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第三話:金貨と五百円玉

 硬貨はどのように価値を担保されるか。


 それには二種類ある。


 一つ目は五百円玉のように国家が価値を保証し、それを利用者が信用する場合。もう一つはかつての金の大判・小判のように、硬貨そのものに希少価値の高い材料(――ここでは金)が使われてる場合だ。後者の場合、その硬貨を鋳潰してしまっても、そもそも材料が貴重なので価値は担保される。


 ここで今回の戦利品山分けの話を戻そう。


 各部隊や<魔法使い>たちは金貨を十分量入手できた。言い換えれば、金と言う希少価値の高いものを持ち帰ることが出来たのだ。


 中央銀行など必要ない。誰かがその硬貨の価値を担保する必要もない。金貨を商取引で使うなり、鋳潰して美しい装飾品にするなり、その装飾品を物々交換に使うなり。いくらでも使い道がある。


 では、五百円玉を白金製と勘違いして、ありがたそうに持ち帰ったボルドーは……彼の持ち帰った価値とは一体何なのだろうか。


――


 根拠地<エレナ>に戻る前に俺は、早速<転移珠>を起動してみた。


 今改めて転移することに特に理由は無いが、運用テストってやつだな。こういう回数制限のない重要アイテムはガンガン使っていざという時の慣れておいた方がいいだろう。ま、ラストエリクサーは毎回残しちゃうんだけど……。


 と、早速起動してみて気づいたことが一つ。なんとこいつはAIのようなものが搭載されており、会話方式で操作や質問ができるらしい。


『転移先を選択してください』

「ええっと、その前に確認したいんだけど、装備とか持ち物とかも持ち込めるのか?」

『今の所持品を選択的に持ち込めます。不要なものは一時的に<転移珠>に保管できます。また、<転移珠>本体は登録者の体内に溶け込ませて収納できます』

「マジかよ……便利だなあ。それじゃあ、取りあえず元々住んでた町にあるゴールドショップに行くよ。持ち込みは服と小物袋とこの金貨三枚で。あ、今後服の持ち込みはオートにしておいて」


 いざ<転移珠>を起動したとたん、ほんの一瞬だけ世界が暗転する。


 いや、暗転と言うには明るかった気がする。上手く表現できないが濃い水色、淡い紺色。そう、夜色というべき薄暗い暗転に、星のような輝きが散らばっていた。


――


 気付いたらそこは見知った商店街だった。


 建物の直線具合が懐かしい。あっちの世界では、まだ程度の低い木造建築が多いからな。電信柱や電線も久しぶりに見た。


 電線をしげしげと眺めていると、空の色が幾分くすんでいることに気付く。こっちは随分空気が悪いらしい。排気の匂いかタイヤのこすれる匂いだろうか、こっちの空気は随分体に悪そうな匂いだ。うーん、文明の進度と環境の破壊はトレードオフ、どちらの世界も一長一短ってことか。


 少しの間周囲をきょろきょろと見回し、懐かしい感覚に触れる俺だったが……さて、そろそろゴールドショップに入るとしよう。高校生の俺は初めて入るが、入店すると店員が応対してくれる。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?金の買取でございますか?」

「あ、はい、ええと、外国の記念硬貨みたいなんですが……親戚の家の倉庫から出てきて」

「……?はい、かしこまりました。確認いたしますのでこちらの窓口で少々お待ちください」


 俺は小物袋に入れていた金貨三枚を手渡す。店員は少し珍しそうな顔をしていたが、たまにあることなんだろう。金の純度を確認し、相当する代金を算出している。カウンター越しに覗いてみたが確認作業は少し待っていただけで済んだ。


 ただ、店員の表情をみるにどうやら少し警戒されたか。


 俺くらいの年齢でこれ程の量を換金する客は少ないのかもしれない。俺は店員に右手をかざし、向こうの世界で学んだ<催眠魔法>をふわっとかける。例え初歩魔法だとしても、魔法に関する知識や魔法抵抗が全くない店員は簡単に暗示にかかってしまう。


 たった今不思議に思ったことを思い出すことなく、支払い作業を進めている。実は<意志の力>にも色々装備品でブーストして魔法を使えるのだ。


「お待たせいたしました。こちら金百グラム相当での買取とさせていただきますが、いかがなさいますか?」

「はい、それで買取お願いします」

「かしこまりました。お客様、こちらお代金のご確認をお願いいたします」


 ついでに言っておくと、催眠魔法で金額自体をごまかすこともできた。


 だが冷静に考慮すると、バッチリ監視カメラがある中でそれはマズい。今はまだ、この世界では極力合法的な振る舞いに努めたほうが賢いだろう。そもそも俺はこの世界では死人or失踪者なわけだし、少しでも疑問を持たれるのは良くない。……いつかはこちらの世界で魔法の力を存分に振るう、という野望はあるがね。


 こうして手に入れた数十万円の軍資金の一部を、俺は銀行で大量の五百円玉に両替した。


 ジャラジャラと鳴るのがやや喧しいので、テープで五十枚つづりの棒状に固定してもらう。なんだか漫画とかに出てくる銭投げの暗殺者みたいだな……。これ程までに大量に五百円玉を持ってるものは全国を探してもそう居ないだろう。


 さて、今回こっちの世界で欲しいのは取りあえずこれだけ。運用テストも上手くできたようだ。他に何か追加で欲しければまた転移してくればいいことだし、いったん向こうの世界に戻るとしよう。


 俺は再び<転移珠>を取り出し、あっちの拠点の<エレナ>に再転移した。


――


 再転移を済ませ<エレナ>の町に戻ると、戦勝祝いの祭が開催されていた。


 俺が凱旋一番乗りのようだ。


 それにしても、おいおいこの規模の祭は魔王を打ち倒すよりも先……どころか俺達がここを出発してからすぐに準備しなければ開催できないはずだろう……。魔王討伐を信じてくれていたのは素直に嬉しいけれど、相変わらず少しズレていて奇妙でのんきな町だ。


「よぉシユタ、よく帰ったな!魔王討伐お疲れさま!」

「シユタ殿、ご活躍はお聞きしております、是非今夜はうちの旅館に泊まっていってくださいね!」

「シユタ、アンタはいつかやると思っていたよ!<転移人>でもアンタの魔法は世界一だ!」

「シユタ様……今晩は何かご予定がおありですか?」

「あれ、ソフィーやボルドーは後から来るのかい?」


 一人で町の門をくぐると、<エレナ>の町の人々が俺の凱旋を歓迎してくれる。


 そういえば<転移珠>で飛んで、また戻ってくる先をこの町に指定したから、疑似的な瞬間移動のようなものだ。魔王の洞窟からここまで結構距離があるからな、ララたち<魔法使い>が箒に乗った巡行速度でも、到着するまではまだ時間がかかっているらしい。


「みんな、ただいま。ソフィーやララの協力でなんとか魔王を討伐できたよ。あっそうそう、この硬貨はお土産だよ。魔王の洞窟を帰る道中で宝箱を見つけたんだ」


 俺は先ほどゴールドショップで手に入れた軍資金、五百円玉を一人一人に数枚ほど分け与えていく。


 念のため、再転移を自由にできることは伏せておいた。あっちの世界で手に入れたのではなく、この世界<エルトリア>でたまたま見つけたという方便を使わせてもらう。


「これ、俺が元々居た世界で五百円玉って呼ぶんだけどさ、これ一枚で結構な買い物ができるんだよ。まあ、”この世界では何の価値もないけれど”魔王討伐の記念だと思って受け取ってくれ」


 <エレナ>の町のみんなはすっかり祭りの上機嫌で五百円玉を受け取り、戦勝記念硬貨として喜んでいる。初めて見る硬貨に物珍しさもあるのだろう。


「へぇ~、綺麗な硬貨だなあ」

「向こうの世界のお金ってどれくらいの価値なんだ?」

「こりゃ白金か?銀かな?どちらにしても鋳潰して調度品にしてしまうかね」

「おいおい、せっかく凄い細工なのにもったいないぜ」


 と、町の人達がこの硬貨の価値に戸惑っている。ここでしっかり本当のことを喧伝しておこう。ボルドー、今までの暴言のつけは払ってもらうよ。改めて、この硬貨の価値が低いことを強調してやる。


「みんな、この五百円玉はほとんど銅製、銅貨みたいなものだよ。俺が元居た世界のちょっとした特殊な鋳造技術でこの色合いを出しているんだ。鋳潰したら……普通の銅だね。価値が全くないことは無いけれど”そこまで珍しいものでもない”さ」


「なあんだ、銅貨かい」

「シユタの世界は銅を白金に見せることができるのか、結構すごいな」

「言われてみれば重さは銅っぽいな。珍しくないってことは、つまり価値は少ないってことだろう?」

「でも綺麗だね」

「そうだそうだ、鋳潰すなんてもったいない。こいつは戦勝記念だぜ。いい機会だ、額にでもいれて飾っておこうか」


 さて、戦勝祭を再開する前に、一言おまけに加えておこう。


「俺が元居た世界ではありふれた硬貨だし、もしかしたらこの世界にまだまだ魔王が持ち込んだりしているかもしれない。旅をしていて見つけたらまた持ってくるよ。……それじゃあ、祭を続けようぜ」

「「おおーっ!!」」

「それじゃあ飲み直しだ!ソフィーたちが帰ってくるまで一晩中続けるぞ!」


 町の人々の歓待で魔王を倒した実感もぞくぞくと湧いてきた。俺達は朝日が昇るまで騒ぎ続けるのだった。


――


 次の日、ボルドーが帰還したら、五百円玉の価値はすっかり大暴落、いや正しい価値に戻っていた。


 なぜなら、と言うまでもないだろう。ありふれた銅貨、これの価値を担保してくれている日本国政府はこの世界にいない。しかも、戦勝記念硬貨なら一人一枚あればあえて大金を出してわざわざ二枚目を欲しがる奴もいない。おまけに、これからの供給量が増えると分かっていれば希少価値もない。


 と、いうことを祭の参加者、つまり町のほぼ全員が把握していたのだから当然であろう。


結局、一枚で豪邸どころか、十枚すべてを使っても祭の屋台一つすら利用できないボルドーが膝をついて絶望している。


「そ、そんな、バカな……!俺様の唯一の遠征成果が……!」


 こうしてボルドーの遠征は大赤字に終わったのだった。どんまい。


――


 ボルドーに誅罰を加えすっきりした。が、俺はこの<逆転移>で久しぶりの元の世界を歩き、そして両世界のモノを持ち込み合って、ある失敗に気付いた。


 詳しいことは追い追い説明するが、元の世界はハッキリいって忌々しい切り捨てたい世界。転移先の世界はボルドーや残りの魔王幹部など幾らかの対立分子はいるが、ソフィー、ララたちやこの町の人たちなど、俺を慕うものも非常に多い住みやすい世界。


 ならば、当然俺は転移先の世界を応援したい。繁栄させたい。……できるなら支配もしたい。今回はたまたま、<転移珠>の運用テストのために両世界で普遍的な価値を持つ金を持ち込み、うまく両世界間で所持品を持ち込むことに成功した。


 だがはたして、今俺が金をあちらに輸入したことで、得をしたのはどちらの世界なのだろうか……?総合的に豊かになったのは……、あちらの世界だ。こちらの世界は使い道のない五百円玉しか輸入していない。俺は応援したい世界の価値を目減りさせてしまったのだ。


 それに気づいたときにバチッとした『ある』ひらめきと、くだらない元の世界の記憶が蘇ってきた。

これからもこんな感じで、主人公は知識で無双します。


二日に一話は投稿します。今のところ時間は午前中になりそうです。

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