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第十二話:売買の自動化

前話がひどすぎたので今回は真面目なお話です。

「ユキえも~ん!手間を一切かけずにお金がドボボボ流れ込むアイデア出して~!」


 開幕早々、なりふり構わず俺はそう言ってユキの脚に縋りついた。

 つやつやで真っ白、なんて美しい脚だ。傷もシミも一つもない。その足首にキスを繰り返し、俺は凄い勢いですり寄った。


「シュウタさん、あなたね。今ご自分がどれだけ情けない体勢かご存知かしら」

「分かってるよ。でも二人っきりだからいいじゃん、これくらい」

「ぅう……えー、おほん。そうやって泣き落としをしようとしても無駄よ。あなたね、いい加減お金を稼ぐのに、労力を一切かけようとしないのはおやめなさい。自分がかけている労力と、稼ぎ出している規模がどれだけ釣り合っていないか……ちゃんと考えたことある?」


 ご指摘の通り。美術品転がしと株式投資で凄まじい規模の利益を稼ぎ出し、それに対する労力はほとんどない。コストパフォーマンスは抜群だ。


 例えば美術品の方でかかる労力と言えば、初めて訪れる客先には<転移珠>で飛べないからわざわざ飛行機で向かう必要がある、と言う程度。株式投資に至ってはちょっと銘柄の選定に時間がかかるくらい。では、一体何が不満なのかと言えば、


 不満なんて一切ないのである。


 二人っきりでユキに以前のように優しく物事を教えてほしい。ユキさん先生バージョンを見るのが大好物なだけだ。コスプレ超大好き。


 ……いちおう建前的なものもある。<学習加速の指輪>で知識はドンドン仕入れることが出来るが、書籍には掲載されていない実務的な経験や蘊蓄は誰かに教えを乞う必要がある。そんな時、器用人としてのユキはとても頼りになる。


「ぶっちゃけると、俺はユキに色々教えてもらうのが好きなだけさ。説明が上手だし、役に立つことばかり教えてくれるし。それも本に書いてないことを言ってくれるのが最高に嬉しい」

「ま、まぁ……! そうですか……」


 そうやって俺の心の表も裏も全部伝えると、ユキは嬉しさを隠しきれずに頷いた。夫婦円満のコツは隠し事をしないこと。また一つ学んでしまった。


 そんな感じでたっぷり褒められることに、照れくさくてついに耐え切れなくなったらしい。「そこまで言うなら」とユキはパタパタと着替えに出ていき、……そのままの服装でしぶしぶと戻ってきた。


 教鞭代わりの指し棒だけは最後の意地とばかりに手に持っている。恐らくまた例の女教師スーツスタイルになろうとしたけど、タイト過ぎてお腹の子に悪いと判断したのだろう。


 出会った頃よりも少しだけ、「ぽこり」と大きくなってきたユキのお腹には我が子がすくすく育っている。ついつい愛おしくって、ユキのセーターを下からまくり上げてその下腹部にほおずりした。厚手のセーターが後頭部を覆い、視界がほぼ真っ暗になる。暗いのだがその一方で凄まじい安心感が俺を包む。


あ、そうだ。転移し放題なんだから、もしかしたら転生もできるはずじゃね。俺めっちゃ頭いいじゃん。<転移珠>よ、今こそ最も重要な活躍の場だ。速やかに俺をユキの子として転生させてくれ。『できません』?できるできないなんてやってみなきゃわかんねえだろ!


 そんなアホなことを考えながら、飽きることなくほおずりを続ける。三十分ほど。


「あ~温かい~。羨ましいな我が子よ、お前は毎日こんな居心地のいいところで育っているのか。いいなあ、俺もここで一生暮らしたいなあ」

「う、あう……そ、そろそろいいでしょ。それ以上そこでダメな台詞と続けられると胎内教育に凄く悪そうな気がするわ。さあ、授業を始めますよお父さん」

「んー…………うむ、堪能した。最高に高揚した気分だ。今なら魔法抜きで六法全書だって丸暗記できる」

「はいはい……うーん、といっても今以上に稼ぎの効率を上げる方法なんて、もう残っていないと思うの」

「薄々気づいていたけど、やっぱりそうか?」

「ええ、お一人でこれ以上稼ぎ出すのは難しいでしょう。<エルトリア>への財産流入量も、一応右肩上がりですが徐々に飽和状態にあります。これ以上の効率を求めるなら……機械で自動化しかありませんね」


 ぴしっと指し棒を引き出すユキ。自動化か。とっても素敵な雰囲気のフレーズだ。なんか何一つ考えなくても良さそうな、まさに俺にぴったりな予感がする。


「自動化……パソコンとかAIってことかな?」

「その通り。各市場の価格をAIに読み込ませ、割高・割安を判定させる。売買を全て自動化するのです」

「えっ、えっ、それって結構怖くないか……? 俺の目を完全に離れてしまうってことだろう? いきなり大損作ったりしそうなんだけど……」

「なにもいきなり全てをAI化する必要はありませんよ。初めはごく一部の資産で開始して少しずつ増やしていけばいいのです」

「なるほど……」


 なんだか妙に納得してしまう俺。ユキのこういう説明ってすっごいすらすら頭の中に染み込むんだけど、こいつ世が世なら詐欺師としてもやっていけそうだな。こいつが俺を騙す理由が一切ないので、引き続き話を聞くことにする。


「とは言っても、パソコンに未来予測が完璧にできるというわけではありませんよ。過去の膨大な市場データに基づき、それをなぞるモデルを作成するの。そのモデルの精度も過去のデータと照らし合わせながら検証してね」

「ほほん? 過去をたっぷり学べば、今が割高か割安かも予測しやすいってことか」

「その通り。為替市場などで短期的に発生するわずかな揺らぎ、これはどうしても起きてしまうものなの。そことモデルのずれを自動的に、機械的に刈り取る。元手が少ないと微々たる量だけれど、」

「元手が俺みたいに莫大だと稼げる量も増える。か、これは以前ユキちゃんゼミでやった問題だ!」


 がってん! と拳で手のひらを叩き納得する俺。


 これで定期テストは上手くいって偏差値はバリバリ上がる。気持ちが晴れやかになることで部活もとんとん拍子で活躍してレギュラー入り。恋愛だって気になるあの子と良い雰囲気になって青春は万事大成功だ!ちなみにライバルのあいつは成績落ちてレギュラー落ち、性格悪いよなあの漫画。


「じゃあ、パソコンの性能が良ければ売買成績も良くなるのかな?」

「うーん、難しい所ね。割高・割安判定自体はごく簡単な計算負荷だけれど、モデルの更新を速やかに何回も繰り返すならば、計算機の性能は良い方が望ましいわ」

「じゃあスパコンでも作るか。一位を目指すか」

「へっ?」


 ユキが整った瞼をぱちくりさせている。難しいことはよくわからんかったので、後で<学習加速の指輪>で知識を仕入れるとして、性能良い方が成績も良いなら、スパコン作っちゃおう。


「あ、あなたね……スパコンってその辺の部品で出来るわけじゃないのよ? すっごく難しいのよ?」

「ちょっと前に計算機械の研究分野をたまたま読んでてさ。あ、もちろん学習加速でね。……なんか、文献みてて思ったんだよね、あれこれ自分で作れるんじゃね? って」

「…………費用も凄くかかって本末転倒だけど……?」


 ユキは最初、子供に言い聞かせるような口調をしていたが、俺の自信を見てどうやら考え方を変えたらしい。そして、得られるメリットをその聡明な頭であっと言う間に把握してくれた。


 大きく育つお腹を撫でるときの母性溢れる表情とはほど遠い、ぞわっとする悪女の表情を浮かべている。おいおい、そっちの方が胎内教育に悪いんじゃないか?


「ふん、その様子なら君も薄々感じていたらしいね。物質的な側面では、<エルトリア>に持ち帰る量に不満はない。自動売買はその補助をしてくれることだろうね。あと百年もすれば、合法的にこの世界の富を全て吸い上げられる。すっからかんにしてやる」

「物質的には、事実上支配したと言えますね」

「人材の『搾取』も先日目途がたった。スパコン運営のための一流の人員を俺の意のままに、鷹宮家で動かす準備も整えてある……あとは情報の支配だけだ」

「お見事です。情報戦争に勝てば、武力を一つも振るうことなく頂点に立てます。……もう、いじわるな方。自動売買なんて不要ではありませんか」


 そう言って感服したユキは俺の肩に頭を預けて来た。ユキの尊敬の念にすっかり気を良くした俺は、ユキのさらりと流れる髪を指で梳きながら、もう一つ大切なことを教えてあげることにした。


「もう一つ、言っちゃおうかな~。うーん、これ秘密の秘密なんだけど、どうしよっかな~」

「まぁ、そんなに何度もいじわるせずに教えてください。何でもあなたのお役に立ちたいのです」

「ふっふっふっ、驚いちゃいけないぞ。<エルトリア>の方の魔法研究で、『重ね合わせビット』の実用化がほぼ確実になった」

「…………!」

「向こうの<エルトリア>ではその価値に気付く者は一人もいない。こちらの<モトイタセカイ>では魔法を扱える者は一人もいない。だから、俺達だけの秘密だ。ふふ、惚れ直したかね?」

「興奮で動悸の高まりが収まりません。もう、この子に良くないわ……」


 ユキが何とか心を落ち着かせようとお腹を優しく撫でている。


――


 その一カ月後、鷹宮家の地下に備えられたセキュリティスペースで、俺個人保有のスパコンが立ち上がった。


 スパコン、と一言で言うほどに生易しいものではないが。量子的な重ね合わせ状態での計算が可能な本機は、取りあえずの仕事始めとばかりに各地研究機関の『量子コンピュータ』に関する成果を吸い上げたのちに、叩き潰す。凄まじい速度で素因数に解き、各種電子的な障壁をベニヤ板のようにぶち抜いていく。


「おっ、危ない危ない……ここの研究機関もあと一歩か二歩で実用化じゃないか。うーん、ぎりぎりセーフ」


 この世界の底力のようなものを感じながら、俺に対抗できる可能性を一つ一つ丁寧に潰していく。発展の可能性を草の根をしっかりかき分けながら摘んでいく。


 あと一人、天才が協力していればもしかしたら実用化できたかもしれない。だがその人々は残念なことに、その優秀な頭脳を<催眠魔法の指輪>で支配され、鷹宮家でせっせと働いている。


 <メイド>たちのおかげで、たっぷりと練習することが出来てよかったよかった。頭脳の優秀さを維持したまま催眠をかけるコツが掴めたのは、あの子たちのおかげだ。


 こうして俺は、電子世界の王座にも君臨することになった。

あんまり真面目じゃない気もしますね。次は真面目な話です。

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