はじめてのおつかい
暗闇の中蠢く影があった。ズルズルと引き摺るような音、そして揺らめく蝋燭の炎の影にちらつく異形の影。しんと染み渡る深い夜闇は密やかに、少しずつ街を侵食していくようだった。月明りも、虫の音色さえも遠く感じる夜の帳は厳かに死をもたらす死神の瞳に似た色をしていた。
ずるり、ずるりと這いずる音が聞こえる。寝静まった静かな街にほど近い野原を往く一つの影。棺を引きずるような音を鳴らしながら歩んでいくそれは、意思を持った物体に見えた。ぶらんと垂れ下がった腕、一歩ずつ進んでいく足、背中を上下させる荒い息遣い、月光に光る牙。人に似ているがヒトではない何か。冷たい瞳に宿った色は何を示しているのか。ゆっくりと野原の影を塗っていくそれは災厄の前触れのように密に、静かに。
「始まりだァ」
その地を這うような声はぎらりと光る唇から漏れ出した。まるで呪詛を吐くように零れ出たその声は夜に深く染み込んで行った。
「そっち重いから持ってやるよ」
「ありがとネ。次の買い物に急ぐアル」
圭人はロシェと共に街へ買い出しに来ていた。城の食料や備品など買うものはたくさんだ。王国だから献上品として物資を集めてもいいんじゃないかと思うが、どうやらそうはいかないらしい。税として集めた金を実際に街で使うことでより経済が活発になるとかそんなことをクラロワが言っていた。
「ここで最後アル」
そういってロシェが指さしたのは奇妙な店構えの場所だった。軒先いっぱいに薬草が吊るされていて、ショーウィンドウには無数の液体の入った瓶が飾られている。いかにも、魔法道具って感じの店だった。
「ここでは何買うんだ?」
「傷薬と鏡と法具ネ」
「鏡?そんなのもいるのか?」
「鏡は未来視するのに必要な重要アイテムネ。資源も貴重だからとても高いネ」
「そうなのか」
「そういえば圭人も鏡持ってたネ。あれはすごいアル。あんなに綺麗な鏡は初めて見たネ」
「ハハハ、ちょ、ちょっと家の家宝でな」
圭人は笑ってごまかす。スマホのことを鏡と言ったはいいが、鏡自体も貴重なものだと初めて知った。こんなものを持ってるというとすごく怪しまれるに違いないと圭人は思ったが、ロシェがそれ以上突っ込んでくることはなかった。
「おじさんいつもの頂戴ネ。あと法具を一つ探したいアル」
「おおロシェちゃんまいどあり。法具ならここから選んどくれ」
店主のおじさんが店の奥から重そうな木箱を出してくる。蓋をぱかっと上げると、アクセサリーのように並べられた美しい法具が並んでいた。
「おお、綺麗だな」
「さぁ、選ぶアル」
「え?俺?」
圭人は自身を指さして首を傾げる。なぜ俺が選ぶことになっているんだ?
「ケイトが使うための法具アル。自分で選ぶのがいいネ」
「まじで?俺が使うの?」
「法具なくて魔法師名乗れないネ」
「まじかぁ~」
圭人はワクワクににやつきが止まらない顔をしていた。目の前に広がるのは、神秘的なアクセサリーのような法具たち。これを自分が使うと考えると期待に口角が上がってしまった。RPGで武器を買うときはいつもドキドキとワクワクがあった。それが実体験として目の前で行われているなんて、夢のようだ。実際に自分でも魔法を使えるという奇跡が圭人の心を躍らせた。
法具には様々なものがあった。ネックレスのような長い鎖に繋がれた鉱石もあれば、短めの鎖で腕輪のようなタイプもある。
「どれでも効果は変わりません。法具は身に着けていれば効果を放ちます。あとは見た目と相性なので、ピンときたものを直観で選ぶといいですよ」
店主の助言に従い圭人は直観で選ぶことに決めた。赤、緑、青、白様々な色の鉱石があったが圭人の目に留まったのは。
「それがいいのかい?」
薄紫の鉱石。アメジストのようにも見えるが、何よりも見知った色に似ていて圭人は心がときめいた。クラロワの髪だ。あの美しい色と似ている。それだけで目に留まった鉱石は腕輪タイプの装飾が施されたものだった。
「よし、俺これにする」
完全に直観で選んだものだったが、圭人はその見た目に満足していた。ゲームでも見た目重視の装備が好きだった圭人にとって、充分な美しさだった。
「はい、じゃあ5000ゴールドね」
「5000!?」
「はいアル。ほらケイト、法具を受け取るアル」
「いや5000って高くない!?」
圭人は驚いていた。だって果物が3ゴールドくらいだ。肉でも10ゴールドだったし、傷薬は100ゴールドだった。それが5000って、ちょっと高すぎないか。初期装備で買う値段じゃないとゲーム脳の圭人は語る。その様子をロシェは見て、平然のように笑った。
「法具は魔法鉱石を使ってあるんだからそのくらい当然アル」
「魔法鉱石ってそんな高いのか?」
「自然で採れる魔法鉱石は宝石と同じくらい希少ネ。大きいものほど大きな魔力を干渉できるから大きさにもよるネ」
やばいものを買わせてしまった。圭人は背筋が緊張するのを感じた。こんな高価なものを与えられてしまっては、その分仕事ぶりを期待されているということになる。頑張らなくては。
街に戻る二人、街は活気に満ちていた。沢山の出店が立ち並び、果物や薬草、衣服などが売られている。それぞれの店が声を張り上げ、客引きに専念し、飛び交う声は楽しく生き生きとしていた。
ロシェを見かけると声を掛ける者も少なくなかった。皆ロシェが王室使用人と知っていて、労いの言葉を掛けてくれる。それと同時に怪訝そうに圭人を見やり、皆不思議そうにして去っていく。どうやら圭人は物珍しいらしい。それもそうだろう、この世界に来てから一人も見ていない。黒髪の人だ。
この世界にはジャパニーズはいないのか!そう心の中で叫ぶ圭人に誰も答えは教えてくれなかった。




