「ふーん」


 そのにやにやを止めてくれ、ララ。と、一瞬驚いていたソフィーが答えてくれる。


「いえ、いいえ、シユタ様。私たち<巫女>は十五歳まで男子禁制の山で育ちます。それが慣例なのです。私は先日、そこから<エレナ>の町に降りてきました。恋人のようなものとは無縁の日々でしたよ」

「そ、そっか……ソフィーは十五歳なんだね。俺は今年で十六になる。ララは今何歳?」

「ん? あたしもソフィーと同い年よ」


 若いな、二人とも結構しっかりしているのに年下か……。


 まあそんな感じで、俺はなんとか無理矢理話題を逸らす。ついでにいい機会だ、先ほど気になったこともいっしょに確認もしておこう。まだまだ、この世界の情報収集が足りないと感じる。


「ソフィーが所属している<巫女>っていうのは結構厳格な『宗教』の機関なんだね。この世界はいくつの宗派があるんだ?」

「……? しゅうきょう、ですか?」

「なにそれ? 向こうの世界の言葉?」


 やはり、か。この感覚、先ほどの技術レベルを聞いた時と同じ、両世界間の差異の感じだ。


 薄々感づいていたことだが、この世界には『宗教』がない。なぜ感づいたかと言うと、ソフィーのような<巫女>の口から今まで一度も『信仰対象』の名前が出てこなかったからだ。となると、そもそもそんな『信仰』は無い、原始的な精霊信仰しか無いと考えるのが自然である。


 これは非常に大きい情報だ。元居た世界の要素の源流にどんどんさかのぼってくと、その先にの一つには確実に宗教がある。その発明がまだされていないのだ。


 宗教が無いということは秩序を保ちにくいはずだが、そこは魔王という共通の存在が各町や人々の結びつきを強めているのかもしれない。


「宗教が無いってことは、神も未発見なんだね?」

「かみ……?」

「うーん、イメージしにくいかもしれないけれど、この世界を作り、今も見つめている大きな大きな存在だよ。どこにも居ないけれど、どこにでも居る」

「……? 太陽のことでしょうか? それとも精霊?」

「でもソフィー、太陽は別にこの世界を作ったわけじゃないでしょ? いや、そもそもこの世界を作ったって……<エルトリア>は大昔からあるでしょうに」


 さらに重要なことはその神という概念の発見、そしてそこから派生する宗教体系の確立の、先人となることが出来るという点である。宗派を成立させ、その開祖となることが肝要なのである。


 元の世界を思い出してみても、それを達成することが出来れば強大な富と権力を独占することが出来るはずだ。そうやって仄暗い野心に思いを巡らせている俺の心の中を、ソフィーやララが知る由もない。


「なかなか……楽しめそうな世界だな、<エルトリア>」


 その後もいくつか情報交換をしながら、俺達三人は<エレナ>へ向かう。


 思った通り、この世界の技術は元の世界より大きく遅れていた。冶金技術は鋳造をなんとか扱えるレベル。農業は小麦が主で、稲作は発見されていない。宗教は精霊信仰以外まったく発明されておらず、そのため権力の集中は即物的なもの、例えば土地主等が多い。数学については魔法の発展に役立つ幾何学以外は進んでいない歪さだった。


 その理由はひとえに魔法の存在だ。剣の製造を例にとってみても、魔法が便利すぎるために適当に火力を扱えるので、鋳造技術が発展しない。


 また、魔法で特殊な効力を付与できるため、剣の鋭さはなまくらでも十分なのだ。<転移人>の俺から見ると、この世界の発展はひどくねじ曲がっている。


 しまったな、もっと原理的な知識を仕入れておけば、それだけで巨万の富と権力を築けただろうに……。今更ながら、今回借りた図書館の本に悔やむ。<山でとれる薬草の見分け方>っておいおい、誰じゃこれを借りたのは。


 まあこんな感じで、自己紹介をかねた情報交換も盛り上がり、俺はソフィー、ララの二人と少しだけ仲良くなることが出来たのだった。なぜかソフィーは恋人の話にぐいぐい話題を戻したがっていたが……。


「……ところで、シユタ様は向こうの世界に恋人がいらっしゃるのですか?」

「い、いやいや! 居ないよ! 居なかったホントに!」

「本当ならどうして目を逸らすのです……?」


 君の顔が近いからだよ! とは言えなかった。


 えぇ……、コイバナの時のソフィーちゃんって目が怖~い……。せっかくの綺麗な瞳が濁っちゃってるよリラックスリラックス☆えっとさ、この世界の娘ってみんなこうなの?異世界って怖いなあ……。


 なんだか今後いざという時、俺はソフィーの押しに逆らえないのではないか、漠然とそんな予感がした。もちろんこんな可愛い子が仲良くしてくれるのは、嬉しくないわけではないんだけれど、複雑な気分である。


 そこから<エレナ>の町まで、俺たちは幾つかの他愛のない話をして過ごすのだった。


――


 門をくぐった先の始まりの町<エレナ>には、暗い雰囲気が漂っていた。


 事前に聞いていたソフィーの話では、<エレナ>の町はそれなりに栄えていたというはずだったが、どうも様子がおかしい。そもそも、町の周りのところどころが水浸しじゃあないか。町を囲んでいる防壁の一部も、崩れかけている箇所がある。


 実際に町に入ってみても活気がない。人々の顔は暗く沈んでいて、門を入ってすぐの大通りだというのに店や市場などはポツポツとしか開かれていない。


 商品棚を見ても、明らかにキャパシティに対して数が少ない。物流が滞ってしまっているのだ。異常事態だということが一目で分かった。


「随分町の様子が暗いな……、どういうことだい? ソフィー、ララ。ここ<エレナ>は結構大きな規模の町なんだろ?」

「シユタ様……それは、魔王幹部が近隣に居を構えているせいです」

「魔王幹部? さっき言っていた、世界を支配している奴の手下か」

「ええ、覚えていて頂けましたか……もしやシユタ様の居た世界でも魔王幹部のような者がいるのですか?」

「いや、そういうわけじゃあないけど、ちょっと理由があって似た話を聞いたことがある」


 繰り返しになるがこの世界はRPGのように魔王が居て、その手下とともに世界を支配している。最初の町で、最初の中ボスってところだろう。なかなかに分かりやすい展開だ。


 続けてララが敵の詳細と町の惨状の理由を教えてくれる。


「そ、この町の周りを制圧しているのは魔王幹部の一体<オロチ>。水害を司る巨大な化け物よ。<オロチ>は洪水や川の氾濫を引き起こす力があって、この辺一帯の作物は全滅。普通なら、作物や物資がやられたら近隣の町から補給が来るんだけどね」

「<オロチ>の氾濫の力は、物資の流通も破壊してしまったのです。すでに橋も、大きな道もズタズタに潰されてしまい、半年近くこの町は飢えと戦っています」

「単純に力が強いだけじゃあなく、こちらの補給まで止めてくる。手ごわい相手ね。今のところ人類はこいつに有効な手を見つけられていないの」

「へ、へぇ、なかなかやるみたいだね」


 最初の中ボスにしてはまあまあのスペックじゃないか。ま、こういうのは救済措置とかお助けキャラとか、相性ゲーのチュートリアルとかで意外と楽勝だったりするんだよ、うん。


「いやいや、なかなかやるなんてもんじゃないわよ! <オロチ>は魔王の制御下から外れることも多くて、無駄な動きもするけれどね。力だけで言うと魔王の次、世界で二番目に強いのよ!」

「えっ……? そうなの?」


 コクコク、と熱心にソフィーが頷ている。マジでか……普通もっとこう、順序良くレベルアップしていく感じじゃないのか? 俺がげんなりしているところにソフィーが、おそるおそるだが提案する。


「シユタ様、その<オロチ>の動きを予言の力で捉えました。この町の近くの山の、山頂に居座っていると別の<巫女>から報告が上がっています。居座る期間は厳密には不明……最短でもあと一年は残りそうです」

「そうか……このままでは町が水浸しのまま飢え上がるな」

「そこで提案ですが、<オロチ>討伐の為にまずは偵察を行いましょう。先ほどのシユタ様のお力ならば、しっかり準備していけば対抗できるかもしれません」

「……わかった、やってみよう」


 ぱぁ、とソフィーの表情が明るくなる。


 自分が住む町の危機に、ソフィーも辛い思いをしていたようだ。ララも少しばかり感心した顔で頷いてきた。ま、偵察くらい構わないだろう。魔王やその幹部の実力、確かめさせてもらうとしよう。


 こうして俺達は魔王幹部<オロチ>討伐に出向くのだった。

中ボスの名前を出すのに七話。もっと加速するよう頑張ります。

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