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満月のハナシ  作者: Ni:
白い月 さまよえる白亜の都市

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98/110

灰は灰に、塵は塵に(11)

 レシーリアは黒い小剣を抜き身のまま握り、睨みつけるようにして頭上を見上げていた。

 既に異界への門はない。

 アトムスクも魔神の手により消滅してしまった。

 それでも、魔族に対する憎悪の炎は消えない。


「私は、冒険者だ」


 誰にも聞こえないくらい小さな声で、自分に言い聞かせるように呟く。

 リアの言葉をこの身に深く刻み込むための、儀式のようなものだ。

 いま自分がすべきことは、このパーティを生還させるための道筋をつくることだ。


 ──まずは現状を把握。


 目を閉じて、深呼吸を一つする。

 そしてゆっくりと視線を落とし、仲間の様子をうかがった。

 まず、自分をここまで運んでくれたブラドゥの姿がない。

 おそらくは、リアが送還したのだろう。

 きっと向こうの世界で呼び出して、自らの生存率を高めているはずだ。

 あの男はあの状況下でも、そういった判断ができるからこそ“生還する者”と呼ばれるのだ。


 ハーミアは……見知らぬ獣人の治療をしている。

 リアがいなくなって一番動揺をしているのは彼女のはずだろうに、気丈な娘だ。

 彼女には後で色々と伝えなくてはならないだろう。


 ところで、あの獣人は何者なのだ。

 ほぼ手ぶらという軽装っぷりから、冒険者でないことは見て取れる。

 そういえば、あの青い竜が「南の塔には、白の獣神も向かっている」と語っていた。

 ということは、この都市の守護者と考えて間違いないだろう。


 サイとルーは、共に周囲の安全を確認している。

 仲間の治癒中に索敵をすることは、冒険者として基本となる行動だ。

 特にルーは、後衛から冷静に戦況を分析しているように見えた。

 あの可愛らしい男の子が、ここにきて冒険者として大きく成長したようだ。


 ルーはユーンが死んだことを聞かされた時、どんな顔をしたのだろう。

 それを考えると、なぜだか酷く胸の奥が締め付けられる思いがする。


「レシーリア、おかえり」


 隣に来て声をかけてきたのは、カーリャだった。

 自分と同じように、パーティの動きと周囲の様子を確認したいようだ。


「玄武の塔にいた黒い剣士は、レシーリアだったんだね。私、いきなり斬りかかっちゃったんだけど」

「あの状況なら、あれが正解よ」

「それにしたって……どうしてあの時、すぐに説明してくれなかったの?」


 それは……と、思わず返事を詰まらせてしまう。

 青い竜に『玄武の塔』の役割を聞き、“魔剣 無銘”の 悪魔殺しの剣(デイモンスレイヤー)化を思いついたのは自分だった。

 リアがくれた“魔剣 無銘”は、同族種のモンスターを狩り続けることで、その種族に対してスレイヤー化していく魔剣だ。

 玄武の塔で下級の魔族を殺し、そのあと複製する……を繰り返せば、確実に 悪魔殺しの剣(デイモンスレイヤー)化できるのだ。

 アトムスクを屠るための作戦としてそのことを提案した後、青い竜から隠密効果が高まる魔法の革鎧と外套を受け取り、リアからはブラドゥを借りることになった。

 玄武の塔の内部にはブラドゥが脱出する際に破壊した、上層階の壁の穴から侵入した。

 そこから下級魔族が管理されている階層まで下りると、シリンダーから魔族を開放し、動き出す前に殺した。

 あとは、青い竜に教わった手順通りに魔族を再生し、また殺した。

 そうして“魔剣 無銘”は、徐々に対魔族属性へと特化していった。

 また、スレイヤー化が進むにつれて作業効率も上がっていった。


 ──そう、あれは作業だ。


 自分は感情が死んだかのように、淡々と殺し続けていたのだ。

 そんな中、カーリャが現れた。

 その時の自分は、カーリャ達が『玄武の塔』の探索を行っていることすら忘れていた。


 カーリャを追って、すぐに説明をしなかった理由……


 そんなものは簡単だ。

 ユーンの死を伝える勇気が、なかっただけである。

 どんな顔をして伝えればいいのか、わからなかったのだ。

 だからその辛い役割をリアに丸投げし、自分は復讐者になるという安易な選択をしたのである。


「そうね。次は気をつけるわ」


 それしか返せなかった。

 カーリャは少し不服そうだが、とりあえず頷いてくれていた。


「とりあえずリアさんのことは、ここを出てから話そう。ユーンのことも……無事脱出できてからにしよ? 今は脱出することだけを考える、でいいよね?」

「腹立つくらい強いわね、あんた」

「私は、レシーリアのほうが意外だよ。もっとドライだと思ってたもん」

「ふん、悪かったわね」

「ん……ごめん、じょうだん。ただ脱出するまで、もう少しだけ頑張って」

「そんなこと言われなくても……」

「じゃないと……私だけじゃ、無理だから」


 カーリャがレシーリアの手を握る。

 その指先は、ほんの少しだけ震えていた。


「そうね。まずは私とアンタで、このパーティを引っ張らないと……」


 その時だった。

 二人の背後から、足音が聞こえてきた。

 

「あら、終わったみたいね」


 二人よりも更に上にある、階段を上り切った通路の奥から女性の声が響いてくる。

 一行が聞き間違えるはずがない、イセリアの声だ。


「こっちも終わったわ。数刻後には、ラダーが都市を転移させるはずよ」


 ザナが腰までかかる黒髪を邪魔そうにかき上げながら、一行に視線を向ける。


「魔族は消滅、片腕の剣士は道連れってところかしらね。まぁ、大きくは外れてないみたいで良かったわ」


 まるで未来を見透かしていたかのように、赤い右目と蒼い左目が怪しく光る。

 レシーリアはその言葉に怒りを覚えるが、それをぶつけても無駄だと感じ、ぐっと飲み込んだ。


「さて……私も、もう魔力が残ってないからテレポートは自分の分しかできないわ。かわりに都市の入り口まで行ける“裏ルート”は開けておいたから、そこの白虎に案内してもらいなさい」


 一行を一瞥し、そのまま立ち去ろうとするザナに、レシーリアが黒い小剣を握りしめたまま一歩だけ間合いを詰めた。


「待ちなさいよ。もう少し説明があっても、いいんじゃないの?」

「説明……そうね。あなた達には、それくらいの権利はあるわね。いいわよ、答えてあげても」


 ザナが、ゆっくりと一行を見下ろす。

 そして「手短めにね」と、付け加えた。

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