圭人の一日
圭人の朝は早い。毎朝見知らぬ鳥のさえずりで起こされる時間は決まっている。こちらの世界では時計という存在はないが時間の概念はある。ゆえに朝のうちであれば何時に出勤してもいいのだが、外で羽ばたく鳥たちは時計のように正確に決まった時間に合唱を聞かせるのだった。それと同時に、窓を開けると焼けたパンの匂いもしてくる。近くのパン屋が毎朝開店前の仕込みをする匂いだ。こちらの世界のパンも、元の世界のパンと味は変わらず美味しい。圭人が朝食にいつも買っているくらいだ。
いつも通りに城の使用人服、と言っても質素なシャツとズボンだが、に着替えるとそのまま圭人は城へと出発する。窓から出入りする生活にはすっかり慣れてしまった。Amaz〇nで外から窓に鍵を掛けられるアイテムを買ったので防犯面もばっちりだ。相変わらず玄関は謎の力に阻まれて開くことはないが、それ以外に不自由する点はなかった。
朝の街は忙しい。まだ早いというのに人々はせわしなく動き、露店が立ち並ぶ道では皆が商売の準備に動いている。圭人は街のはずれの畑に一番近いところに住んでいるが、そこから城までの一本道にはずらりと店が並ぶので朝の挨拶には苦労する。すっかり街に馴染んだ圭人に皆、使用人の服を着ているせいか、仕事はどうだとか、クラロワ様の様子はどうとか聞いてくる。それに一つ一つ応えるだけでも城までの道があっという間に過ぎていく。
城に入ればいつも圭人より早く来ているロシェが出迎えてくれる。そして一緒にクラロワの部屋へ行き、お姫様だというのに勤勉に朝から起きているクラロワと挨拶をしてリーチェを預かるのだ。リーチェだけは自由人で朝から飛び回ったり、ずっと寝て居たりと様々だ。
圭人の仕事はもう一つ増えた。それがヨルネの世話だ。ヨルネは朝は弱いのかいつもベッドで目を擦っているまま朝の挨拶を済ます。ネグリジェ姿のヨルネは完全に幼い少女そのもので、とても愛らしい。しかし口を開けば見た目とは裏腹に年長らしい口調で話す、そのギャップが逆に面白い、と圭人は思う。
ヨルネの部屋まで朝食を運び、机と椅子をセットする。ヨルネが席に着いたらベッドメイキングをして部屋を軽く掃除する。現代日本の一般家庭にいた圭人にとって、中世ヨーロッパのような様式の部屋は真新しく、いままでベッドメイキングなんてろくにしてこなかったのでとても新鮮だ。
日中はヨルネは図書室に籠ることが多いのでリーチェの世話にかかることができる。庭でのリーチェの世話、兼調教には慣れてきて、いまでは名前を呼べば肩にとまってくれるまでに成長した。まだまだ芸を覚えるには至らないが、信頼関係は気づけてきたと感じている。リーチェに餌をやり、体を洗い、芸を覚えさせる。傍から見れば遊んでいるようにも見えるがこれも立派な仕事だ。度々クラロワが様子を見に来てくれるので、圭人はそれが嬉しくて精いっぱい頑張っている。ちなみにリーチェの布団として献上したティッシュは丁重に扱われており、7枚入っていたティッシュは毎日交換され、日干しにして丁寧にしまわれている。
そしてもう一つ、郊外の森への視察にも圭人はついていっている。なんでも定期的に魔力を注がないと街を守護する精霊がうまく働かないということらしいが、精霊が街をどう守護しているのかはいまいち理解できなかった。普段はクラロワがやっていた仕事だが今はヨルネが魔力を注いでいる。ヨルネはもともとディーネ王国から派遣されたようなもので、フラウ王国と契約を結んでいるらしい。いつまで滞在するのかは知らないが、今はフラウ王国の顧問として在中してくれている。
圭人の魔法師としてのキャリアは順調だ。毎日仕事の後にロシェに特訓をしてもらっているが、圭人の魔法の筋は悪くなく、魔法鉱石を使った簡単な魔法はできるようになっていた。複雑な呪文や儀式が必要でないのは圭人にとって救いだった。感覚で炎を出したいと思えば手に炎が宿るし、水を出したいと思えば小さな水球を作ることが出来る。炎、水、風、土の魔法を習得出来れば、より高度な魔法が使えるようになるそうだ。現在風の魔法を修行中の圭人ははやく高度な魔法が使えるようになりたいとそわそわしている。自分が魔法を使えるなんて嘘みたいだと思いながらも、その現実に胸がドキドキして高揚感を感じるのだった。
家に帰るとすぐゲームというわけにはいかず勉強が待っている。この世界のことを一つでも多く知っておきたい圭人は、図書室にある膨大な書物の中からヨルネに厳選してもらった歴史書や地図、図鑑などを毎晩読んでいる。この世界には圭人の知らない魔物が沢山いるし、国の関係も知らなくてはいけない。様々な常識がかけている圭人にとって本が知識を得る最大の手段だった。
こうして毎日忙しい圭人だったが、現在圭人には悩みがある。それは。
「ラーメン食べたい!」
深刻な悩みだった。




