灰は灰に、塵は塵に(10)
「レシーリアっ!?」
最初に驚きの声を上げたのは、カーリャだった。
──黒の剣士はレシーリアだったの?
──悪魔殺しの剣ってなに?
──その黒ずくめの装備は?
──どうやってここに?
カーリャの頭に、次々と疑問が浮かぶ。
しかし、まだアトムスクは生きている。
質問をするのは、アトムスクを倒してからだ。
「あたしのお宝に、手を出したんだもの。簡単に還れるなんて、思わないことね」
レシーリアはまるで楽しむように、ゆっくりと小剣を持ち上げていった。
まさに復讐者と呼ぶに相応しい、狂気の混じった笑みを浮かべている。
「駄目だ……このままでは代価が……」
「代価? あぁ〜あの門の?」
レシーリアが頭を上に向ける。
そこには、大きな円状の闇が広がっていた。
「魔神達が、門の代価を求めている……見ろ……俺を滅ぼしたところで、お前らの結末は変わらない」
アトムスクの顔が、不気味に歪んでいく。
しかしその言葉通り、闇の中からは異形なる者の手が無数に伸びてきていた。
「逃げて、レシーリア!」
危険を察知したルーが、たまらず叫ぶ。
月魔術師としての知識から、あの腕が全て魔神のものだと理解したのだ。
魔神は人智を超えた存在であり、絶望そのものである。
勝てる勝てないの算段をすること自体が、無意味なのだ。
しかしレシーリアの目は、さらに狂気の色へと染まっていった。
「冗談。あたしの目に映った魔族は、等しく皆殺しよ。あの娘への手向けとしてね」
今のレシーリアにとって、相手が魔神かどうかなんて関係ない。ただただ、魔族を殺すことしか考えていないようだった。
しかしそれは、あまりにも無謀な考えだ。
誰ひとり動けない中、やはりリアだけが考えるよりも早く駆け出していた。
レシーリアが復讐心に囚われていたことは、知っていた。
しかしそれは、アトムスクだけに向けられたものだと思っていた。
「待ってなさい。あたしから、そっちの世界に行ってあげる」
レシーリアは、この絶望を前にして笑うのだ。
それは既に、彼女が狂い始めているということだ。
だからこそリアは駆けた。
もうこれ以上、犠牲は出せないという一心で。
魔神の腕が次々と伸び、アトムスクを掴み上げる。
足りない代価を、召喚主であるアトムスクの命で補うつもりだろう。
しかし、レシーリアがそれを許さない。
アトムスクだけは、自分の手で消滅させたいのだ。
「駄目だ、レシーリア!」
今アトムスクを殺すと、魔神は他の者に命の代価を求めるだろう。
当然、一番近くにいるレシーリアが対象になるはずだ。
そしてレシーリアは、魔族を殺すために自ら望んで門をくぐる。
「踏み止まれ! お前は冒険者だろ!」
声は届いているはずだが、レシーリアは手を止めない。
こうなると、あの門を閉ざす手段はひとつしかないだろう。
考えている時間はない。
故に決断は容易かった。
獣化をし、地を蹴って大きく跳び上がる。
そして振り上げた爪を、アトムスク目掛けて落とした。
いや──
正確には、アトムスクの喉に生える黒の小剣にだ。
「なっ、邪魔しないでよ!」
しかしリアはそれを無視し、小剣を押し返すと、アトムスクをレシーリアから引き剥がした。
そしてそのまま、闇に向けてアトムスクを蹴り上げる。
次の瞬間、無数の巨大な手が乱暴にアトムスクを掴み、闇の中へ引き込んでしまう。
闇の中から悲痛な叫び声が聞こえたが、もはやそれがアトムスクのものかどうかは分からなかった。
とりあえずアトムスクはこれで終わりだと、リアが安堵する。
「リード!」
愛する人の、心配する声が聞こえた。
咄嗟だったのだろう。
思わず仲間達の前で、自分の本当の名前を呼んだのだ。
リアは静かに獣化をとき、仲間達に目を向けた。
「これで二度目だな。カーリャ、皆をまとめろよ。レシーリア、お前が支えるんだ」
見上げるレシーリアの目に、もう復讐の精霊は宿っていない。
自分の行動が生んだ結末を、しっかりと目に焼き付けようとしているようだ。
やはり冷静な時の彼女は強いと、リアは改めて思った。
「大丈夫、俺は“生還する者”だ。また、そのうち帰ってくるさ」
リアが優しく微笑む。
その体は、既に巨大な魔神の手に掴まれていた。
そして小さくなっていく闇の中へと、そのまま引き込まれてしまった。




