灰は灰に、塵は塵に(8)
「リアさん!」
ルーが声を上げる。
きっと相討ちになった自分の身を案じているのだろうと、リアがゆっくりと身体を起こす。
「つぅ……」
思わず小さく呻き、痛みの元へ視線を落とす。
どうやら脇腹を斬られたようだ。
致命傷ではないが、長期戦だともたないだろう。
「リアさん!」
今度はカーリャの声が聞こえた。
そうだ、早くアトムスクの方に行かねば……と、ユングを握り直して振り返る。
少し足がふらつくが、そんなことは言ってられない。
自分が加勢すれば、アトムスクを倒せるはずだ。
そう思い戦況を確認するため、階段を見上げる。
しかしそこに“あるもの”は、幾多の修羅場をくぐり抜けてきたリアの心ですら、折ってしまいそうなほど壮絶なものだった。
ましてや冒険者として、まだまだ未熟なカーリャたちが、まともに動けるはずもない。
全員が瞬きすることすらかなわずに、言葉を失っていた。
「あぁ、心地いい。いいぞ。いい絶望を吐き出してくれるな、下等な生物ども」
アトムスクが、恍惚とした表情を浮かべながら呟いた。
そこに“あるもの”は正に魔族と呼ぶに相応しい、嫌悪と恐怖が具現化したかのような姿をしていた。
アトムスクの首はカーリャのザイルブレードによって半分以上斬り裂かれ、頭が逆さまになってぶら下がっていた。
左腿はサイの槍に貫かれ、大きな穴が開いている。
そして何よりも目を引いたのは、アニヘイムの爪によって切り裂かれた腹部だ。
なんとアトムスクの腹からは、巨大な竜の頭が生えるようにして迫り出していた。
それは既に肉体の一部となっていて、まるでキメラのようでもある。
魔族の最大の武器……それは、ただひたすらに無尽蔵な生命力だった。
生ある者なら確実に、恐怖を植え付けられているだろう。
思わずサイとカーリャが、後ろに距離をとる。
「食ったのか……青龍をも……」
力の強奪者──まさに災いだと、サイが頭の中で吐き捨てる。
相手を喰らうことで、自分の力として取り込むことができる魔族。
奴は青龍を食らい、力を取り込んだのだ。
これを生き物と呼べるのか?
本当に不死ではないのかと、サイは疑った。
朱雀の力の一部を使っていたとはいえ、あの青龍の攻撃を耐え抜いたのだ。
あの戦闘のせいで力を使い切っているはずなのにコレかよ、と舌打ちをする。
それに……何より、この状況はまずい。
なぜならば、ザナの結界を破る鍵でもあるアニヘイムを、完全に捕獲されたからだ。
アニヘイムは、そのまま気を失っている。
「少しでも動いたら、このまま食う」
耳障りな、少し話しにくそうにアトムスクが声を出す。
いや、もはやこれを声とは呼べない。
声に似た音を発しただけだ。
「くっ……」
カーリャが下唇を噛む。
アニヘイムを龍頭が咥えている限り、アニヘイムの命はアトムスクが握っている。
まさに、打つ手を失ってしまった。
そんな中、ただ一人。
この状況を打破するべく、誰よりも早く動いている者がいた。
突如としてアトムスクの足下から砂塵が舞い上がり、アトムスクの視界を奪う。
それを狙っていたかのようにカーリャ達の後ろから黒い影が飛び出し、恐るべきスピードでアトムスクの腹の竜を斬りつけた。
「二人とも! ぼさっとするんじゃない!」
突然の出来事に、カーリャとサイは一瞬我を失っていた。
「リアさん!?」
カーリャが目を丸くする。
「今の魔法は、ルーか?」
サイが振り向くより早く、ルーの返事が後ろから聞こえた。
その声は弱々しく、明らかに疲弊している。
ギリギリの精神力で月魔法を使用したのだろう。
「手を出さなくても、アニヘイムは殺される。攻めきるしかない!」
片腕の剣士が吠えるように叫び、鋭い連撃を放つ。
「阿呆が! 剣士が一人増えたとてよ!」
しかし、言うより早く動いたのはリアだった。
たたんっと階段をステップアップし、かなり低い姿勢で刀を斬りつける。
その刀は、赤く光る折れたユングだ。
それと同時にカーリャが踏み込みながら、鞘で刀身を滑らせてザイルを振り上げていく。
階段のように足場が悪い場所だとカーリャ自慢の横一文字の抜刀術も、マスターほどはうまく放てない。
さらにリアの攻撃後、自分が横切りを出すとリアにも当たりかねない。
それならばと祖父の道場で何度も練習していた、上段構えからの斬り落としに抜刀術を組み合わせたのだ。
リアの抜刀は、形容するなら稲妻だ。
刀身が見えた頃には全てが終わっている、そんな一刀だ。
その太刀筋は鋭く重く、アトムスクの脚を薙いでいた。
カーリャもまた振り上げながら抜刀し、頂点から斬り落とす。
アトムスクが階段の上にいる以上、頭は狙えないものの駆け上がりながら斬る事には適していた。
初めて行った縦切りの抜刀術だが、カーリャの溢れんばかりのセンスが十分すぎるスピードを生み出した。
ほぼ同時に繰り出された二人の高速抜刀術にアトムスクはかわせぬと判断したのか、腹からはえる龍の口を大きく開き、その牙でカーリャの上段抜刀の軌道をそらせる。
しかし、そこに大きなスキが生じた。
牙で剣の軌道をそらしきるまでは動けないのだ。
アトムスクは油断していた。
青龍を倒した過信か、人間など眼中にはなかった。
一瞬動きの止まったアトムスクに向かって、サイが一気にリアとカーリャの前に出た。
そしてさらにサイをサポートするように、ハーミアが神聖語を唱う。
『聖なる光よ!』
ハーミアの広げた両手から、不死者や魔族に有効な神聖なる光が強く輝き出す。
次の瞬間、アトムスクは白い闇に飲み込まれるような感覚に襲われていた。
視界を奪われたアトムスクに対し、サイは迷わず槍の乱突を放つ。
カーリャ達に追い込まれ、さらに視界を失ったアトムスクには回避する手段はない。
サイは体力の消耗とともに槍の動きが鈍くなると、これ以上効果のある攻撃はできないと判断し、攻撃をやめ身をかがめる。
そのすぐ後に、後方から自分の背を踏み台にして前に飛び込む人物と、脇をスルリと抜けて前方に飛び出す気配を読みとる。
瞬間後、ズバッと肉を斬る音が重なって聞こえた。
無理はしない、出来る戦力で冷静かつ確実に相手を追い込み、たたみ掛けるチャンスが生まれたなら一気に行く。
戦闘の流れそのものに緩急をつけた戦い方こそが、強敵をうち破る一つの手段だ。
それはリアがカーリャに最初に教えた剣術と同じで、それを見ていたサイだからこそ、無言でも連携がうまれたのかもしれない。
「おのれ、おのれ、おのれ!」
体の半分近くを消失したアトムスクが、怨めしそうに声を上げる。
「かくなる上は、かくなる上は!」
さらに間合いを詰めるカーリャから、逃げるようにして階段を駆け上がる。
そして振り向きざまに、両手を広げてこう叫ぶのだ。
「開け、深淵の扉、来たれ、我が同胞!」
何かの呪文かと思い、リアがカーリャを制して距離を置く。
アトムスクは狂ったような笑い声を上げ、勝利を確信した。
「魔界への扉が開いたぞ、我が願いは届いたぞ、これでお前らは終わりだ!」
アトムスクが頭上を指差す。
そこには黒い円状の闇が生まれていた。




