灰は灰に、塵は塵に(11)
レシーリアは黒い小剣を抜き身のまま握り、睨みつけるようにして頭上を見上げていた。
既に異界への門はない。
アトムスクも魔神の手により消滅してしまった。
それでも、魔族に対する憎悪の炎は消えない。
「私は、冒険者だ」
誰にも聞こえないくらい小さな声で、自分に言い聞かせるように呟く。
リアの言葉をこの身に深く刻み込むための、儀式のようなものだ。
いま自分がすべきことは、このパーティを生還させるための道筋をつくることだ。
──まずは現状を把握。
目を閉じて、深呼吸を一つする。
そしてゆっくりと視線を落とし、仲間の様子をうかがった。
まず、自分をここまで運んでくれたブラドゥの姿がない。
おそらくは、リアが送還したのだろう。
きっと向こうの世界で呼び出して、自らの生存率を高めているはずだ。
あの男はあの状況下でも、そういった判断ができるからこそ“生還する者”と呼ばれるのだ。
ハーミアは……見知らぬ獣人の治療をしている。
リアがいなくなって一番動揺をしているのは彼女のはずだろうに、気丈な娘だ。
彼女には後で色々と伝えなくてはならないだろう。
ところで、あの獣人は何者なのだ。
ほぼ手ぶらという軽装っぷりから、冒険者でないことは見て取れる。
そういえば、あの青い竜が「南の塔には、白の獣神も向かっている」と語っていた。
ということは、この都市の守護者と考えて間違いないだろう。
サイとルーは、共に周囲の安全を確認している。
仲間の治癒中に索敵をすることは、冒険者として基本となる行動だ。
特にルーは、後衛から冷静に戦況を分析しているように見えた。
あの可愛らしい男の子が、ここにきて冒険者として大きく成長したようだ。
ルーはユーンが死んだことを聞かされた時、どんな顔をしたのだろう。
それを考えると、なぜだか酷く胸の奥が締め付けられる思いがする。
「レシーリア、おかえり」
隣に来て声をかけてきたのは、カーリャだった。
自分と同じように、パーティの動きと周囲の様子を確認したいようだ。
「玄武の塔にいた黒い剣士は、レシーリアだったんだね。私、いきなり斬りかかっちゃったんだけど」
「あの状況なら、あれが正解よ」
「それにしたって……どうしてあの時、すぐに説明してくれなかったの?」
それは……と、思わず返事を詰まらせてしまう。
青い竜に『玄武の塔』の役割を聞き、“魔剣 無銘”の 悪魔殺しの剣化を思いついたのは自分だった。
リアがくれた“魔剣 無銘”は、同族種のモンスターを狩り続けることで、その種族に対してスレイヤー化していく魔剣だ。
玄武の塔で下級の魔族を殺し、そのあと複製する……を繰り返せば、確実に 悪魔殺しの剣化できるのだ。
アトムスクを屠るための作戦としてそのことを提案した後、青い竜から隠密効果が高まる魔法の革鎧と外套を受け取り、リアからはブラドゥを借りることになった。
玄武の塔の内部にはブラドゥが脱出する際に破壊した、上層階の壁の穴から侵入した。
そこから下級魔族が管理されている階層まで下りると、シリンダーから魔族を開放し、動き出す前に殺した。
あとは、青い竜に教わった手順通りに魔族を再生し、また殺した。
そうして“魔剣 無銘”は、徐々に対魔族属性へと特化していった。
また、スレイヤー化が進むにつれて作業効率も上がっていった。
──そう、あれは作業だ。
自分は感情が死んだかのように、淡々と殺し続けていたのだ。
そんな中、カーリャが現れた。
その時の自分は、カーリャ達が『玄武の塔』の探索を行っていることすら忘れていた。
カーリャを追って、すぐに説明をしなかった理由……
そんなものは簡単だ。
ユーンの死を伝える勇気が、なかっただけである。
どんな顔をして伝えればいいのか、わからなかったのだ。
だからその辛い役割をリアに丸投げし、自分は復讐者になるという安易な選択をしたのである。
「そうね。次は気をつけるわ」
それしか返せなかった。
カーリャは少し不服そうだが、とりあえず頷いてくれていた。
「とりあえずリアさんのことは、ここを出てから話そう。ユーンのことも……無事脱出できてからにしよ? 今は脱出することだけを考える、でいいよね?」
「腹立つくらい強いわね、あんた」
「私は、レシーリアのほうが意外だよ。もっとドライだと思ってたもん」
「ふん、悪かったわね」
「ん……ごめん、じょうだん。ただ脱出するまで、もう少しだけ頑張って」
「そんなこと言われなくても……」
「じゃないと……私だけじゃ、無理だから」
カーリャがレシーリアの手を握る。
その指先は、ほんの少しだけ震えていた。
「そうね。まずは私とアンタで、このパーティを引っ張らないと……」
その時だった。
二人の背後から、足音が聞こえてきた。
「あら、終わったみたいね」
二人よりも更に上にある、階段を上り切った通路の奥から女性の声が響いてくる。
一行が聞き間違えるはずがない、イセリアの声だ。
「こっちも終わったわ。数刻後には、ラダーが都市を転移させるはずよ」
ザナが腰までかかる黒髪を邪魔そうにかき上げながら、一行に視線を向ける。
「魔族は消滅、片腕の剣士は道連れってところかしらね。まぁ、大きくは外れてないみたいで良かったわ」
まるで未来を見透かしていたかのように、赤い右目と蒼い左目が怪しく光る。
レシーリアはその言葉に怒りを覚えるが、それをぶつけても無駄だと感じ、ぐっと飲み込んだ。
「さて……私も、もう魔力が残ってないからテレポートは自分の分しかできないわ。かわりに都市の入り口まで行ける“裏ルート”は開けておいたから、そこの白虎に案内してもらいなさい」
一行を一瞥し、そのまま立ち去ろうとするザナに、レシーリアが黒い小剣を握りしめたまま一歩だけ間合いを詰めた。
「待ちなさいよ。もう少し説明があっても、いいんじゃないの?」
「説明……そうね。あなた達には、それくらいの権利はあるわね。いいわよ、答えてあげても」
ザナが、ゆっくりと一行を見下ろす。
そして「手短めにね」と、付け加えた。




