塔の役割(12)
アニヘイムが石化したダークトロールを、躊躇することなく塔の外へと蹴り落とす。
それから一瞬の間をおいて、甲高い音が聞こえてきた。
おそらくは石畳に叩きつけられて、粉々に砕け散ったのだろう。
いかにアンデッド化したダークトロールとはいえ、さすがにこれでは復活できないはずだ。
「さぁ、みなさ〜ん。すぐに上へ向かうわよ〜」
アニヘイムが手をパンパンと叩いて、先に進むよう促す。
「待って。サイとハーミアは大丈夫? 階段から落ちてなかった?」
「私は治癒魔法を使ったので……サイも無事です。カーリャのほうこそ怪我はありませんか?」
ハーミアが胸に手を当てて問い返す。
できれば治癒魔法を温存しておきたかったが、あの局面で自分が戦闘不能に陥ることはもっと危険だ。
そういった意味で、サイの指示は的確だった。
「私は平気。とりあえず、みんな無事ね」
カーリャが安堵のため息をつくと、もう一度アニヘイムが急かすように手を叩く。
「ほらほら〜。黒ずくめの剣士が、このスキに上へ向かうかもしれないわよ〜?」
「あぁ、そっか。まだアイツがいたんだよね」
「そうよ〜。もしかしたらアイツ〜ダークトロールが邪魔で、上に行けなかったのかもしれないしね〜」
あごに人差し指をとんとんと当てるアニヘイムに対し、ルーが同意するように頷く。
「邪魔なダークトロールを倒させるために、僕たちを見逃したのかもしれないよね」
「利用されたってことですか?」
「あくまでも“かもしれない”だよ。ハーミア」
カーリャの話を聞く限り、黒ずくめの剣士は一度も攻撃をしてきていない。
そのためルーは、今はまだ安易に敵と認識してはいけない気がしていた。
クルルルル……
突如、ルーの首元に巻き付いていたルナールが、頭を上げて喉を鳴らす。
「どうかしたの、ルナール」
ルーが心配そうにルナールの頭を指で撫でるが、ルナールは喉を鳴らしたまま毛を逆立てていった。
怯えているのか、もしくは威嚇しているのだろう。
その様子を見ていたアニヘイムも何かを感じ取ったのか、同じように体毛を逆立たせていく。
そして目を大きく見開き、天井を睨みつけた。
「アニ……」
カーリャが声をかけるよりも早く、アニヘイムは部屋の外へと駆け出す。
驚いた一行が、慌ててその背中を追う。
「待って、アニヘイムさん!」
カーリャが声を上げるが、聞いていないようだ。
アニヘイムは脇目も振らず階段を駆け上がり、一気に最上階へ向かっている。
「あ、ルナール!」
今度はルーが声を上げた。
その理由もすぐに判明する。
急ぎ階段に向かう一行の横を、ルナールがすり抜けるようにして駆け上がったのである。
そしてあっという間に暗闇の中へと消えてしまった。
アニヘイムとルナールには、暗視の能力がある。
カーリャはとてもあの速さには追いつけないと判断し、ハーミアからフラッシュを受け取ると、先頭に立って光を掲げた。
「慌てず隊列を崩さないで、サイは後ろにだけ注意をして!」
そう短く最後尾のサイに指示を飛ばし、階段を足早に進んでいく。
この先に敵がいればアニヘイムが戦っているはずだし、奇襲があるとすれば後ろからだけだ。
今は一塊となって、アニヘイムたちを追うしかない。
螺旋階段を踏み外さないようにしながら登っていくと、上の方で扉が乱暴に開かれる音がした。
おそらく最上階に到達したアニヘイムが扉を開けたのだ。
「外光……また壁が破壊されてる?」
カーリャが呟く。
わずかに風も感じられる。
外とつながっている証拠だ。
「みんな、あそこが最上階だよ! あの光に向かって一気に登ろう!」
背中越しで仲間達の声が聞こえた。
振り向いている余裕はない。
何かあればサイが声をかけてくれるだろう。
途中にある階層も、扉が開かれたような跡は見当たらない。
この長い暗闇がようやく終わるのだという期待と、最上階で何が起きているのかという不安が入り混じっていく。
もうあと十段……あと五段……あと二段……そしてついに、光が溢れる最上階へと上り詰める。
螺旋階段も行き止まり、ここが間違いなく最上階だと確信する。
振り向くとルーとハーミアが、呼吸を整えようと胸に手を当てていた。
その後方では、サイが来た道へ視線を向けている。
「下から追ってくるような精霊は見えない。闇の精霊が強すぎるっていうのもあるが……」
「ありがとう。じゃあ、もう前だけに専念しよう」
短く礼を伝え、全員が頷くのを確認する。
そしてフラッシュを鞘に収め、部屋の中へと足を踏み入れた。
中はこれまでの回廊のような部屋と同じで、やはり見たことのない魔導器具で溢れていた。
一行の予想通り壁には大きな穴があり、瓦礫となった外壁は部屋の中に向けて飛び散っていた。
おそらくは外から壊されたのだろう。
そして何よりも目を引くモノ──
赤黒い海に身を沈めるモノ──
いや──
ソレは、巨大な亀だった。




