第十一話:朴木教諭(三)
まさかのユイカ編が前中後三部作。
ある日、俺は意を決してユイカに話しかけた。
「あのさ、先生……今日よかったら、どこかデートに行かない?」
「え?」
ユイカはきょとんとして俺を見つめている。無理もない。一カ月以上の間このフロアに住み続けているのに、いきなり外に出ようという提案は驚くだろう。いや、もしかして俺とのデートを嫌がっているのかな。それは、……少し残念だな。少しだけど。
「……ん、嫌ならいいけど」
「いえ、いいえ! 嫌じゃないですよ鈴木君。デートいいですね。すぐに準備してくるから待ってて!」
「ん、おう」
そういって年のくせにはしたなく、一回り年下の俺との逢引にすっかりウキウキとしているユイカ。
まあ、嫌じゃないなら待ってやってもいいか。ああ、なんだか妙にそわそわする。ホテルの同フロア内で初デートの待ち合わせなんて奇妙な感じだ。(――いや、例の失敗京都旅行があったから二回目のデートかな)
クローゼットを勢いよく開ける音が響き、ごそごそと着替える音、続いてバッチリ化粧をしている音が聞こえる。
その様子を覗き込むのが不躾な感じがして、つい隣室から声を張って話しかける。
「先生、お化粧は軽めでいいからね。どーせすっぴんも見慣れているし。すっぴんだって悪くないんだし……」
「はーい! すぐに行きます!」
「ん……じゃあ待ってる」
そう言ったのにバッチリと気合を入れて化粧を整えて来たユイカは、やはりとても綺麗だった。なんかこの女、どんどん美人になっている気がするけど気のせいかな。それとも、俺の目の採点基準がガバガバに甘くなっているのかな。
つい、その美貌に見とれてユイカの服装に気付くのが遅れた。
はっと目線を落とすとそこにはいつものあの衣装。ホットパンツにチューブトップの露出全開な服装だった。長く美しい黒髪に背中は隠れているとはいえ、肩も脇も谷間もくびれもへそも太ももも、全て惜しみなくさらけ出している。上下ともに俺がくれてやった服だ。
このユイカを今から外出させるのは、なんだかムカムカする。自分で渡した服なのに。
これではユイカの大きな大きな谷間(俺調べGカップ後半)も、ツルツルとした脇も、ホットパンツに収まりきらず少し余った尻も、周りの男どもに全部見せてしまうことになる。
そんなのダメに決まっている。これは全部俺一人のものだ。……よく考えたら、ユイカのビキニ姿も全世界に発信してしまっているのを思い出した。くそっくそっくそっ! 失敗した、あの動画を全部消し去るために手持ちの量子コンピュータの全勢力を注ぎ込む必要がありそうだ。
そんな俺の、面倒くさくて複雑な心の中にはユイカは気づかなかったらしい。能天気に出発を促している。
「鈴木君、お待たせしました。じゃ、どこ行こっか」
「その前に先生、俺のコート着て。その格好じゃもう寒いから」
「あれ? でもそれじゃあ鈴木君の着るコートが無くなってしまうよ? それに、君が一生この服装で居ろって……」
「いいから! 俺、こっちのコートがあるから大丈夫」
「わ、なんかカッコイイねそれ。どこで買ったの?」
「魔王を倒したらドロップした」
よく分からん冗談だと思ったらしい。<墨の衣>を纏った俺に、ユイカは「魔王?ゲームの話?」と首をかしげながらもう一つの長外套を着ている。うん、これなら……まあ許容範囲かな。
綺麗な足首がむき出しで、ギリギリ許せない。許せないが我慢しよう。我慢しながら急いで解決しよう。
「それじゃあ先生、まずは百貨店に行くよ」
「うん、わかりました。……今日は鈴木君がリードしてくれるの?」
「任せておけ。今日以降も全部俺が先生を引っ張る。……でも旅行行くときは二人で考えるから協力してね」
「はい、喜んで」
百貨店に到着して向かった先は婦人服コーナー。よく分からんがこのくらいの歳の女は服をドカドカ買うのが好きなんだろう。沢山買い与えて喜んでもらおう。
「んじゃ、ここの店から先生の服を買おう。ほら来いよ、先生」
「……えーっと、鈴木君。このお店の服は先生にまだ早いって言うか、私まだ二十七歳だよ? もうちょっと攻めても、まだまだいける自信はあるんだけど」
「は? こういう落ち着いた雰囲気の方が先生に似合ってるじゃん。このブランドなら露出も少ないし、ここにしよう」
「んー、鈴木君はあんまりデートの経験が無いんだねえ。夜はあんなに上手なのに」
なんでバレた。
<エルトリア>では何度もデートしたことがあるが、こっちの世界でこういう選択肢が多いショッピングデートの経験がない。何か粗相をしたのだろうか。
いきなりの指摘に凄い冷や汗が吹き出て来た。弱点を見せたくないから余裕を崩さないようにしているけれど、ユイカにはどうやらお見通しらしい。くそ、自分だってそういう経験なかったくせに勝ち誇りやがって。年上ってこれだから困る。
「ま、いっか。鈴木君の好みに合わせましょう。こういう母性的な感じがビンビン来るってことだね。それじゃあ……これとこれ、どっちがいいですか?」
「両方。金は俺が出すよ、誕生日プレゼントだ。……あ、今取ったのはダメ。肩のとこが開きすぎだ。こういうのはダメ。OKの方の二着は俺が持つから」
「ん、ありがとう……」
「こっちもいいな。こういう刺繍がちょっとだけ入っているのも先生に合ってる。先生的にはどう?」
「はい。素敵だし、鈴木君が好きなら合わせます」
「あー、でもダメかこれも。よく見ると微妙に透ける。うーん、なかなか良いのが無いなあ」
「君の判断基準がよく分かりませんね……」
取りあえず三着ほど候補を作ったから試着してみよう。試着室にユイカを連れていき、一着目を渡す。
「それじゃあちょっと待っていてください。その辺ブラブラしてて」
「は? 覗かれたらどうすんだよ。ここで見張っているから。っていうかこのカーテン薄すぎるだろう。まぁ待ってな先生、<意志の力>っていう手品で今すぐに分厚い<木の板>を作り出して見せるから」
「……あのね、着替えている時に近くに居られると、落ち着かないからどっか行ってなさい」
「はい……」
あれ? なんか段々と立場逆転していない? なんかこの下剋上な感じ、どこかで覚えが……うっ、頭痛が痛くて危険が危ないのだ。
そんな感じで続々とユイカの服を確保する。一着は着たまま買い上げて、今日一日の衣装に使おう。その他に十着もあれば次の季節までは十分だろう。「多すぎる」とユイカに注意されたが知らん、こいつに似合う服が多いのが悪い。
大荷物を抱えながら、続いてユイカを誘ったのは映画館だ。上映予定を眺めながら思う。今俺の腕に寄り添ってくれているこの子はどんな映画が好きなんだろう。
そういえば話題に出したことは無かった。何度も抱いたのに、趣味とか好きな食べ物とか、聞いたことも無かった。二十代後半の女性がよく見る映画なんて全く分からん。
場所の選択肢をミスったかな……恋愛映画ならまあ、そんなに大外れはしないだろう。(――後から知ったのだが、ユイカはコテコテのB級サメ映画が大好きだったらしい。読めるかよ、その正解)
映画後はその話題を付け合わせにしながら、予約していたフランス料理のコースを楽しむ。
礼儀作法なら鷹宮家でガッツリ叩き込まれたから大丈夫。今度こそ俺のホームグラウンド、絶対にかっこいい所を見せてやる。
と思ったが、緊張して飲み過ぎたワインで真っ赤になってしまいユイカに軽く介抱されてしまった。なんでだ。なんで今日に限って上手くいかない。神よ、神は俺だが、せめて今日だけは良い所を見せたいから協力しろ。お願い。
……そしてすっかり日は暮れて夜十時。いつもユイカが暮らしているホテルの玄関に俺達は立っている。
このまま”いつも通り”と言う建前でユイカを連れ込むことは簡単だ。
そもそも俺がオーナーだから、フロントの人員だって俺の権力は良く知っている。チェックインを介さずにズカズカ進んでいっても咎める者は一人もいない。
ユイカは到着の少し前から何故かずーっと黙っているし、腰に手を回して強引に連れ込むだけ。最上階直通の専用エレベータに乗っている間に今日買った服を脱ぎ捨てさせれば、部屋に着く前からユイカは勝手に股を広げる。ほら簡単だ。
でも、今日はそんな気分になれなかった。
「あのさ先生、ちょっとだけ聞きたいことがあるんだ」
「ひゃっ! は、はい、なんでしょう」
「先生。俺、実は先生の知らないところで、物凄くたくさんの人を騙しているんだけれど、嫌いになる?」
「え? うーん、叱るかもしれませんが、嫌いにはなりませんよ」
「先生。俺、妻が千人以上いるんだ。嫌いになった?」
「えー千人? なんですかそれ……それは流石に、ちょっと怒りますよ。でも嫌いにはなりません」
「先生。実はさ……俺、この世界最大の敵なんだ。嫌いになっただろ?」
「なりませんよ。一生かけて償うってちゃんと誓ったでしょう? いつでもあなたの味方です。なら私も世界の敵です」
「先生。今いる世界からガラッと違う世界に、俺と一緒に行くならついてきてくれる?」
「国を変えて暮らすってお話? もちろんいいですよ。ずっと御側にいます」
「そっか………………先生、今日は泊っていけよ」
「はい。ずっとここに泊まってお待ちしていますね。ちゃんと誘ってくれてありがとう」
ユイカはたまーに叱ったりもするけれど、今回は俺の提案を受けれてくれた。強引に引き寄せるまでもなく、腰も、体全体も俺に預けてくる。
やった、やったぞ。ユイカを誘うのがこんなに緊張するとは、誘いが成功するのがこんなに嬉しいとは、少し前の頃の俺だったら夢にも思わなかっただろう。ユイカの頬がいつもよりずっと紅潮している。
なんだか普段とは違う一晩になりそうだ。
――
デート後の蜜月は、以前のユイカを叱責するようなやり方よりも万倍気持ちが良かった。
途中でドでかい胸を弄り過ぎて・吸い過ぎて叱られるハプニングも挟んだが、どうにか一回目はユイカを満足させることが出来たようだ。
彼女はとても幸せそうな表情で、俺の膝を枕に休んでる。この女の幸せを、俺が心から願うことになるなんてな……。
そんな一戦終え、ユイカが息も絶え絶えに提案してきた。
「あ”……ふ、っ、ふぅ……ん、今回は特に最高でした。ねえ鈴木君。もしよかったら次はユキさんに出来ないことを、全部先生の体で試してみる気はない? 前も誓ったことだけどね、先生なら鈴木君のすること全部受け入れるよ。いろいろ調べてみたんだけど、もう片方の――」
「いっ、いや、いい。今日は普通にしよう。こっちの方がいい」
「はーい、また今度ね。…………ユキさんといえば、最近ずっとここに居るけれど、お家帰らなくていいの?」
「あっ!! あわわわわわ……わ、悪い。明日にはここ出るよ……本当にすまん。すぐに帰ってくるからな、埋め合わせはその時に」
「じゃあ、たっぷり私に貯め込んでいってくれるなら、待っています」
「うん……わかった、じゃ、じゃあもう一回」
いかん、暫く<エルトリア>に帰っていないな。ユイカにアリバイの口裏合わせを頼むわけにもいかないし、帰ったら絶対怒られる……。それもこれも、こいつが全く飽きない位にいい女過ぎるのが悪いのだ。
翌朝、健やかに眠るユイカの頬を優しく撫でる。『すぐに戻る』と書き残しをして、久しぶりに俺は<エルトリア>へと帰還した。
――
俺はここ数カ月、こんな感じでやりたい放題『搾取』だとかその他諸々していた。正直に白状すると、後半は主にユイカに夢中になっていた。ところが、まるでその隙を突くように新たな反乱の兆しが起きた。
この話ただイチャつくだけじゃん、って書き終わった後に気が付きました。
ここ数日、真面目に異世界攻略する気ないですが、次から戻るので大丈夫です。




