塔の役割(11)
「じゃあ、作戦通りに……」
カーリャが後ろを振り向き、最後の確認をとる。
作戦の考案者、ルーの表情は硬い。
一行の目から見ても、緊張の色が窺い知れた。
「うん、じゃぁ行くよ」
ルーはそう呟くと、ゆっくり息を吸い込んでいく。
そして右手の指輪に、自らの魔力を注ぎ始めた。
『白の月よ、魔力の水面に跳ねる雫を今ここに』
力ある言葉に反応して、ルーの目の前に白く光る光弾が生まれる。
月魔法の月光弾《エナジーボルト》だ。
『とどまれ、強く、より強く』
ルーが月光弾を放つことなく、呪文を続ける。
魔力をさらに集中し、威力をあげようとしているのだ。
『うねれ、強く、より強く』
光弾が不安定に波打ち、少しづつ膨張していく。
そこでルーが、カーリャと目を合わせて合図をおくった。
「作戦開始!」
カーリャが開戦の狼煙を上げ、階段をタタンと登る。
足の痛みはまだ少し残っているが、高いところから飛び降りたりしなければ大丈夫なようだ。
まずは一太刀と、ザイルブレードを横一文字で振り抜いた。
岩のように硬い物に当たった感触のあと、重いながらもズルリと刃が通っていく。
「硬い……けど、斬れなくはない!」
さすがは、青き月の鍛冶師“ザイル”が鍛えた刀だ。
いともたやすく……とはいかないが、ダークトロールの岩のように硬い左腕を斬り裂くことができた。
「サイ!」
カーリャが叫びながら、階段の右側へと飛ぶ。
ダークトロールは声とも呼べぬ音を吐き出しながら、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。
「させるかよ」
今度はサイがカーリャの横をすり抜けて、ダークトロールの左腿にチャージ攻撃を仕掛ける。
銀製の三叉槍は、サイの鋭い突進により鈍い音を上げて突き刺さった。
「アニヘイム!」
サイは深々と刺さった槍を両手で握ると、全体重をかけて押さえつける。
しかしダークトロールの強靭な筋力は、刺さった槍など物ともしない。
「早くしろ!」
そう叫びながら槍に全体重をかけ、体をしっかりと固定する。そして、次の一手のために背中を丸めて頭を下げた。
「はいは〜い」
今度はアニヘイムが階段を駆け上がり、サイの背中を蹴って空中高くに飛び上がる。
驚くべきはその高さだ。
彼女の身体能力は人の常識を遥かに凌駕していた。
何せ彼女は、三メートルはあろうダークトロールの頭上を軽々と飛び越えていたのだ。
そして何事もなかったかのようにダークトロールの向こうへ着地し、やはり緊張感のない声で「いいわよ〜」と返してくる。
アニヘイムの返事を聞いたサイは、すぐさま槍を引き抜き構えに入る。
すでにダークトロールは立ち上がり、サイに向けて左腕をゆっくりと持ち上げていた。
その左腕にはカーリャがつけたはずの傷が、跡形もなく消えていた。
「死してなお、再生能力もあるのかよ」
しかし自己再生をするゾンビなど、聞いたことがない。
それに肌の硬さからして、不死者特有の“腐り”を感じられない。
完全な不死者であれば神聖魔法による浄化を試してもいいのだが、そのためにハーミアが近づくのはどう考えても危険だ。
──グォォォォォォ
まるで怨嗟のような声が、塔の中に響き渡る。
そして次の瞬間、サイに向けて丸太のように太い腕が振り落とされた。
サイは反射的に槍を縦に構え、ダークトロールの拳を受け止める。
それはまるで、巨大な岩の塊でもぶつけられたかのような衝撃だった。
槍がしなり、そのまま後方へと吹き飛ばされる。
これはただではすまないと直感するが、なぜかサイの背中に柔らかい感触が伝わってきた。
「サイっ!」
声の主はハーミアだ。
ハーミアがサイの体を身を挺して受け止めたのだ。
しかしその勢いを殺すには、彼女の力では不十分すぎた。
二人はもつれるように、階段を十段近く落ちてしまう。
「っつぅ……大丈夫か、ハーミア」
痛みに顔を歪めつつも、槍を握り直し体を起こす。
ハーミアは体をしたたかに打ち付けたせいか、小さくうめいて動けなかった。
「治療をしながら下がれ。魔法を出し惜しむなよ!」
サイはそれだけ伝えると、ルーのいる方角へと駆け出す。
今は、ここで作戦を止めるわけに行かないのだ。
最前線ではカーリャがダークトロールの攻撃をかわし、腿を狙って何度も刀を振るっていた。
少しずつ後退をしているが、これも作戦通りである。
サイの役目は、呪文の詠唱をし続けるルーを守ることだ。
そのため、カーリャには孤軍奮闘が求められる。
サイは「頼むからダークトロールの拳がカーリャに当たってくれるなよ」と、願うしかなかった。
一方のカーリャは、冴えに冴えていた。
何日も暗闇で探索をしていたせいか感覚が極限にまで研ぎ澄まされ、ダークトロールの攻撃が鈍重な動きにしか見えないのだ。
重い一撃を瞬きもせず鼻先スレスレで回避し、後退しながらも的確に腿を薙ぐ。
カーリャ自身も、相手が人間離れした動きをしない限り、“ちょっと大きいだけ”の相手に負けることはないと思えていた。
痛めた足のことを考慮しながら、ルーの位置を背中で感じ取り、機を待つアニヘイムの姿をも視界に捉えている。
より速く、より強く、呼吸を忘れてしまいそうなほどの集中力を持続させ、回避と反撃を繰り返す。
それは一対一の戦闘で無類の強さを発揮する剣士として、ある種の覚醒状態にあった。
一つの攻撃をかわし、二発の斬撃を繰り出し、階段を三段おりる。
それを繰り返していくうちに、下の階から入ってくる冷たい風を感じた。
崩れた外壁から入ってきた風だろう。
つまり、ここが勝機だと確信した。
「ルー!」
カーリャが叫び、再び横に飛ぶ。
『凝縮し、跳ねよ、魔力の雫よ!』
カーリャの合図と同時に、ルーが魔力を集中し続けていた光弾をダークトロールに向けて撃ち放った。
光弾はダークトロールの下腹部に当たると、轟音と爆風を生み出しながら爆ぜてしまう。
その両足は骨が見えるほど破壊されていたが、それでもダークトロールが膝をつくことはなかった。
「やるのね〜、ルーくん」
この瞬間を待っていたのは、アニヘイムだった。
アニヘイムは全身の筋肉を開放し、ダークトロールに体当たりを決める。
たまらずダークトロールがバランスを崩し、光の差し込む下の階まで転げ落ちてしまった。
しかしそれでもダークトロールは、腕をついて上半身を起こそうとする。
「さすがは、アンデッドね〜」
アニヘイムが、その瞳に獣の色を宿していく。
「でもね、私はこれでも“白虎”なのよ」
そう自分に言い聞かせるように呟き、不適な笑みを浮かべる。
そして勢いよく階段から飛び降りると、左手の爪でダークトロールの首をいともたやすく切り裂いた。
さらにアニヘイムはダークトロールの頭を片手で掴むと、十七層目の部屋の中へとずるずると引きずっていく。
その怪力っぷりに、一行は言葉を失ってしまっていた。
「さぁ、これでどう?」
苦しそうに蠢くダークトロールの頭を床に叩きつけ、陽の光に向けて寝かせる。
するとダークトロールの肌がみるみると固まっていき、ついには全身が石化してしまった。
「陽の光で石化する……ね。ふふ、ルーくんの言う通りね」
そうして彼女は何事もなかったかのように、笑顔を返すのだった。




