第一話:魔王決戦と戦利品
最強主人公シユタが転移先だけに飽き足らず、転移元まで征服する物語です。
魔王の右腕がはじけ飛んだ。
何千も居た取り巻きは既に全滅した。残すは目の前の魔王ただ一人。無尽蔵に思われた奴の魔力も、徐々にすり減り底を突きつつある。
追い詰められた魔王は、絞り出すように<蝿>の群れを召喚した。
その真っ黒な<蝿>たちが討伐部隊の一つを包み込む。一拍置いて<蝿>の群れが離れると、穴だらけなった兵士たちが崩れ落ちる。召喚術一つでこれだけの威力、間違いなく今までで一番の強敵だ。
「また新しい形態か……手下と比べても桁違いにしぶといな」
「おいこら、<転移人>! サボっているんじゃない! キリキリ働け!」
俺、――シユタが魔王の戦力を冷静に分析しているところに、ボルドーが野蛮な叫びを投げかけて来た。
ボルドーは魔王討伐部隊の一つを率いている男だ。この異世界の宿敵である魔王、それを棲家の洞窟に追い詰め討ち果たすために俺達は集まった。
すなわち最終決戦。人間勢力全員集合。まさにラスボス戦である。
とはいえその実態は呉越同舟。好ましい人物も居れば嫌な奴もいる。ボルドーはこの世界の生え抜きという優越感からか、いつも鼻持ちならない態度を向けてくる。私兵も持っており周りから一目置かれる人物だ。
そのボルドーが繰り返し叫び、指示を飛ばしてくる。
「<転移人>、お前が盾になれ! 俺の兵隊がやられているだろうが!」
「落ち着けよ、ボルドー。ちゃんとやるからそこで踏ん張ってくれよ」
「うるさい、俺は冷静だ! いいから何とかしろ!」
ボルドーが言う<転移人>とは俺のことだ。少し前にこの世界に転移してきた。
その経緯はそこそこ長くなるので追い追い説明するとして……<転移人>は原住民から見れば外様、新入りだ。ボルドーは侮蔑のニュアンスを込めて<転移人>と俺を呼ぶ。俺の方も粗暴なボルドーのことは好きになれない。
ボルドーの醜態が見るに堪えず、視線を戦況へと戻す。
四方には味方の<魔法使い>が多数配置されていて、絶えず呪文を唱え続けている。次々と火力魔法が魔王へ降り注ぐが、残念なことに高速で飛ぶ魔王には効果が薄いようだ。周りの<蝿>たちも散らばって飛び回り、ほとんど数を減らせない。
「あの速度を足止めするか、こちらも対抗できるくらいの速度がいるな……」
「<転移人>んんんんん! いい加減にうごけ! サボるな、働け!」
わかったわかった今やるからそんなにツバ飛ばすなよ。手勢がほとんど残っていないボルドーが叫んでいる。もはやボルドーの私兵を(――奴は気づいていないようだが)敵戦力分析の盾に使わせてもらうのは時間の限界だ。俺が前に出るしかない。
そう決意した俺は<巫女>のソフィーを頼ることにした。
ソフィーは転移してから初めて出会った住民。精霊崇拝の<巫女>。転移以来俺を良くサポートしてくれている。<巫女>の予言とやらで、<転移人>である俺が魔王から世界を救う、とすっかり信じ切っているのである。
俺より年下でまだあどけなさが残るが、金髪が煌めく美しい顔立ちの少女だ。ソフィーと出会って数か月というところだが、会話の時に豊かな肢体を寄せられるのにはなかなか慣れず、いつも少しドキッとする。
ソフィーは様々な補助魔法や回復魔法を得意としていて、ゲームのイメージで例えるならば僧侶や賢者、白魔導士のようなものだろうか。彼女の力が今は必要だ。
「ソフィー、身体強化を頼むよ」
「はい、シユタ様!」
魔王との決戦でソフィーも意気込んでいるのだろう。普段は柔らかな物腰のソフィーが、いつになく緊迫した様子で俺に身体強化を施す。
全身の血管や神経をソフィーの魔力が淀みなく巡り、俺の身体能力が活性化する。筋肉や心臓、肺にも魔力が供給され、筋力、心肺能力、視神経が普段の何倍にも強化される。これなら高速で飛び回る魔王にも肉薄可能だ。
洞窟の壁を蹴り、一気に加速して魔王に迫った。
距離を詰められた奴の表情に、焦りの色が浮かぶ。広く飛び回り、味方を蹂躙していた<蝿>の群れを呼び戻して守りを固めている。が、その分<蝿>の動きも単調。群れでひとかたまりになって読みやすい。
「よし、このチャンスは逃がさない!」
防御を整えようと、一瞬魔王にできた隙を逃さず畳みかける。
俺は、強く、強く念じて眼前に<カワセミ>の群れを召喚する。宝石のように眩い煌めきたちが、青色と翠色の群れが魔王に突進していく。
魔王の<蝿>たちを、<カワセミ>が次々に捕食し始めた。どんなに縦横無尽に飛び回る<蝿>でも、<カワセミ>の飛行能力と滞空能力にはとても太刀打ちできない。
<意志の力>――これが転移先の世界で手に入れた魔法だ。
念じるとその強度に応じて、強力な使い魔や現象を生み出すことが出来る。一軒家ほどある<象>でも、その象を倒せるほど凶暴な<蟻>の群れでも、蟻の巣を根こそぎ洗い流す<洪水>でも。意志さえ強く持てば呼び出せる、対応力の高い能力だ。
俺は人並み外れた<意志の力>で世界の頂点まで上り詰めた。
<カワセミ>のおかげで<蝿>をあらかた排除すると、突然魔王が<墨>のような障壁を展開した。波打つ縞模様が何重にも魔王の周りを覆っている。代わりに魔王が纏っていたマントが剥がれ、奴の実体が見えた。
そこへ、追いついてきたソフィーが俺の耳元にささやく。
「シユタ様……あの姿は、予言の魔王の姿に瓜二つです」
「なるほど真の姿、最終形態ってとこか……いよいよ奴は後がないな。一気に決めるぞ、ソフィー!」
「はい!」
奴の<墨>に阻まれて、もはや味方の火力魔法は全く意味をなさない。ボルドー勢は結局時間稼ぎ以外は役に立たず、どこかそこら辺の岩の陰に縮こまって隠れている。やはり俺が何とかするしかないようだ。
俺はさらに念じて後方に巨大な<ゴーレム>を一体召喚し、続けて<カワセミ>たちを<墨>の魔法障壁に突入させた。<ゴーレム>がゆっくりと立ち上がる。
一方、<カワセミ>たちはまるで水中の餌をとる構えのように「カシャッ」「カシャッ」と眼球を膜で覆い、高速で魔王の障壁を突き進んでいく。
魔王の<墨>に対抗し、こちらの<カワセミ>がぶつかる。なんとか障壁はかなりの部分を引き裂いたが、力尽きてバラバラに散っていく<カワセミ>たち。それを見て魔王がほくそ笑んでいるが見えた。
<カワセミ>は壊滅、追加で生み出していた<ゴーレム>の立ち上がりも悪い。これ以上こちらの攻め手が続かないと判断したのだろう。
「油断したな。だが甘い!」
始めは動きがのろく見えた<ゴーレム>が、周りに飛び散った魔力を吸収していく。
俺は、<意志の力>でこの<ゴーレム>に魔力吸収と、それを使った強化・加速の特性を付与していたのだ。<カワセミ>たちでは魔王本体を狙わず、奴の障壁をそぎ落とすことに集中した。これによって奴の守りは剥がれ落ち、周囲には大量の魔力が滞留している。
魔王本人の力を吸収した<ゴーレム>のこぶしが、魔王に直撃した。
―――
こうして俺は魔王を打倒し、転移先の英雄になった。ハッピーエンドだバンザイバンザイ。俺は可愛いソフィーと一緒にこの異世界で末永く幸せに暮らし、多くの孫に看取られて一生を終えましたとさ。
と、いう感じで話は終わらなかったのである。
さて、大分長くなってしまったがここまではほんのプロローグ。あの魔王がなかなか強かったので手間取ってしまったが、ここからが本題なのだ。決戦場の奥にあった横穴をくぐると、魔王の住まいらしい空間があった。
「おお、この洞窟の先に魔王の寝床があるぞ! 奥に奴の財宝も眠っているはずだ!」
「「さすがボルドー様!」」
「よし、お前たちひとつ残らずかき集めろ! 隠し扉やら仕掛けやらの裏もくまなく探せ! 根こそぎさらい尽くすんだぞ!」
目ざとく宝のにおいを嗅ぎつけたボルドーとその配下が喚いている。残念なことにボルドーは<蝿>の攻勢から生き残っていたようだ。自慢の私兵はたったの二人しか残っていないようだが。
しかし、やれやれ宝の気配を感じたなら黙って独り占めをすればいいものを、そこまで頭が回らなかったらしい。このままネコババはさせないように目を光らせておけば、勝手に手あたり次第に宝を集めてくれるようだ。バカとなんとかは使い様ってやつだな。
実際、魔王の寝床とその財宝庫となれば何らかの罠が潜んでいてもおかしくはない。そこまで望むのなら、ここはボルドーに地雷原を渡らせてやってもいいだろう。重要なのはその先の財宝である。
今まで倒してきた魔王幹部の戦利品を思い起こせば、奴らの討伐後は非常に強力な上級装備を獲得できた。ましてや魔王本人の財宝ならば、この世界で最も強力な効果を持つ最上級装備が数多く保管されているかもしれない。他にも希少価値の高い、独特な効果を持つアンティークなどが眠っている可能性もある。
そいつは是非ともボルドーに渡さず、手に入れたい代物だ。
「シユタ様、魔王の財宝とは一体どのようなものでしょうか……?」
「ああ、早速俺達も見に行こう」
「ええ、是非!もしかしたら予言に伝わる至宝の数々が眠っているかもしれません」
ソフィーが勝利の高揚を隠しきれない様子で話しかけてきた。ソフィーら<巫女>の予言はいくつかあるが、今のところ外れたのを聞いたことがない。
「へえ、至宝って一体どんなものなんだい?」
「それが……予言には具体的な宝の形は残っていないのです。ただ至宝、と記されているのみで」
「ふーん……?まあ実際に見てみればわかるか……」
ボルドーたちの仕掛け罠にかかり叫ぶ声が、歓声に変わる。よし、このルートが安全か。
奴は今回時間稼ぎ以外の何事もしていない。周囲を取り囲んでいた魔法使いたちやその他の部隊もほとんど戦果を挙げることが出来ていなかった。
そう考えると本作戦のMVPは俺、次がソフィーなのだから、戦利品の山分けは非常に有利に事を運べるだろう。一体どんな最上級装備や、強力なアンティークが眠っているかを想像して、俺も興奮が抑えられなくなっていた。と、洞窟を抜けたその先で俺が目にしたのは、つまり魔王の遺品を山分けした中には――
『最強』のまま転移前に戻れる至宝のマジックアイテムがあったのである。
寄り道はするけれど挫折はしない物語です。読んでいて嬉しい作品を目指します。
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