塔の役割(9)
それから一行が、すべての魔導器具を修復するのに半日は要しただろう。
床に散らばっていたガラス片も奇麗になくなり、今となってはすっかり見慣れた部屋に戻っていた。
青白い光を放つシリンダーの中では、早くも新たな魔族が生成されている。
逃げ出した魔族がどうなったのかは分からないが、とりあえずこれで元通りというわけだ。
あれ以来、黒ずくめの剣士も姿を現していない。
そういった意味でも、油断のできない状況に変わりはなかった。
「大丈夫ですか、カーリャ」
「うん。切れた傷はふさがったからね。それよりも、早く次の階に行こう」
心配そうなハーミアに対し、カーリャが笑顔を返す。
しかしハーミアの表情からは、不安の色がありありと見て取れた。
確かにカーリャの外傷は治癒魔法によって消えたのだが、どうやら転倒した時に足を捻ってしまったらしい。
治癒魔法の温存とはいえ、片足を引きずって歩く様は見ていて痛々しいものだった。
「ねぇねぇ、おねぇさん。なんか上の階、少し明るくない?」
ルーが螺旋階段に出て、十七層目を見上げる。
見ればたしかにルーの言う通り、十七層目の扉から僅かに光が漏れていた。
「ん〜、またドアが開いてるのかしら〜?」
アニヘイムが腕を組んで考える。
光が漏れているということは、そういう事だ。
しかしアニヘイムは、これまでと違う違和感を感じていた。
「待て……」
今度はサイがセンス・オーラで精霊力を探る。
「風の精霊がいるな。窓でもあるのか?」
「ん〜、窓なんてないはずだけど〜だとしたら、そろそろなのかしら〜」
どうやらアニヘイムには、何か見当がついたようだ。
警戒する姿勢で扉の前まで進むと、カーリャが来るのを待つ。
そして視線を合わせ、二人同時に頷いた。
アニヘイムが肩で扉を開けると、幾つものシリンダーが立ち並ぶ見慣れた光景が広がっていく。
そしてその奥の外壁に、明らかな異変があった。
「なるほど〜これが原因ね」
アニヘイムが困ったように鼻先をかく。
なにせ外壁に、ひと十人分ほどの大穴が空いていたからだ。
「光の原因はこれで、風の精霊も外から入ってきていたのね〜」
そう言って、フロアの中を見渡す。
壊されたシリンダーもすぐに見つかった。
「魔獣ブラドゥ。どうやら、この階層にいたみたいね。『魔神狼フェンリル』ほどじゃないにしろ、ここの壁を破壊して逃げるなんて、さすがね」
その名を聞き、ハーミアが思わず息を呑みこんだ。
魔獣ブラドゥは、リードが倒した黒い巨狼だ。
そして今は、リードが契約の笛で使役している状態にある。
「そんなの逃げ出してるなんて……大丈夫なの?」
「まぁ〜鉢合わせたら倒すしかないわね〜。でも逃げたのなら、とりあえず今は気にしないでいいんじゃないかしら〜」
「そうりゃそうだけど……」
カーリャが眉を寄せて、心底嫌そうな素振りを見せる。
魔獣ブラドゥについては知っているのは、ハーミアとリード、そしてレシーリアだけだ。
ハーミアは『あの夜のこと』を話してもいいのではと考えたが、リードに口止めをされているため、やはり話さないことにした。
いま必要なことは安心よりも、警戒だと考えたのだ。
「皆さんは、外の空気と光を堪能してて。私はブラドゥのシリンダーを直してくるわね」
そう言ってアニヘイムは部屋の奥へと進んでいった。




