灰は灰に、塵は塵に(9)
頭上の闇は、大きくうねり、あるいは揺らぎ、まるで生きているかのように蠢いていた。
時折、亡者の叫び声のようなものも聞こえてくる。
アトムスクの言葉が真実ならば、あれは魔族たちの住む世界に繋がる穴で間違いない。
まさにアトムスクは、宿願を果たしたのである。
「なるほど、そういうことか」
リアの頭の中で、すべての糸が繋がっていく。
何らかの事故でシリンダーから脱出したアトムスクは、まず最初に玄武を殺した。
次に黒の巨狼をシリンダーから開放し、呪いの楔を打ち込むと、玄武の塔の外壁を破壊させた。
ブラドゥには、そのまま都市の管理者であるラダー=ルナールを追わせ、自身は都市の力の放出口である朱雀の塔へ移動する。
朱雀の塔では、ブラドゥが従えていた狼とユーンを生贄とし、巨大な六芒星魔法陣を作っていた。
その後は、現界した朱雀の力の一部を奪い、その力で青竜を殺した。
そして今、残った力と何かを代価とし、六芒星魔法陣を発動させて魔界への門を開いたのだ。
代価……は、おそらく自分達の命だろう。
だとすれば、あの門の中からは魔神クラスの魔族が、門を開いた代価を求めて現れるはずである。
「終わりだ。お前たちは、これで終わりだ。完全に、完璧に、一切の躊躇もなく、一切の希望の光もなく、このまま絶望の淵で溺れて死ぬのだ。愉悦、まさに愉悦よ」
アトムスクが、邪悪な笑い声を上げる。
カーリャに斬り裂かれたはずの首も、凄まじい速度で再生していた。
奇跡のような連携攻撃でようやくあそこまで追い詰めたのに……と、遂にカーリャが構えを解いてしまう。
カーリャだけではない。
その理不尽な光景は、再び一行を絶望で支配するには十分すぎるものだった。
しかし……やはりリアだけは、あることに気づいていた。
絶望の中でも冷静でいられる理由は、いくつもの死線を越えてきた熟練の冒険者だからだろう。
その眼は常に、生還するための道筋を探しているのだ。
「代価の先払いとは……焦ったな、アトムスク」
リアが一歩、アトムスクに近づく。
そして、一行の盾となるように手を広げた。
「届いたぞ、俺の切り札が」
その瞬間だった。
リアの目の前に、黒の巨狼が遥か頭上から着地をしてきたのだ。
アトムスクは呆気にとられたかのような表情でそれを見つめていたが、やがて薄気味悪い笑みを浮かべ始めた。
「切り札? ソレがか? なにかと思えば……愉快、滑稽よ!」
しかし、リアに焦りの色は見えない。
自分が今なにをすべきなのか、よく理解をしていたからだ。
「ソレには、我の呪いの楔が打ち込まれている。ソレは、我には歯向かえんのだぞ。無念だな、残念だな、愚かしいな、下等な生物ども」
高らかに笑うアトムスク。
これで自分の勝利は揺るがないものとなった……とでも、思っているのだろう。
それでいいと、リアは心の中で呟いた。
ブラドゥが来た時点で、自分の役割はアトムスクの注意を引きつけることに切替わった。
なぜなら……
なぜなら、最後の切り札は、そこにあるからだ。
「万策尽きたと知れ。安堵し、絶望しろ。そして、魔神の供仏としてくれよう、下等な生物よ!」
アトムスクが、何かを呼び出そうと両の手を広げる。
しかしその胸に、音もなく黒色の剣が生えてきた。
「下等な生物に後ろを取られるとか、間抜けな魔族ね」
酷く冷たい声が、アトムスクの背後からした。
そこにはフード付きのマントに身を包んだ、黒ずくめの剣士が立っていた。
「なんだ、ナンダ、何だ、貴様は!」
しかし、黒の剣士は答えない。
ただ黙って、突き刺した真っ黒な小剣を、縦に持ち上げていく。
それはまるで、紙でも裂いているかのように抵抗がなかった。
「なんだ、ナンダ、何だ、その武器は!」
アトムスクが驚愕をする。
その黒い小剣は、魔族である自分の体をたやすく両断しているのだ。
「あら、痛いのかしら? ただの……無銘の魔剣なのに?」
「無銘……無銘だと! ふざけるな、フザケルナ、巫山戯るな! そんな馬鹿なことがあるか!」
アトムスクは、傷口から崩壊をし始める自らの体を見て、明らかに狼狽していた。
何が起きているのか、まったく理解できないでいた。
「アトムスク。それは間違いなく、無銘の魔剣だった」
リアの言葉に対し、アトムスクが憎々しい目で返す。
「そうよ。でもね……」
黒の剣士が、冷たく続ける。
「玄武の塔で……アンタら魔族を、殺して、複製して、殺して、複製して……何百と繰り返したから……」
黒の剣士が、フードを後ろに下げる。
「そうね、 悪魔殺しの剣とでも、名付けようかしら?」
レシーリアは冷たい視線のまま、そう告げるのだった。




