家にあるのはこんなものですが
「もしかして俺異世界来ちゃってる!?!?!?!?」
頭を抱えたその叫びは天高くこだましてどこまでも青い空に染み込んで行った。
第1話 終わらないゴールデンウィーク
暑い。息苦しい。
田中圭人は自宅で惰眠を貪っていた最中だった。ゴールデンウィークの真っただ中、少し暑くなってきた頃、華の高校生である圭人は休みにもかかわらず自宅に引きこもって昼間から優雅にひと眠りを決め込んでいた。
そんなさなか、体の不快感に目を覚ますと、やけにしんとしたリビングが瞳に写り込む。それも当然だ、両親は海外出張でおらず、一人暮らしには広すぎる3LDKの一軒家は家主の圭人におはようとは言わない。締め切ったカーテンから差し込む日差しがまだ昼間であることを示す程度だった。
まだ昼間だし、コンビニにご飯でも買いに行くか、と考え、立ち上がる。圭人は寝ていたTシャツとスラックスのまま財布を取り玄関に向かう。異変に気付いたのはその直後だった。
「・・・開かない?」
玄関のドアが開かないのだ。ひんやりとした金属製の取っ手は何度まわしてもカチャカチャと音を立てるだけで、押しても引いてもどうにもいかない。鍵を数回ひねってみても変化はない。どうしたものか。
外でドアに何かつっかかっているんじゃないか。もしくは鍵が壊れたか。ひとまず確認してから鍵屋に連絡を取ろう。そう考えた圭人は、ガチャガチャと玄関ドアと格闘するのを諦め、窓へと足を運んだ。
閉ざされたカーテン、青いレース柄のそれに手を掛けると、大きな窓が目の前に。否、眼前の光景に圭人は唖然とした。
「なんだ、これ・・・」
窓はたしかにあった。問題は窓の外の風景だった。いつもの小さな庭と隣の家の壁の代わりに現れたのは草原。見渡す限りの緑と、その上に点在して立ち並ぶ異国情緒溢れる建物たち。市場のようなそれはさっきまでの静けさが嘘のように窓の外は活気にみちていた。
何かの撮影か?でも隣の家はどこに行ったんだ。まるで俺が寝てる間に家ごと移動されたみたいな。あり得ない。考えが胸の内をぐるぐると渦巻き、気持ち悪い頭痛を起こさせる。まだ寝ぼけているのか、夢でも見ているんじゃないかと頬をつねってみたが痛いだけだった。
ひとまず確認しよう。何事も深く思慮することが苦手だった圭人は行動に出るしかなかった。窓を開け、外に踏み出す。
窓の外に置いてあったつっかけはそのままに残されていたのでそれを履いて外にでる。
足首を触る小さい緑たちの感触。嗅いだことのない甘い花の香り。太陽は眩しく暖かく圭人の頭を照り付けた。そして、なんと言ったらいいのか、あえて言うならば、街行く人々の恰好は見たことのない様相で、ファンタジーなゲームに出てきそうな出で立ちだった。
ここは何だ。この人たちは何なんだ。というか、人たちの中には犬のような耳や尻尾のついている者もある。
ととと、と喧騒の方に歩み寄る圭人の前を大きなものが横切る。
それは爬虫類のようで鱗を持った肌をしており、大きな尻尾と、羽根がある。ドラゴンだ。
思わず尻餅をついた圭人の尻をくすぐるように緑の草がささる。動揺した圭人を不審そうに遠目に見やる人が何人かいた。そんなことはどうでもいい。ここはどこなんだ。映画のセットに迷い込んだみたいだ。自宅から1歩しか外に出ていないはずなのに。さっきから何度も抓っている頬は赤くなるほどで、吸い込む空気も手に触れる地面も全ては本物だった。もしかして・・・、もしかしてだけど。これって。
「俺異世界来ちゃってる!?!?!?」
喉をついてでた叫びに返答はない。その代わり目の前に立ち止まった、というか停車した、と言ったほうが正しい、ドラゴンの大きな鼻息が足に触れた。
圭人はふらふらと立ち上がり、そっとドラゴンに触れてみた。ドラゴンは馬のようにサドルがあり人が座っている。荷物運搬用なのか背中の後ろに大きな荷物を引きずっている。鼠色の堅い肌には透明な鱗がついていて、その一つ一つがプラスチックのように硬かった。ひんやりと冷たいその肌はドラゴンの息に合わせてわずかに上下する。
「おいちょっとあんた、うちのに勝手に触らないでくれる?」
声をかけてきたのはサドルの上に乗った男だ。どこかの民族衣装のような刺繍の入った丈の長い服を着ている。そしてその頭には、耳。犬のような耳がついていた。
「あ、、、すいません」
反射的に謝って傍を離れた圭人に一瞥をくれると、行商はドラゴンに鞭を打って去っていく。呆然とする圭人の前に、立ち止まって説明をくれる村人Aはどこにもいない。皆が忙しそうに普通に生活をしているようだった。
異世界に来た、と考えると全ての光景に都合がついた。荷物を運ぶドラゴンも、犬耳のついた人も、レンガ造りでまるで日本にはないような建物が並ぶ光景も、そこを行きかう不思議な装束の人たちも。
幸い、言葉が通じるようで良かった。恐る恐る街の方へ足をむけた圭人に、街は広がっていった。
果物を売る屋台、装飾品を並べてある店、大きな立て看板とそれを見る人々。ゲームの世界そのものといった感じだ。
ふと、少し向こうのほうに行列があるのが見えた。行列があれば並んでしまうのが日本人の性。圭人は出会って数分の異世界に臆することなく、正確には臆してはいたが好奇心が勝って、行列に並んでみた。
列を進んでいくと、眼鏡をかけた軍隊風の服を着た人に話しかけられた。何か知らんが順番が来たということだろう。
「王室使用人の応募ですね?」
「王室?」
この出会いが圭人の運命を大きく翻弄することになるとは思いもよらないのだった。