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異世界に家ごと転生した話  作者: なずく
2/22

持ち得たものは

「王室使用人の応募だろ?」


簡潔にそう述べる青年は事務的な態度だ。緑の衣服の胸ポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認している。

「はぁ」

圭人には間の抜けた返事をすることしかできなかった。王室?使用人の応募の列についうっかり並んでしまったらしい。違いますと言って列を抜けようかと考えた。だが、よく考えると異世界に何故か来てしまった以上帰り方がわかるまでは異世界のここで生きていくしかない。働かざるもの食うべからず、仕事がなければ帰る前に野垂れ死んでしまうかもしれない。ここはひとつ賭けに出てみよう、とここまで一息に逡巡し、首を縦に振った。


「では上納品としれお前の持ちうる高価なものを差し出せ。これは担保だ。お前が悪い働きをしないか見るための保険と言っていい。さぁ、何を持ってきた?」

「そんなこと言われてもなぁ」


寝て起きて着の身着のままで異世界までちょっくら来てしまった身だ。持ち物といえばポケットの中以外にない。スマホはここで渡すのはリスキーすぎる、もっと効果的な場面でないと貴重すぎる気がした。

他に何かあったっけ・・・。

圭人はポケットの中をまさぐった。出てきたのはミントタブレットと、そしてティッシュのみだ。


「それは何だ」

「あー、こっちはお菓子。ミント味の。ほら、あれだよ、小さいキャンディみたいな?」

「ミント味?聞いたことない味だな。しかしただの菓子が担保とは、それでは腐ってしまうではないか」

「えっとじゃあ、これ・・・?」


圭人すらも疑問形で差し出すそれはポケットティッシュ。駅前のパチンコ店で貰った安物の奴だ。新規開店の文字がでかでかと飾られている。


「てぃっしゅ?聞いたことのない代物だ。ちょっと見せてみろ」


検査官にティッシュを差し出した圭人は気まずさを全身に感じながら彼がまじまじとティッシュを調べるのを眺めていた。

どうやらこの世界にはティッシュがないらしい。というか電気とか機械っぽいものに今まで出会っていない。荷物運搬もドラゴンにやらせていたし、文明はそれほど高くないのかもしれない。


「表面はつるつるしている、透明だ。この表皮は何だ?ドラゴンの鱗を薄く伸ばしたような素材だが」

「あー、ビニールです、ね」

「びにーる?さっきから知らないことばかり言うなお前は。着物も妙だし̪シモワ辺域の者か」

「し、しもわ?」


さっきから嚙み合わない会話を続けている気がする。俺が異世界の常識について無知なのは当然なのだが、向こうも俺のいた世界の常識とはかけ離れているらしい。まぁ確かに工場とか無さそうだしな。


「ここから中が開く袋なのか。随分開けにくい袋だな。中身の白いものは布か?」


検査官はティッシュを慎重な手つきで取り出す。じっくりと眺める彼の眉間には皺が寄り、眼鏡を押し上げてしげしげと観察するようだった。

正直内心で圭人は焦っていた。やばい、高価なものとか言われながら駅前で絶賛無料配布されてるティッシュ出しちゃったよ。だってそれしかないし。こんなんじゃ絶対無理だよなぁ。不敬だ!とか言われて殺されたりしないよな?


シュッと軽快な音がしてティッシュが取り出される。朝日に透かされて白さが際立った。


「これは布か?絹のように薄いが手触りは違うな」

「いやぁ、どっちかというと紙?紙のほうが近いというかなんというか」

「はっきりしないな。紙にしては薄すぎるし柔らかい。文字が書けるのか?」

「文字はーーうーんと、書けーなくもないけど、結構きついっていうか、あんま書く向きではないっすね」


説明がしどろもどろになる。それもそうだ、ティッシュについて詳しい説明を求められたのなんて人生初の経験だ。ちり紙ともいうし紙なんだろうが紙としても用途はないし、どうにも困ったものだ。

首の後ろをかいてへらへらとごまかそうとする圭人を検査官は訝し気に見る。


「確かに珍妙なものではあるが、高価だろうか」

「あはは、どうなんでしょうね」


まさか無料で貰えますとは言えない。


「あら、監査中?」


圭人が答えあぐねているその時だった、横の白い建物から彼女が出てきたのは。


「は、クラロワ様。現在この者が見たことのない珍妙な品を差し出してきて審査中であります。」


「なに、どんなものなの?」


おもむろに検査官の手元を覗き込む彼女のうなじは白く輝いている。藤色の髪がはらりと肩に落ち、白い簡易なドレスのような衣服に影を落とした。まじまじと見つめる瞳は美しいアーモンド形で、縁どる睫毛は銀色に輝いて、少し桃色に色づいた頬は陶磁器に紅を差したかのようで。

まとめるとそれはもう激マブな少女がそこにはいた。


圭人はクラロワ様と呼ばれた彼女のあまりの美しさに一瞬呆けてしまった。ズキューンという効果音をつけてもいいくらいだ。この世にこんなに美しい人間がいるのか。動く人形じゃないかと。


「わぁ、柔らかい。これは何に使うものなのかしら。あぁ、これは良いわ!リーチェのお布団に最適だわ」

リーチェがお布団を被ってくれなくて困っていたのよ。絹だと滑り落ちてしまうし、綿だと鱗に引っかかってしまうし。と続ける彼女の唇は艶やかなピンク色だ。


「私、この者をお付きにするわ。きっと彼にしか編めない布なのねこれは。だから彼にこれを借りてリーチェの世話役を頼みます。」

「クラロワ様!ですが見たところ彼はシモワ辺域の者ですし、怪しすぎます。」

「出身地など関係のないものよ。彼には技術がある。私は気に入ったわ」

「クラロワ様!」


「ねぇ、あなた、私のお付きの者になって?」

「は、はひ」


拝啓 田中圭人16歳、美少女のお付きの者になりました。ティッシュを武器に。


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