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満月のハナシ  作者: Ni:
白い月 さまよえる白亜の都市

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97/110

灰は灰に、塵は塵に(10)

「レシーリアっ!?」


 最初に驚きの声を上げたのは、カーリャだった。


 ──黒の剣士はレシーリアだったの?


 ──悪魔殺しの剣ってなに?


 ──その黒ずくめの装備は?


 ──どうやってここに?


 カーリャの頭に、次々と疑問が浮かぶ。

 しかし、まだアトムスクは生きている。

 質問をするのは、アトムスクを倒してからだ。


「あたしのお宝に、手を出したんだもの。簡単に還れるなんて、思わないことね」


 レシーリアはまるで楽しむように、ゆっくりと小剣を持ち上げていった。

 まさに復讐者と呼ぶに相応しい、狂気の混じった笑みを浮かべている。


「駄目だ……このままでは代価が……」

「代価? あぁ〜あの門の?」


 レシーリアが頭を上に向ける。

 そこには、大きな円状の闇が広がっていた。

 

「魔神達が、門の代価を求めている……見ろ……俺を滅ぼしたところで、お前らの結末は変わらない」


 アトムスクの顔が、不気味に歪んでいく。

 しかしその言葉通り、闇の中からは異形なる者の手が無数に伸びてきていた。


「逃げて、レシーリア!」


 危険を察知したルーが、たまらず叫ぶ。

 月魔術師としての知識から、あの腕が全て魔神のものだと理解したのだ。

 魔神は人智を超えた存在であり、絶望そのものである。

 勝てる勝てないの算段をすること自体が、無意味なのだ。

 しかしレシーリアの目は、さらに狂気の色へと染まっていった。


「冗談。あたしの目に映った魔族は、等しく皆殺しよ。あの娘への手向けとしてね」


 今のレシーリアにとって、相手が魔神かどうかなんて関係ない。ただただ、魔族を殺すことしか考えていないようだった。

 しかしそれは、あまりにも無謀な考えだ。


 誰ひとり動けない中、やはりリアだけが考えるよりも早く駆け出していた。

 レシーリアが復讐心に囚われていたことは、知っていた。

 しかしそれは、アトムスクだけに向けられたものだと思っていた。


「待ってなさい。あたしから、そっちの世界に行ってあげる」


 レシーリアは、この絶望を前にして笑うのだ。

 それは既に、彼女が狂い始めているということだ。

 だからこそリアは駆けた。

 もうこれ以上、犠牲は出せないという一心で。


 魔神の腕が次々と伸び、アトムスクを掴み上げる。

 足りない代価を、召喚主であるアトムスクの命で補うつもりだろう。

 しかし、レシーリアがそれを許さない。

 アトムスクだけは、自分の手で消滅させたいのだ。


「駄目だ、レシーリア!」


 今アトムスクを殺すと、魔神は他の者に命の代価を求めるだろう。

 当然、一番近くにいるレシーリアが対象になるはずだ。

 そしてレシーリアは、魔族を殺すために自ら望んで門をくぐる。


「踏み止まれ! お前は冒険者だろ!」


 声は届いているはずだが、レシーリアは手を止めない。

 こうなると、あの門を閉ざす手段はひとつしかないだろう。


 考えている時間はない。


 故に決断は容易かった。


 獣化をし、地を蹴って大きく跳び上がる。

 そして振り上げた爪を、アトムスク目掛けて落とした。


 いや──


 正確には、アトムスクの喉に生える黒の小剣にだ。

 

「なっ、邪魔しないでよ!」


 しかしリアはそれを無視し、小剣を押し返すと、アトムスクをレシーリアから引き剥がした。

 そしてそのまま、闇に向けてアトムスクを蹴り上げる。

 次の瞬間、無数の巨大な手が乱暴にアトムスクを掴み、闇の中へ引き込んでしまう。

 闇の中から悲痛な叫び声が聞こえたが、もはやそれがアトムスクのものかどうかは分からなかった。

 とりあえずアトムスクはこれで終わりだと、リアが安堵する。


「リード!」


 愛する人の、心配する声が聞こえた。

 咄嗟だったのだろう。

 思わず仲間達の前で、自分の本当の名前を呼んだのだ。

 リアは静かに獣化をとき、仲間達に目を向けた。


「これで二度目だな。カーリャ、皆をまとめろよ。レシーリア、お前が支えるんだ」


 見上げるレシーリアの目に、もう復讐の精霊は宿っていない。

 自分の行動が生んだ結末を、しっかりと目に焼き付けようとしているようだ。

 やはり冷静な時の彼女は強いと、リアは改めて思った。


「大丈夫、俺は“生還する者”だ。また、そのうち帰ってくるさ」


 リアが優しく微笑む。

 その体は、既に巨大な魔神の手に掴まれていた。

 そして小さくなっていく闇の中へと、そのまま引き込まれてしまった。

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