第十話:ユキの友人ナナ(二)
ちょっとだけ刺激が強めな回です。
放課後の教室で俺とナナは対峙していた。
淋しい朱色の夕日が差し込んでくる。教室には他に誰も居ない。下校時間から結構遅いので俺たち二人だけだ。
念のため、人払いとして俺は<時間停止の鈴>を鳴らす。俺とナナ以外の周囲の時間が固まり、誰かがこの影響範囲に近づけばすぐさまわかる。映像記録も不可。これでどんなに魔法を使っても問題は無い。
「んで? 二人っきりで話ってなによシュウタ……まさかこのシチュエーション、告白?w だったらお断りよ?」
全国模試一位・偏差値八十、学校きっての才女が大きな胸の下で腕を組み、陸上部でよく鍛えられた足で地面を踏みしめている。そうして仁王立ちしたまま、ナナは要件を尋ねて来た。
ナナは何の危機感もなく俺が待つ教室にやってきた。昼食休憩の時、完全にぶちギレた俺は逆に冷静になり、ナナへふわりと<催眠魔法の指輪>をかざすに留め――放課後、なにも疑うことなく教室へ来るように仕向けたのだ。
永続催眠は頭がパーになってしまう非常に恐ろしい魔法だが、この程度の暗示ならば違和感なくかけられる。”特に全く魔法耐性の無いこの世界の人々には”楽勝だ。
告白、つまり付き合ってほしいと言う提案か……当たらずとも遠からず。もっとずっと冷酷で非道なことだが。すぅ、と息を整えてから俺はナナに向かって宣言する。
「告白じゃないよ。俺、君のこと大嫌いだし」
「ふん、じゃあ何がいいたいわけ? さっきのことを謝罪しろって? それもお断りね」
「いや、俺の彼女になって欲しいんだ。俺は君を一切愛さないけれど、君は俺を心底愛してほしい。どうかな?」
ポカン、と風変りな色のルージュで整えた口を開き、ナナが困惑している。俺があまりに突拍子なことを言ったので咀嚼し切れていないのだろう。
「……は? 何言ってるのアンタ? そんなバカげたこと受け入れるわけないでしょ?」
「ほい、催眠」
「あ"っ……は、はれ? うん分かった。アンタの彼女になる……え?」
「ほい、催眠解除」
「ん……えっ、な、なに今の?」
俺は<催眠魔法の指輪>をひょいと回すと、魔法耐性が一切ないナナは簡単に催眠にかかる。混乱しているナナは戸惑いからやり場のない怒りに感情を推移させている。さて、種明かししてやった方が面白いだろう。
「記憶は残してあるから分かっているよね、自分でOK出したこと」
「何を……したのシュウタ?! 答えなさい!」
「催眠術だよ。俺は君の心を意のままに操る術を取得してる」
「はあ? そんなもの現実にあるわけないでしょ? バカにしないで!」
「ほい、催眠」
「おあ"っ……え、キモいアンタのこと……なんでこんなに好きになってるの?」
「ほい、催眠解除」
「ひっ……はっ、はっ……き、嫌い! やっぱりアンタは嫌い! 間違いない! どうなってるの!?」
さて、ナナの催眠に総掛かりする前に、ここらで俺が逆転移してきた理由を解説しておこう。
先に述べたように気分転換が第一の目的、そして第二の目的は”催眠魔法の実験”だ。
今<エルトリア>世界には、捉えどころのない不穏な空気がわずかに漂っている。杞憂ならばよいが、恐らく脅威となる対抗勢力がいるのだ。魔物はあらかた叩き潰したはず、ならば消去法でその対抗勢力とは”人間”だ。
そして、対魔物では威力を発揮しにくかった催眠魔法が、対人間では猛威を振るう。その実験、威力検証、練度向上、新開発こそが今必要なことだ。<意志の力>だけでは、これから来るであろう難局に対応できないかもしれない。
簡単に言うと、俺は修行の為にここに来た。
<エルトリア>の住民は多かれ少なかれ魔法素養があるから、そういう催眠魔法をガンガンかける実験はできないのである。やろうと思えばできるけれど、毎回毎回確率で催眠を弾かれて時間がかかる。
それよりも、こっちの世界の取るに足らない奴で試す方が効率的ってわけだ。ゆったりとした高校生活を楽しみながら手ごろな対象を探していたが、向こうからネギを背負ってやってきてくれた。
ありがとう愚かなナナ、たっぷり利用させてもらうよ。
実験その一。情報吸い上げ性能も試してみる。ついでに「ほい、催眠」とか毎回唱えるのも疲れるので、手をパチンと叩くだけでかかるようにチャレンジしてみよう。
早速、情報を吸い出しながら繰り返し手を叩く俺。始めは偉そうに仁王立ちしていたナナも、俺がパチンと手を鳴らすたびに余裕がどんどんなくなっていく。
「ふっ……ふっ……キモイ……ありえない、こんなのありえないって……」
「ナナ、スリーサイズを教えてくれよ」
「はぁ?! ゴミシュウタ! そんなのいうわけ」 パチン
「あ"あっ……90-57-88です……」
おお、でけえ。よくそれで陸上部なんて出来るなあ。しかも毎回大会新記録、信じられん。将来、いや今すぐにでも元気な子供を育てられそうな素晴らしいスタイルだ。
その文武両道娘が、全身から汗を垂れ流しながら膝を笑わせている。
「あ、ついでに手を鳴らすたびに俺への好感度ガツンと上げるようにしてるから。自分の心が不連続でぐちゃぐちゃになる感覚を存分に楽しんでね」
「や……う、や……殺してやる……」
「ナナは今彼氏いる? 好きな人は?」
「ふっふっ……ふーっ、ふーっ……! 言わな」 パチン
「お"あっ……彼氏は居ない、けど昔からずっと気になる人がいます……」
へえ、意外と純情なんだな、見た目に似合わず。よく問いただすと誰とも付き合ったことも、男と遊んだこともないらしい。
膝の笑いが耐え切れなくなったのか、どんどん美しい両脚は曲がり、ナナは中腰になっていく。
「んじゃ、そいつのこと大嫌いになってね」
「それだけは、お願」 パチン
「んぎっ……あ、ああああ……! 私の、初恋……! あれ? おかしい? 全然悲しぐない"……」
残念、その想いは二度と戻らないけど、これからも新しい恋を頑張ってね。
中腰体勢もこらえきれなくなったか、両膝をだらしなく開いてこちらへ向き、腰をどんどん落とし、遂には尻をかかとに付けたままつま先立ちになる。ありていに言えば蹲踞の体勢だ。
「ナナ、君の実家は大富豪だけれど、その財産全~部欲しいんだ。どうすれば上手くいくかな?」
「……子供の私が…ひっ、知るわけないで」 パチン
「ひぃい"っ……両親の体調に不安があって、生前相続を今考えてる。その相続先が私しかいないの……だから、わ、私の許嫁になっちゃえば……でも……」
こりゃあ良いことを聞いた。この後さっそく実行しようね。
胸の下で組まれて警戒心を示していた両腕は解け、力なく両耳の隣に掲げられている。手を上に掲げ、蹲踞の体勢。眉毛は困ったようにハの字に寄せられ、ルージュが入っている口はへらへらと波打ち、舌はだらしなく俺に向かって差し出されている。
これは催眠で強制していないはずだが、ナナが無意識のうちに判断した降参のポーズらしい。降参しても許すつもりはないけど。
「パチンと手を叩くとその度に感情がぐちゃぐちゃになるでしょ? これ繰り返すとその内容が脳に刻まれるんだ。それが永久催眠に繋がって、俺への好感度がMAXのまま固定される。代わりにちょっと頭がパーになっちゃうけど、いまから始めるね?」
「……ま、参りました……おねがい、アタシがわるかったです……全部謝ります……許し」 パチン
「あっ……はい、シュウタ様、愛しています! 永久催眠お願いしまーす!」
「じゃ、遠慮なく」
ぴしりと右手指先を綺麗に揃えて額に当て敬礼、自主的に永久催眠を受け入れたナナの為に、俺は早速工程を開始した。
パチンパチンパチンパチンパチンパチンパチンパチンパチン……
「俺のこと愛してる?」
「……あっがっあっ……あ、愛しています……ふ、ゆぅ……」
脳へ過負荷がかかったらしい。ナナは遂に耐え切れなくなったのか「こてり」と後ろ向きに倒れ、犬が主人に向ける体勢になった。
倒れた勢いで後頭部をぶつけそうになっていたので、慌ててなんとか支え、俺はナナの頭を両手で包み込む。まだ十分に刻み込んでいないが、実に幸せそうな笑みを浮かべている。……もういちいち手を叩くのも面倒だな。
実験その二。頭部を直接手の平に抱え、最高速で催眠オンオフに挑戦。
実験の下準備に<完全抗魔法の指輪>のレプリカをナナの左手薬指にはめる。全ての悪影響魔法を排除するこの<完全抗魔法の指輪>は充分数確保しており、ソフィーたちにも与えている。
ナナに与えたこのレプリカはその派生品で、抗魔法確率を零~百パーセントまでの範囲で調節できる俺の新開発品だ。まずは五十パーセント、<エルトリア>の平均的な人々の魔法素養を模擬して始めてみよう。
この催眠DoSアタックで高い魔法素養の人にも通じる催眠魔法を会得する。
「手を叩くのも痛くなってきたわ。面倒だから直接行くね、ナナ? 秒間十回の催眠オンオフ、一生に一度の頭がパーになる感覚、覚悟は良い?」
「えっ……そ、それは」
「俺のこと愛してる?」
「はい! 愛しています!」
バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ…………
しばしば抗魔力が発動するが、圧倒的な物量攻撃になすすべなく抗い漏らしている。俺は指輪の数値を徐々に上げていき、数値は九十九パーセントまで達した。なかなか通りにくくなってきたので、俺は問答無用でオンオフをぶん回す。
「ふむ、秒間百回なら抗魔力九十九パーセントにでも永久催眠が効くことを確認。ここで百億人に一人の割合だな。……流石に百パーセントには無理か。そういう手合いが居たら、別の方策も考えなくては。よし、定量化実験終了。続けて耐久試験もやっておこう」
周期的に腰をビクビクと跳ね上げるナナ。
彼女の脳内のちぎれてはいけないシナプス接続がちぎれ、繋がってはいけないシナプス同士が繋がる。他人を好きになるという機能が読み取り専用へと替わっていく。そしてナナの頭脳が、明晰で世界に羽ばたく頭脳が、偏差値八十の天才の頭脳が、ものの五分でズタズタのパーに成り果てた。
こうして全国模試トップのギャルは、一日で偏差値を五十落としたのだった。
もちろんこんなもので復讐は終わらせない。さらに追い打ち、何も知らないナナに服従のルーンも刻むことにする。疲労困憊で頭の回転も極限まで落ち込んでいるナナは、俺の言葉が染み込むように素直に従う。
「タトゥーシールみたいなもんだよ。すぐに見えなくなるから安心しろ」
「…………はい……」
「お前はそのまま全てを差し出す感情を強くイメージしろ。あとは首元をこちらに見せて、目をつぶっていろ」
「……? ……はい……」
「よし」
キィンと妖しく赤い光がナナの首元に輝き、取り返しがつかない契約は滞りなく完了した。
「へぇ、こっちの人は魔力抵抗がゼロだから、操る魔力も本当に少なくて済むんだなあ。ナナ、俺のこと愛してる?」
「はい! 愛しています! えへへっ、けいれーい!」
満面の笑顔でナナは応えた。下半身はゆるりとガニ股中腰で立ち、上半身は背筋を綺麗に延ばし、ぴしりと敬礼、左手でピースするそのちぐはぐ姿、だが本人には一点の戸惑いもない。
うんうん、そういうアホっぽい笑顔の方がギャルっとした見た目に似合っていて可愛いな。さて、実験の方はこんなものでいいだろう。他にもまだまだやりたいことはある。
俺はナナの左膝を掴み、ぐいっと持ち上げた。天にまっすぐのびる左脚に対して、その真下の地面にしっかり付いた右足にはほんの軽い魔力を流しているだけ。それでも、どんなに人体工学的に無理な体勢だろうが『首輪』の効果でビクともしない。
場違いで間抜けでぴしっとした敬礼も崩さないよう言い含めた。幸せそうに応えるナナがつい愛おしくなって、俺はつるつると可愛らしい左膝裏に口づけする。
ナナの美しいくびれを両手で優しく撫でると、溢れんばかりの征服感が俺の全身を駆け巡った。
夕日は一向に落ちる気配がない。
――
ナナの実家に訪れたときのことは後日談、ボーナストラックみたいなもの。大して酷い事はしていない。一応簡単に抜粋していこう。
幸せで頭がいっぱいのナナは、早速実家に戻り許嫁として俺を両親に紹介した。
怪訝そうな顔の両親には寛大にも一時催眠だけで勘弁してやり、ナナの実家の会社の株式をある程度頂戴しただけで許してやった。次の通りナナも承知済みだ。
「ナナ、ご両親との公平な相談の結果、お前の実家の株式だけど三十三パーセントが鷹宮家、七パーセントが俺の部署、五十九.九九九九パーセントが俺個人に分け与えられることになった。株式以外の財産も全て俺が引き取り。残りは全部お前に相続だ。天才のお前なら当然自分の取り分は分かるな?」
「え、えと、さんじゅう? えと、わからない……です、計算できない。繰り上がりと、小数点がむずかしい……」
「そうか、ちゃんと残ってるから安心しろ。俺のこと愛してるか?」
「はい!」
こいつの実家のどでかい風呂では、ナナが一緒の湯につかり笑顔で酌をしてきた。酒蔵から一番高価な順に持ち出してきたらしい。よしよしと、パチリパチリと頭を撫でてやると幸せそうな顔で笑っていた。
「あー良い風呂だった。それじゃあ寝るか、おやすみナナ」
「あの……シュウタ様、さっきの頭パチパチってやる奴……もう一回やって欲しいです。あれ、すごく幸せです……」
「ん? ナナは甘えん坊だな。しょうがない。いいよ、ナナが寝付くまでは側にいてあげる」
「ありがとうございます! 愛しています、シュウタ様!」
そういって寝具に横たわるナナの頭を撫でてやり、パチリパチリと催眠をかける。もう好感度は動かせないので、副作用が増えるだけなのだが幸せそうなのでいいだろう。実に心地よさそうな笑顔でナナは眠りにつき始める。
パチパチパチパチパチ……
「あの……シュウタ様。アタシ、ちょっとよくわからなくて怖いんですけど……これからアタシはどうなっちゃうんでしょうか?」
「ん? そうだな、君の実家は取りあえず資産を全部失うことになるよ。色々手続きがあって時間はかかるけれど、一年以内には全て俺が吸い取らせてもらうことになる。でもナナは構わないね?」
「……はい。でも、その後アタシはどうすればいいの……? ぜんぜんなにもわからなくて……」
どうやら色々空っぽにしたことで、何かを判断する材料が乏しくなってしまったナナ。漠然とした不安がナナの中にあるらしい。余りにも哀れに思え、俺は救いの糸を差し伸べる。転移すればいいのさ。
「そうか……<エルトリア>っていう楽園があるんだけれど、そこに俺と一緒に行く? きっと楽しいよ?」
「はい! ぜひ行きます!」
「んーでもなあ。ナナには何の能力も無いから、布教も研究も諜報も出来ないだろうし……。そうだ! 俺の<荷物持ち>にクラスチェンジしたらいいよ。そうしたらずっとこうやって、上から頭を撫でてあげられるよ。俺のこと愛してる?」
「はい、やります! 愛しています!」
パチパチパチパチパチ……
そして夜は更けていく。
――
後日、ユキにナナのことをどう思っているか尋ねてみた。
ナナを取りあえず制圧したのはいいけれど、ユキとは仲が良かったようだからな。ユキの親友だったら、うーん、ユキに免じて容赦してやってもいい。というわけで、ナナとどんな仲だったか聞いてみると、サラリと髪を流してユキは言った。
「ああ……たまたま見た目が良かったから、たまたまつるむ様になったの。女の子のグループって、まずそういう見た目で分かれるのよ。知らなかった? だから別に好きでも親しくもなかったわ」
と、こんな感じだった。……女って怖いな。それじゃ余す所なくいただきます。
全ての女の子を幸せにしたい。そういう話を目指しています。




