第四話:転移前の生活と事故
ややイラッとな話ですが、後ほどしっかりと「ざまあ」と回収しますのでご安心ください。
ここまで転移、転移と繰り返し言ってきたが、そろそろ元の世界の説明をしておくことにしよう。
俺の元々の名前は鈴木シュウタ。あっちの世界では少し訛ってシユタと呼ばれている。高校一年生だ。高校一年生だった。とはいってもあまり学校に熱心に通っていたわけではないし、勉強を一生懸命していたわけでもない。
正直、くだらない学校生活での勉強よりも本やネットで知識を仕入れたり、世の中の本質を議論したり、物語を読んだりするのが好きだった。まあ、世間一般の常識に合わせて、たまには登校してやることもある。
「ようシュウタ、久しぶりに学校に来やがったな。親友の俺様が待っていてやったぜ」
「あぁ……タクヤ、お久しぶり」
タクヤ、――俺のクラスメイトの一人。高校に入学してから初めてのクラスで一緒になった奴だ。今思えば、正直一緒になりたくはなかった。
最初は普通に話していたのに、出会ってからほんの一、二カ月ほどしてから俺にきつく当たるようになった嫌味な奴だ。立場や腕力を利用した、クラスメイトに一人は居るお山の大将という奴である。ハッキリ言って軽蔑する対象だ。
そんなタクヤが毎度のことながら放課後に話しかけてきた。
「は、相変わらず根暗だなあ。それでさ、と・り・あ・え・ず今月分貰ってないんだけど?」
「……ああ、あの今日のところはあまり持ち合わせがないんだよ、タクヤ。あのさ、頼むから今回は少し待って……」
「おいおい、シュウタくんさあ。あの『動画』をさあ、クラウドって言うかぁ、ぶっちゃけネットに上げずに保存しておくのも管理費がかかるんだって、そーすると俺としてはパパッと動画サイトにでもアップロードしたくなるけどいいん?」
このタクヤは教室で堂々と強請りをしてきたのだ。いわゆる、友達料ってやつ……今時こんな原始時代のようなことをしてくる奴がいるなんてな。まったく呆れて反論するのも疲れる。
「いやおかしいよ。そもそも先月分でデータは消してくれるって言ったよね?」
「おいおいおいおい、シュウタくん。俺さ、今マジ厳しいんだって、今月だけ、今月だけカンパよろしく頼むよオイオラ」
数か月前のタクヤは、数人で集まった中でタクヤが指定した一人が裸で踊った所を動画で撮影する、というくだらない遊びをしていたことがある。俺はもちろん嫌がっていたのだが、タクヤ本人に負けたわけではなく数の暴力に逆らえず、撮影に被写体として参加したことがある。
タクヤはそれをネタに月額料とやらを強請ってきているのだ。
「わ、わかったよ、ほらこれでいいだろ」
「おし、毎度~。……ユキ!いつもの月額が入ったから、今日はどっか寄っていこうや!」
「あら、またシュウタくんが協力してくれたのね」
タクヤの凄みに押し負けて、ついつい月額料を渡してしまう。そのタイミングを見計らったかのようにユキが近づいてきた。
ユキ、――この子もクラスメイトの一人で、目を見張るほどの凄まじい美少女だ。丁寧に整えられた黒い長髪が良く似合っている。スタイルの方はまあ、貧相な感じだが、それでもお淑やかな身のこなしを合わせると育ちの良さが漂っている。
実際、ユキはこのあたりの街どころか全国に影響力を強くもつ一族の一人娘だ。実家も凄い金持ち、土地持ちの運に恵まれた勝ち組だ。親の七光りですっかり担任教師にも気に入られ、今はユキがクラス委員長、タクヤが副委員長をやっている、つまり処世術だけは長けたコンビだ。
当然そんなユキとタクヤは付き合っているともっぱらの噂で、しばしば放課後は街に出かけていっているのを見かけられている。ただ実は、タクヤは知らないようだが、俺はユキの『本性』を知っている。
以前、図書館にいて帰りが少し遅くなってしまったとき、ユキがよくつるんでいる悪友の女子生徒と二人っきりでガールズトークをしているのを盗み聞きしてしまったことがある。
――
「ねぇねぇ、ユキってさ、タクヤと付き合ってるってマジ?」
「……ええ、そうよ。半年くらい前からかしら」
「うわー、やっぱりそうなんだ~。えー、でもさ、ぶっちゃけユキとタクヤって全然釣り合わなくない? よかったらもっとイケメン紹介しよっか? 二組の奴でユキのこと気になってるってのがいてさ」
「うーん、顔のいい男は黙っていてもそのうち寄ってくるし、それよりも……ふふっ、タクヤくんの家は大きな病院を沢山持っているでしょう」
「あーユキわるーい。なるほど、将来のお財布くんね。アタシもそういうのキープしたほうがいいのかなぁ」
高校生のくせになんてひどい将来設計をしているんだ、このメスどもは……。
教室の外で俺がついつい聞き耳を立てていると知らずにユキが続ける。いや、この女にとってみれば、俺なんかが聞いていたところで歯牙にもかけないのかもしれないが……。
「コツはいつでも捨てられるようにしておくことね。前の男は結局その家の会社が倒産してしまったし。今のところタクヤくんとも清い清いお付き合いをしてるわ。指一本触らせずにね」
「なるほどね~、でもちょっとくらいご褒美上げないとキープくん拗ねちゃわない?」
「いえ、こういうのは安売りしない方がいいのよ。男ってちょっと裾を短くするだけで勝手にこちらの気分を深読みしてくれるから、楽でいいわ」
「あはは、タクヤかわいそ~w」
タクヤの奴、半年もあれほど尽くして指一本触れられず、もしかしたらそのまま捨てられるかもしれないのか……。そんなとんでもない話を知ってる男子は、クラスメイトの中でも俺だけだ。
この時少しだけ、俺の留飲は下がったのである。
――
と、そんな心の奥底を全くおくびにも出さずにユキは話しかけてきた。
「ふふ、シュウタくん、いつもご苦労様です」
「……あぁ」
「シュウタくん、タクヤさんと仲良くなさっていて羨ましいわ」
「……俺は別に、タクヤと仲良くなんかないさ」
「あらそう?」
そう言って可愛らしく首をかしげるが、瞳だけは笑っていない。
明らかに下等生物、虫けらを見るように目を細めて俺を見下してくる。さらりとユキが美しい髪をかき上げると、くらくらと男を惑わす良い香りが漂う。くそ、性格は最悪なのに、いい女ってなんでこんなにいい匂いがするんだ……。
ユキの厄介なのは自分が周りから見て可愛いと分かってて振る舞うことだ。横目で見るとタクヤもすっかり骨抜きの表情である。俺が渡した月額料は全てユキのために使われるということは想像に難くない。
しかし性根の悪い話だ、大金持ちなのに他人から金を巻き上げるなんて、一体なんでそんなことをする必要があるんだろうか。それとも、だから金持ちなんだろうか?
「じゃ、じゃあユキ、早速行こうぜ? なあ今日はどこ行きたい?」
「うーん、……タクヤさんの行きたいところにしましょう?」
「あっ、ああ……おう、頼れる俺に任せておけ!」
圧倒的なヒエラルキーを見せつけるように、ユキはこちらを一瞥もせずに教室を出ていった。くるりと反転した後ろ姿の、まぶしい膝についつい視線が引き寄せられる自分が恨めしい。
何も知らずに利用されるタクヤは、緊張しっぱなしの状態でまるで従者のようにユキの鞄を持ち、後をついていった。
一生懸命にデートプランを考えているようだが、結局はユキの行きたいところに連れてく、いや連れていかれることになるだろう。今日も一切の見返りなく何かを買わされることになるのだろう。そう考えるとタクヤも報われない。
まあとにかく、こんな感じで俺は今月もタクヤに小遣いを巻き上げられてしまったのである。すっかり貯金も切り崩してしまったし、この分だと両親にねだるか、それともこっそりくすねるしか無くなってきた。親にも教師にも相談できない辛さを身に染みて感じる。
それにしても、だ。今のところタクヤは報われないとは言っても、将来的にはもしかしたらユキを手に入れることができるかもしれない。それに対して、俺は恋人どころか助けてくれる友人もおらず、今の生活で精一杯で将来のことを考えるなんてとてもではないが無理だ。
ああ、この世の中には理不尽が詰まってる。
――
元々俺が居たのはこんな感じのくだらない世界だ。
そんな災難に出会った後、俺は図書室に通ってから帰宅することにした。俺は本を読むのが好きだ。本を通じて様々な知識を仕入れるのが好きなのである。学校の図書館はそんな知識の元を無料で貸し出してくれる。とてもお得な場所である。
「前回は推理小説を沢山借りたんだっけ、このジャンルは少し飽きてきたなあ」
俺は借りていた本<転移館の殺人>、<異世界荘の殺人>、<ハイファンタジー島殺人事件>……etcを返却し、本棚の間を歩きながら新たに借りる本を物色し始める。
小説は別の世界に没頭できる反面得られる知識が少ない。今回はもう少し実用的な本を借りることにしたいところだ。
「今日はそうだな、この棚あたりの医療系の本をいくつか借りてみようかな……」
タクヤが医者の息子で大きな病院の跡継ぎということを思い出して、少し対抗したくなったのかもしれない。俺は今のところ文理未選択で、ついでに言うと学力的には医者になることは難しいのだが……。それでも今後どんな医療知識が役に立つかわからないからな。
<簡単な家庭の医学>、<一目で分かる人体の内臓>、<漢方薬の歴史と進化>、<山でとれる薬草の見分け方>などなど、これなら俺にもわかりそうな内容ばかりだ。
借りられるのは全部で五冊、いつも通り俺はその上限までの冊数を受付の図書委員に渡した。これくらいの数なら、貸出期限の半分も必要なく読破してしまうだろう。
しかしやれやれ、夢中になって本の内容を斜め読みし、借り出し本を選んでいるだけですっかり暗くなってしまった。そろそろ帰らないと晩飯に遅れてしまう。
靴を外用に履き替えて校門へ。
空は紺色が波打つ雲と、暖色系なのに淋しい朱色の夕日で染まっている。この紺と朱のコントラストが俺は好きだ。一番好きな景色かもしれない。見ようと思えば毎日見られるのに、タイミング良く帰宅していなければお目にかかれない、そんな矛盾した出会いにくさも含めてこの非現実的な風景が好きなのだ。
……ぼんやりしていると帰りが遅くなって親に叱られるのは勘弁願いたいけれど、と俺は少し歩みを早める。
その帰り道、俺は事故にあった。
学校の正門を出てすぐの交差点、横断歩道を渡っているときのことである。薄暗い中、下校生徒の人足が途絶えがちで、向こうもつい油断したのだろう。スピードを出したバイクが一台、交差点にもかかわらず減速することなく侵入してきた。
「は……!?」
信号は明らかにこっちの横断歩道が青だ。信号無視。それにも関わらず突っ込んでくるバイク。乗っていた運転手の焦る顔が一瞬見えた。
逃げる暇も、体を躱す暇もなく、バイクのタイヤが俺の脇腹に直撃する。問答無用で視界が高速回転、少し遅れて右半身全体に激痛が走る。ああ、さっき読んだ医療の本が役に立つ……、立ちそうにはないな……。この怪我は手遅れだ、と俺は何の根拠もないことだが直感する。
地面が高速で動いていく。いや、飛んで行っているのは俺の体の方か。
アスファルトに何度も叩きつけられる。両腕と両脚が初めて見る方向に折れ曲がり、皮膚が服ごと削れられ、滑りに滑った先にあった段差に後頭部をしたたかにぶち当てた。視界が白と赤と黒にギラギラと点滅しながら急速にぼやけていく。
ここで俺の記憶はいったん途切れる。目が覚めたらそこは異世界だった。
どうしてもタクヤとユキは出しておきたかった。
後で確実にざまあを履行しますので、引き続きお付き合いをお願いします。
ここからしばらくは無双が続きます。