信じる力
「わたしはもう死んでしまうのか…。」
男の名前は西条 武政。
一代で莫大な富を築き上げた男。今や様々な分野で事業を展開している西条グループのトップだ。
類い希なる経営センスを持ち、度胸のある性格も幸いし、今に至る。
まだまだ成長を続ける西条グループだが、この男無しには考えられない。
そんなグループに最大の危機が訪れた。
それは武政の身体。武政の身体は末期の癌に侵されていた。
武政はこれまで仕事にすべてを捧げてきた。自分の身体や家庭もかえりみず、何かにとりつかれた様に働いた。もちろんここまでになるには、綺麗事では無いこともあっただろう。
この結果は当然なのかもしれない。妻はそんな生活に嫌気がさし、子供が6才の時に、二人で出ていってしまった。
そして、次は身体というわけだ。
「思えば、私は何のために仕事をしてきたのだろう…。私は大きな間違いをしていたのかも知れない。私は富と引き替えに、大事なモノを失ってしまった」
武政の大事なモノとは身体だろうか!?
勿論それもある。ただ私には武政は身体が悪くなった事により、家族の大切さに気づいたのだと思う。
こんな時に、弱い自分をさらけだせるのは家族だけだから。
武政は一流の医者、治療、施設、ありとあらゆる事をやった。
しかし、状況は悪くなる一方。万策が尽き、死へのカウントダウンが始まっていた。
そんなある日、息子の武也が現れた。
武政と武也は決して仲のいい親子とは言えない、なぜなら、年に数回は会っていたものの、武政は武也の生き方に否定的だった。
武也は、18才になると独りで外国に旅立った。しかしそれは、決して楽な旅ではない、貧しい国に行き、困っている人々を助けては、また旅にでるという生活を続けている。
武政
「何をしに来たんだ!?俺の最期を笑いにきたのか??」
武政は素直になれない。本当は嬉しくてしょうがないのに…。
武也
「親父が病気と聞き、駆けつけたんだ。・・・それで、先生を連れてきた」
武政は唖然とした…。それは武也が連れてきた先生とその話の内容に。
その男は穏やかな表情のなんとも普通のおじいさん。そしてこう言った
「言っておくがの、ワシは医者じゃぁない。それと治療にはちぃとばかしお金がかかる。それでもいいかぃ!?」
いきなり現れた何者かもわからないこのじいさん。まるで信用できない。
普段の武政なら門前払いだろう。だが今回は違った。それはあまりにも武也の目が真剣だったから…。
そして治療は始まった。しかし、それは治療とは言えないモノばかり。
野菜中心の食事をし、適度な運動、睡眠とただの健康的な生活を送るだけ。唯一変わった事と言えば、毎日3時間する瞑想だ。
普通なら退屈でやってられないが、今の武政にとっては不思議と馴染んだ。
最初は、このじいさんに対する不信感や病気に対する焦りが頭を巡ったが、次第とそれは消え、今では自分のこれまでの人生や家族の事に思いを巡らていた。
そして半月が過ぎ検査の日。
医者
「驚きました…。癌は止まっています。まだなんとも言えませんが、希望が見えてきました。信じられません」
不思議な事に癌の進行は止まっていた。
三日前。
じいさん
「じゃあこれでよろしく頼んだよ」
そう言うと医者はちょっと困った顔で、しかたなさそうに、大金を受け取った。
癌は依然として進行していた…。
三ヶ月後、そこには変わりはてた武政が安らかに眠っていた。
武也と共に。
武政は引退した。
なんと武政は癌に勝ったのだ。そこには、仕事の厳しい顔の武政はいなく、家族と仲むつまじく暮らす穏やかな顔の武政がいた。
余談になるが、拘束された人間に、高温に熱した焼きごてを見せ、目隠しをし、焼きごてを当てると火傷してしまうと言う。たとえそれが冷たいただのこてだとしても…。
思い込みの力は凄い。
武政は生きれると思い込んだ。じいさんが神様にも思えたかも知れないだろう。
私は思う。それは人間が信じる力ではないかと。力は科学では説明できない。なぜなら力は科学を越えた存在だから。
ゆか
「あなたいつまで寝てるの〜!?」