灰は灰に、塵は塵に(7)
アニヘイムが咆哮をあげながら、低くしなやかな動きで階段を駆け上がり爪を振り抜く。
その敏捷性は全ての生物の中でも高いレベルにあり、流石の魔族も反応しきれず左腕を浅く切り裂かれる。
つけられた傷は、回復せず残ったままだ。
「腐っても四霊獣か」
アトムスクが傷口を確認し、距離を保ちながらダガーを構え直す。
通常の武器では、アトムスクにダメージを与えられない。
魔族にダメージを与えるには魔法の武器による物理攻撃か、 精神世界面に魔法で攻撃をすることが定石とされている。
他には神獣と呼ばれる高位生物の牙や爪も、効果があるといわれていた。
白虎の名を冠するアニヘイムの爪は、まさにそれだ。
それはアトムスクにとって、この場で最も気をつけなければいけない相手だということを意味していた。
「動きが鈍いな」
サイがつぶやく。
魔力の温存をしているだけではない。
アトムスクは青龍を倒すために、相当の力を消費したのだろう。
自分たち相手に切り札でもある『竜牙兵』を出すあたり、奴の焦りは確実だ。
なぜなら『竜牙兵』は、最も強敵であるザナとの戦いにとっておきたい駒のはずだからだ。
『来い、ネレイデス!』
サイは水袋からネレイデスを召還すると、自らの槍に纏わせる。
ルーが言うには、こうすれば魔法の武器と同じような、通常の武器にはない属性の効果を得られるらしい。
「いきがるなよ……下等生物が!」
サイが挑発にのらず、冷静に槍を突きつける。
アトムスクがそれを横にかわすと、サイの背後からカーリャが現れ、居合い抜きを放つ。
カーリャの研ぎ澄まされた居合い抜きは、魔族であっても目測不可能だ。
青白く光る刀身が一本の線を描き、アトムスクの胸を深く薙ぐ。
2人の息のあった連携と見たことのない剣術に、思わず階段を上がり後ろへと距離をとる。
カーリャに斬られた傷も、消えずに残っていた。
「効いてる! リアさんのザイルブレードが!」
サイとカーリャが並び、武器を構え直す。
それは明らかに、アニヘイムへの反撃を許さないための布陣だった。
サイがちらりと、カーリャに目をやる。
カーリャが深く突っ込まないところを見ると、一気にたたみかけるのではなく、確実にダメージを与えていこうとしているのだろう。
自然と生まれた連携だが、かなりの手応えを感じられた。
「思い上がるなよ」
アトムスクは挑発するかのように、冷笑を浮かべて返す。
たまらず、アニヘイムが動いた。
階段を駆け上がりながら、低い体勢で両手の爪を交互に連続で繰り出す。
アトムスクはその攻撃を、両手のダガーで受け流そうとする。
しかしその時、アニヘイムの三つ目の攻撃である牙がアトムスクの首を捕らえた。
グオォォォォ!
アニヘイムの咆哮に反応して、カーリャとサイが同時に飛び込む。
それは大きな好機だった。
「よくも、ユーンを……!」
「てめぇは、ぶっ殺す!」
二人が体の芯にとどめていた感情を爆発させる。
アトムスクに瞬きをする間も与えない、そんな気持ちの籠った攻撃だった。
それはまさに、一瞬。
動きが止まったアトムスクの左腿にサイの槍が突き刺さり、さらには首の半分をカーリャのザイルブレードが斬り裂いていた。
鋭い攻撃と的確な防御……竜牙兵のそれは、騎士をも凌ぐと言われていた。
しかしさすがの竜牙兵も、ルーの月魔法とリアの剣術による同時攻撃には耐えられない。
ほどなくして一体目の竜牙兵が、人形のように崩れ落ちた。
「残り三体……」
リアが呼吸を整える。
今の自分は、魔獣を呼び出せない状況にある。
獣化という切り札も、アトムスクに取っておきたいところだ。
ルーの魔力も温存しておきたいが、既に底を尽きる直前だろう。
全員で帰る、それがユーンに対するせめてもの報いだ。
そのためにはどこまで全力を出し、どれだけ温存しなければならないのか、常に考える必要があった。
それ故にリアの判断は、珍しく鈍っていた。
そんなわずかな迷いが小さなミスを呼び、連鎖させていく。
竜牙兵の攻撃は、リアの腕や腿に少しずつ傷を負わせていった。
リアもこのままでは不味いと感じ、やや強引に一体の竜牙兵を屠るべく刀を振るう。
その攻撃は強引に竜牙兵の頭を砕いたが、その代償として、残りの竜牙兵から左腿と右肩に剣を突きつけられた。
「リアさん!」
ルーの悲痛な声が聞こえた。そしてすぐに、一体の竜牙兵が爆発する。
ルーが月魔法の月光弾を放ったのだ。
しかし竜牙兵は片腕を吹き飛ばされただけで、すぐに動き出した。
『赤の月よ、魔力の水面に跳ねる雫を今ここに!』
ルーが、追撃の月光弾を撃ち込む。
すると今度は竜牙兵の頭に月光弾が命中し、見事に粉砕してしまう。
「リアさん、もう魔力が……」
背中から聞こえるルーの言葉に目を向けずに頷き、最後の竜牙兵に刀を打ち抜く。
竜牙兵も鋭い反撃を見せるが、リアは攻撃をかわす気もなかった。
ここで決めないと全滅する、と判断したのだ。
その捨て身の一撃は赤い剣線を斜めに残し、竜牙兵を一刀の元に両断していた。




