灰は灰に、塵は塵に(12)
「まずは、この都市について。アンタは何を知っている?」
レシーリアが腕を組んで、壁に背を預ける。
さりげなくザナの背後にまわっているのは、警戒心のあらわれだ。
とはいえ、この得体のしれない月魔術師を取り囲んだところで、自分たちの力ではどうにもできないことに変わりない。
「あなた達に理解できるかどうかはともかく……そうね、別に話してもいいわ。ここは大賢者『マナ=ウェル』が、生命の保管を目的として造った“方舟”と呼ばれた都市よ」
「……舟だと?」
サイが聞き返すと、ザナが目を合わせて頷いた。
「神々の黄昏によって、古代王国が終焉にむかっていた時代の話。この都市は“狭間”と呼ばれる異界に入り、安住の地を求めて彷徨い始めた。それが、すべての始まり」
神々の黄昏とは、終末の歴史と呼ばれる神話のひとつだ。
今よりも遥かに進んだ文明を持っていた古代王国は、神々の黄昏で滅ぼされたという伝承もある。
レシーリアに限らず多くの人々が、ただの作り話だと思っていることだ。
「最初は住人もいたわ。そのほとんどが人間の月魔術師で、主にこの都市を維持することが役割だったのだけど、未知の病によってほとんどが死んでしまった。残された大賢者『マナ=ウェル』は人間以外の生物を創造し、この都市を維持することにしたの。“戦士”白虎、“守護者”青竜、“知恵者”玄武、“力の象徴”朱雀、そして都市の“管理者”として、ラダーが造られたわ」
「じゃあ、ルナールは……ラダーとして、僕らに助けを求めたってこと?」
「そうよ、月魔術師の少年。不測の事態で魔族が逃げ出して、都市の実権を握ろうとした。ラダーは助けを求めるために“狭間”から出て、この世界の……この時代に顕現したのよ」
途方もない話に、一行は押し黙る。
それは、アニヘイムですら知らない話なのだろう。
息を呑んで聞き入っている。
「それにしてもアンタ、詳しすぎるわね」
レシーリアが冷たく言い放つ。
しかしザナは、意に介さない表情で「それはそうよ」と返した。
「大賢者『マナ=ウェル』は、私のマスターなんだから」
「マスターって……じゃあ、アンタは……」
さすがのレシーリアも、この事実には言葉が返せなかった。
つまりザナは、神話時代の生き残り……古代王国時代の魔女ということだ。
「大賢者『マナ=ウェル』が死んだ後、この都市を管理していたのは私だった。私はね、飽き飽きしていたのよ。ただひとりで……時の留まる異界の“狭間”で……この都市で生き続けることに。だからラダーを管理者として完成させて、“狭間”から出たの。それがまさか、こんな形で戻ってくるなんてね」
にわかには信じがたい話だった。
それでも、とりあえず辻褄は合うとレシーリアは感じていた。
実際ザナは、この都市を再起動させた。
突如として現れた誰も知らないはずの空中都市で、ザナだけは迷いのない行動をとっていた。
それは明らかに、この都市の全てを知っていたことを証明している。
「この件に関しては、ここまでよ。よけいな詮索はしないでね。答えてもいいんだけど、だからといって答える義務もないわ。それから白虎。新たな玄武と青龍は覚醒させてあるから、玄武の塔に行って状況の説明をしてきなさい。今度は、しっかりと守るのよ?」
「ま、待ってください! 私たちは、どこに向かえばいいんですか? この旅は、いつ終わるのですか?」
「少なくともトールにとって、この世界は安住の地ではないわ。この都市は、新たな戦争の火種にしかならないもの。安住できるかどうかの判断はラダーに一任してあるから、あなたはあなたの役目を果たしなさい」
きっぱりと指示するザナの気迫に、アニヘイムが思わず礼をする。
「私はテレポートを使うから、あなた達は白虎に入り口まで連れて行ってもらいなさい。それから、ハーミア」
そこまで黙っていたハーミアが、静かに顔を上げる。
「アレはそう簡単に死なないわ。二つ名というものはね、呪いにも似ているのよ。それは縛りでもあり、力でもある。だから、きっと帰ってくるわ。プラティーン様の名にかけて誓ってあげる」
ザナは去り際にそう告げると、月魔法の詠唱を始め、あっさりと消えてしまった。
ため息が出るほどに巨大な白い壁。
城壁とも呼べる立派な壁。
天に向かってそびえるその壁は、まるで外界との調和を拒んでいるかのようでもある。
一行は白虎の案内のもと、再びトールの西門に立っていた。
「みなさん、ありがとうございました」
アニヘイムが、涙をこらえて深々と頭を下げる。
もう二度と会えないと思うと、涙もこらえられそうになかった。
「アニヘイムさん、またね」
満面の笑みを浮かべながら、あたり前のように再会を誓うルーに、アニヘイムが一瞬戸惑う素振りを見せる。
やがてアニヘイムも笑顔で頷き、ルーを優しく抱きしめた。
「そうね。またいつの日か、お会いしましょう」
アニヘイムは一人ひとりと握手をし、何度も頭を下げながら、一行が地上への転移の魔法陣に入り姿が消えるまで手を振っていた。
そして、いつもの静寂がおとずれた。
アニヘイムにとってこれが普通のはずなのに、どこか寂しく感じてしまう。
「さぁ、やることが山積みよ」
パンパンと自分の頬を叩き、気持ちを切り替える。
都市は夜になれば、狭間へと還るだろう。
まずは新たな……おそらくは幼い青龍と玄武を探すために、玄武の塔に向かわなくてはならない。
その時だった。
アニヘイムは唐突に、聞き馴染んだ声で呼ばれた。
「お母さん!」
声と同時に、物陰に隠れていた二つの小さな影が、アニヘイムに抱きついた。
それは確認するまでもなく、愛する我が子に間違いなかった。
「もう、大丈夫なの?」
「こわいおじさんは、やっつけたの?」
二人の子供の笑顔に、アニヘイムは笑顔で頷いた。
「これから新しいお友だちを、二人起こしに行くの。ラオとナオも手伝ってね」
「え〜〜〜ナオ、おままごとしたい!」
「ラオは、戦闘訓練したい!」
「ダメよ、大切なことなんだから。ちゃんと言うこと聞いたら、ご褒美あげるから」
なになに〜と、興味津々な双子に対しアニヘイムは笑顔で応える。
「冒険者って人たちに貰ったの。クッキーっていう、甘い食べ物よ」
「甘い? なにソレ?」
屈託のない笑顔を見せる二人の我が子に、先ほどの孤独感はもう薄れていた。




