第十五話:アリア登場(二)
アリアが登場してからの続きです。
アリア・エルトリア、<トリア>の町出身。目の前の美しい女性はそう名乗りを上げた。
俺は敵情視察を兼ねて、その容姿を一通り眺める。
若い、戦闘部隊を率いているというのにかなり若い……俺と同年代か少し下ってところだろうか。高校に入学するかしないかくらいの年齢だろう。
彼女を取り囲む者たちにはもっと年を取っている者も多く存在している。全員が白い装飾で統一されているが、アリアの装備のみ、明らかに荘厳な細工を施されていることを考えると、彼女がこの集団の長であることは想像に難くない。
「……年功序列じゃないな。恐らく、親が特権階級か、本人が相当の実力者か……」
せっかく目の前に姿を現してくれ、こちらを睨みつけてくれているんだ。ある意味のんびりしているとも言える。「温い、戦に慣れていないのか」と、頭の片隅に記憶しながら、俺は冷静に戦力分析を進める。
なによりアリアは非常に美しい。俺自慢のとびっきり美しい妻たちに引けを取らないくらいだ。この<エルトリア>世界の化粧の未熟さを考慮すると、ナチュラルボーンな絶世の美女だ。
金髪金眼、長く蓄えた豊かな金髪は後ろで一束にまとめられている。金属製の装備に隠れて全貌は分からないが、見えている限りでもスタイルは抜群。俺よりも背は低いのに腰の位置はずっと高い。
そしてキリリと鋭くも形よく伸びた、意志の強そうな眉毛が最も印象的だ。
彼女の心は何か特別なものによって、強く支えられているのかもしれない。それは恐らく……胸元に光るネックレス、そしてその先にぶら下がったエンブレムだ。半月を模している様子、見覚えが無いモチーフだ。
アリアだけではなく周りの者たちも全員、そのエンブレムをどこかしらに身に着けている。この旗印がやつらの宗派だな、と俺は直感した。
我が方の僧兵の包囲は不十分。情報収集をさらに進めるためと、時間稼ぎのため、俺は一旦会話を進めることにした。最終的な勝利のため、場合によっては下手に出る必要もあるだろう。
「……アリア、とか言ったね。そのネックレスの月、なかなか素敵だけれどどういう由緒だい?」
「ふん、ものを知らんな<転移人>」
「まぁね、なんせ転移して一年しか経ってないからね。この世界で知らないことも沢山あるのさ」
「あまりにも無知で哀れだな。教えてやっても良かろう」
態度うぜえ……。この女、出会って間もない俺を完全に下に見てやがる。
この世界で<転移人>は確かに外様だが、だからってここまで下に扱われたことはなかった。あのボルドーですら、最初の頃の表向きはもう少し礼儀正しかったぞ。
この感じ、そういう”常識”があるな。<転移人>は下劣なものであるという不自然に歪な常識、つまり……”教典”があるな。
「そいつはありがたい。そのありがたそうなネックレスのこと、是非教えてほしいものだね」
「これは私が所属するリア教の象徴だ! 月の満ち欠けを表し、今は半分ほどの不完全な人々の暮らしを戒めている。我々が厳しい修行と戒律を守ることで、やがて訪れる完全なる満月の時、主は降臨される」
「なるほどね。そういう謂れがあるのかい」
「リア教は、貴様ら<転移人>とその一味が拝めるシズキ教、などと言う邪教とは一線画す。この世の真実を伝える宗派だ!」
そう言って「チャラリ」と、胸元の半月を掲げて御大層なお言葉を続けるアリア。うわあ、ペラペラ喋ってくれるなあ。幼い頃から本心に染み込んだ常識がアリアの口の滑らかさを支えているのだろう。
今までの情報を整理すると、目の前の女は名前がアリアで、苗字がエルトリアで、出身は<トリア>の町で、宗派はリア教だって? 『リア』がゲシュタルト崩壊しそうなんだが……。
恐らくこの一致は偶然ではない。『リア』というのが何らかの由緒や誉れのある二文字なのだろう。この世界で珍しい苗字持ち、しかも世界そのものの名前の<エルトリア>を苗字に持つとは……、この女は彼らの集団の中でも特別な存在らしい。
それにしても……、
「<転移人>をそこまで忌み嫌うのはなぜだい? あの魔王も、その後継者の<ツー>も<スリー>も討伐したのは、<転移人>の俺だぞ。君たちの神とやらは何もしてくれなかったじゃないか。それだけの武力、手伝ってくれたら凄く助かったのに」
「黙れ! 本来ならば予言通り、我々リア教がその役目を担うはずだったのだ……その名誉を横から、よくも…………もうよい。リア教は邪教に交流も容赦も油断もしてはいけない。総員、戦闘用意!」
「っ! いきなり攻撃態勢かい!」
アリアの号令で後ろに控える百人が一斉に槍を携える。咄嗟に俺は距離を十分取り、そして――勝ち誇った。
「残念だったなアリア。君がもう少し賢ければ、俺達は今後の良い好敵手になったかもしれないのに」
「なんだと……?」
「厄介な霧を解除したのは早計だったな。魔法が繋がるなら、たっぷりと下準備をさせてもらったよ。総員、かかれ!」
俺も対抗するように号令をかけると、アリアとその百人を取り囲むように千人を超える僧兵たちが姿を現した。そして、俺の号令を待ちわびていたかのように一斉にアリアたちへ襲い掛かった。
そう、霧を解除してくれたおかげで魔法を使っての連絡を取りやすくなった。俺は<エレナ>の街の敷地内に散らばっていた僧兵たちに、<インコ>を使って情報伝達をしていたのだ。
内容はもちろん「<救世主>シユタが時間を稼ぐので、大神殿跡に居る敵を取り囲め。号令と共に一斉攻撃」である。ペラペラと敵とおしゃべりしていたのはこのためだ。
我が方の僧兵は有事の際以外は各地に散らばっているが、それでもこの<エレナ>には十分数が駐屯している。声をかけてものの五分で駆けつけられる距離にいるだけでも、その数は千を下らない。さらにかき集めればその倍は集められるだろう。僧兵たちは強い信仰心に支えられて厳しい訓練を積み、その実力は充分。
アリアの手勢も装備は悪くないが数は十分の一、多勢に無勢もいいところである。僧兵たちの槍の先がアリアに一斉に襲い掛かる。
勝った!――、そう思った次の瞬間、その僧兵たち十人が一呼吸で吹き飛ばされていた。
「な、な、なんじゃそりゃあ!?」
「近寄るな、下郎ども! 我が槍の一撃をもってすれば、貴様ら異教徒などものの数ではない!」
「そんな……一体なんだそのバカげた魔力容量は!」
アリアの体には桁違い、と表現するべき凄まじい魔力が湧きたっている。
最強の<救世主>である俺や、最強の<魔法使い>であるララに匹敵するその素養。確かにこれ相手となると、僧兵では相手にならないであろう。しかも、魔力の波動が見たこともない色を放っている。うっすらと黄色を帯び、極めて純粋な魔力波動……これは……まさに、”聖なる光”と形容すべき……。
「驚かせてしまったようだな、<救世主>とやら。数を頼みに叩くつもりだったのだろうが、あいにく私の魔力は特別製でな。邪教徒が何人束になろうと相手にならないぞ」
「くっ……へ、へぇ、なかなかやるじゃん。そこそこだね、そこそこ」
「ふん、冷や汗が流れているぞ<転移人>。忌々しい建造物のように粉々にしてやろう」
うかつなことにすっかり忘れていたが、彼女たちはあの巨大な大神殿を半日もかけずに崩壊させたのだ。
最初は火薬かそれに類する道具を使ったのかと思ったけれど、空恐ろしいことにアリアはその細腕を魔力でブーストした”腕力”で、巨大建造物を叩き潰したらしい。……おいおいゴリラか?
……だがその見た目は破壊力に反して美しい。神々しささえある。凛とした顔立ちに、豊かな金髪の上には冠を思わせる兜、細い腕で槍を軽々と振り回すその姿はまさに戦乙女と言った立ち振る舞いだ。
落ち着け。確かに手ごわい魔力と腕力だが、単純な出力は俺と五分五分。しかも、先ほどの振る舞いから考えると、アリアは戦に慣れていない公算が高い。総合的な実力なら俺の方が上だ。アリアの取り巻きたちは大した実力もないようだし、配下同士の戦いも数が多いこちらに優位。
アリアを俺が抑えて打ち合えば十分に勝てる。
と思ったらアリアが余裕の笑みを浮かべ続けながら、非常に意外な言葉を放った。
「それにしても、どんな攻め方を見せてくるかと思ったら。数を頼みに押し寄せるだけか? お父様が言っていた”空城の計”とやらが一体どんなものか気になっていたが、全く大したことないではないか」
「く、空城の計だって!?」
そのフレーズが俺に与えた衝撃は大きかった。この<エルトリア>世界の軍略は非常に未熟のはず。
俺が登場するごく最近まで、各町は自警団レベルの部隊を組織し、魔物に対しても人間同士でもそれを正面からぶつけ合うだけ。かのボルドーの乱でも確認したことだ。あのアホは何にも考えずに部隊を押し出し、そしてあっさり取り囲まれて壊滅していった。
それなのに……近代化前の策略ではあるが、”空城の計”という罠の名前を、この世界出身のアリアが述べたのは余りにも意外だった。とにかく情報が欲しい。仕掛けるのは、少し早かったか。
「なぁアリア、そのお父様ってのは君の父君か? 空城の計ってのは一体どこから……」
「ふん、もう貴様と話す舌は持たない。そして、確かに敵地だけあって数は多いようだな。まだまだ後続も集まってきているらしい。忌々しい大神殿とやらは叩き壊したことだし、今日のところはここまでにしてやろう。ゼタ、撤退だ!」
そう声を張り上げ、アリアは副官の女性に何か指示を出した。
バカな、撤退だと?この完全に取り囲んだ状況で一体何を……。と、訝しんだ瞬間、アリアの部隊の周りに一陣の竜巻が立ち上がった。
そしてアリアとその配下は、一瞬の後に影も形もなくなってしまったのだ。
「シユタ、今のは<瞬間移動魔法>の亜種ね。でも、部隊クラスの一斉転移だなんて、これまた……みたこともない秘術よ」
「そう、か……ありがとうララ。君が居てくれてよかった。少なくとも奴らの手札を、”俺達が知らないもの”だと知ることが出来たんだから」
全く見たことながない秘術、そしてこの世界で初めて出会う軍略の知識持ち。
敵の全貌はいまだ見えず。しかも、俺の戦力の中核であるソフィー、ララ、ユキの三人の妻は、身重で動かすことが出来ないハンデ戦。飛車角に加えて金将まで一枚落としている。……不利な要素を挙げようと思えば幾らでも挙げられる。
この度の戦乱は厄介なことになりそうだ。
だが必ず、必ず、我が妻を泣かせたツケは、払ってもらうぞアリア。その美貌を俺の足元にひれ伏させてくれる。
アリアに関してはくっころ感満載で描いていきたいです。
ちょっと刃向かわれましたが、最終的には色々ハッピーエンドになると思います。




