塔の役割(10)
「この高さから飛び降りたとか、魔獣ブラドゥって翼でもあるのかな」
カーリャが恐る恐る崩れた外壁に近寄っていく。
壁の穴からは、白亜の城郭都市が見渡せた。
外の景色を見ると、自分たちが相当な高さまで登ってきていることに気付かされる。
都市の中央に見えるのは巨大なドームだ。
あそこでレシーリア達と落ち合う予定になっているが、今のところ人影は見えない。
ドームの向こうには、この塔と対となって建てられた朱雀の塔が見えた。
もしかしたらレシーリア達は、まだ塔の探索を終えていないのかもしれない。
ついでに空を見上げるが、青竜の姿も見当たらなかった。
朱雀の塔で翼を休ませているのだろうか。
「仮にも『魔神狼フェンリル』の子供『スコル』や『ハティ』と同じ、ワーグ種だからね。翼なんかなくても、これくらいの壁は走れるんじゃないかなぁ?」
ルーがルナールの喉を指先で撫でながら、月魔術師としての知識を披露する。
「走る?」
「うん。物理的に足さえつけば、どこでも走れるらしいよ。ワーグライダーとかになれたら便利だろうね〜。まぁ誇りの高い魔獣らしいから、そうそう背中を許すなんてことはないだろうけどね」
「壁を走るとか……うえぇ……そんな化け物と遭遇したくないなぁ」
嫌そうに舌をべっと出すカーリャを見て、ルーがうんうんと頷いて応えた。
そんな中ハーミアは、その化け物を一人で倒し、使役までしてまっているリードのことを思い浮かべていた。なぜかあの夜のことを、皆に話してしまいたいという衝動に駆られていたのだ。
もしかしたら自分は、彼のことを誇らしげに自慢でもしたいのかもしれない。
だとしたら、なんて浅はかで愚かな考えなのだろう。
長く心を閉ざしていたハーミアにとってそれは不可解な感情であり、到底受け入れられないものだった。
「どうかしたか?」
ハーミアの異変に気づいたサイが、小声で聞いてくる。
「いえ、なにも……」
そう答えながらも、ハーミアは自分の頬が少し熱くなっている気がした。
そしてこんな時に何を考えているのだと、もう一度頭を振る。
「それにしてもこの壁、どうするんだ。これも修復できるのか?」
「それは無理ね〜」
カーリャと並んで外の様子を窺っていたサイに対し、後ろからアニヘイムが答える。
いつの間にかシリンダーの修復を終えて、戻ってきたようだ。
「外壁は玄武の翁なら直せるだろうけど〜、ここからじゃどうにもできないわね〜」
「そうか。その翁のいる最上階まで、あとどれくらいあるんだ?」
「ん〜そうね。あと八層くらいかしら?」
おぉ、と一行が声を漏らす。
恐怖心と戦いながら登り続けていた一行にとって、終着点が見えてきたというだけで気持ちが軽くなる思いがした。
「というわけで、さらに上に行きましょう〜♪」
アニヘイムが腕を振り上げ、再び暗闇に沈む階段へと向かう。
その後、一行は十八・十九層目の調査も無難にこなした。
どちらの層も扉がしまっており、シリンダーも無傷だったため思いのほか調査が捗ったのだ。
ただ時折ルナールが上を向いて鳴き出したり、アニヘイムが何度か首を傾げたりしていて気にはなったが、それもあと少し登ればわかることだと思い、誰も口にはしなかった。
正直なところ、それほどまでに精神的な疲弊が蓄積していたのだろう。
そうして、この日の探索を終えることになった。
おそらく、探索六日目──
二十層目に向かう階段を登り始めたところで、突然アニヘイムが右手を水平に伸ばし、一行の足を止めさせた。
そしてそのまま人差し指を一本立てて、口元に持っていく。
音を立てるなと言っているのだろう。
横に並ぶカーリャも重心を少し落とし得物に手をかけると、暗闇の先へと気配の糸を探る。
しかし、生者特有の気配は感じられない。
ちらりとアニヘイムの方を見ると、鼻をスンスンと鳴らしていた。
なにか臭いを嗅いでいるようだ。
「ハーミア、光を……」
カーリャが小声で呟くと、ハーミアが魔法剣フラッシュを持ち上げて光を少しずつ強くしていく。
光は階段をゆっくりと登り、やがて見慣れぬ何かを照らし出した。
ソレは階段を遮るようにして現れた。
ただ……ソレは眠っているのか、それとも死んでいるのか、身動きひとつとらないでいた。
見ようによっては、なにか巨大な人型の化け物が座っているようにも見える。
「ルー」
今度はルーの名前を呼び識別を促す。
ルーは目を細めると、やはり小声で答えた。
本で調べずとも理解ったようだ。
「トロールの上位種のダークトロールだね。強靭な肉体と高い筋力、岩のように硬い肌を持っていて、自己治癒能力もある誇り高い戦士の一族だよ」
カーリャが思わずゴクリと喉を鳴らす。
トロールは冒険者なら誰もが知っている、出会いたくないモンスターのひとつだ。
生半可な武器では強固な肌に弾かれてしまい、運良く傷をつけられたとしても、たちまちに治癒してしまうと聞く。
「トロールの上位種って相当強いんじゃ……それに三メートルはあるよ、アレ」
「相当強いよ。でも弱者には見向きもしないし、下手したら庇護対象として見ることもあるみたいだよ。きっと僕とハーミアは大丈夫かな?」
「えぇ……私は……?」
口元を引くつかせるカーリャに対し、アニヘイムがくすりと笑う。
「大丈夫よ〜多分あれ、ゾンビ化してるから。みんな狙われるわよ〜」
「ゾンビ化?」
カーリャが目をしばたかせる。
すると最後尾のサイが小声で付け加えてきた。
「だな。一層から見えていた負の生命の精霊は、おそらくこいつだ。死んでいるのではなく、不死者だ。何者かに殺されて、その魂が暗黒神に見つかりアンデッド化したんだろう。誰が倒したのか分からないが、せめて動けないくらいにはバラしてほしいものだな」
「そんな物騒なこと、ルーの前で言わないでよ」
まるで悪気のないサイに、カーリャが呆れて返す。
このハーフエルフは時折、気が回らない。
レシーリアがこの場にいたら、頭のひとつも叩いていたことだろう。
「たぶん〜これ以上近づいたら動き出すと思うんだけど〜戦っちゃう〜?」
アニヘイムが笑顔のまま、獲物を狙う虎のように身構える。
「待って、おねぇさん。僕にちょっと考えがあるんだ」
好戦的なアニヘイムを制し作戦を進言してきたのは、この場で最も若いルーだった。




