塔の役割(8)
「魔族なんですかっ!?」
ハーミアが息を切らせながら、フラッシュで足元を照らす。
「わかんない! けど、かなり強い!」
カーリャは走りながらも、ザイルブレードの鞘で壁や地面を叩いて仲間達に異変を知らせる。
あの黒ずくめの剣士、一対一で戦えばいい勝負ができそうだ。
しかし魔族の可能性がある以上、孤立した状態での戦闘は避けるべきだろう。
何より全員で戦えば、かなりの確率で勝てるはずだ。
「今はとにかく、みんなと……」
カーリャがそう話しながら、ちらりと後ろを確認しようとする。
その時だった。
カーリャは床に散らばったガラス片に足を滑らせて、右膝を打ち付けながら大きく転んでしまったのだ。
「カーリャ!」
慌ててハーミアが駆け寄ろうとするが、カーリャは首を横に振りそのまま走れと目で訴える。
今は仲間との合流が先決だ。
それにフロア自体は、それほど広くない。
ハーミアがみんなと合流してここに戻ってくるのに、そう時間はかからないだろう。
「私って、ほんと馬鹿」
サイに言われたばかりなのに、いきなり転ぶとは我ながら情けない。
右膝の痛みからして、ガラスで切ったのだろう。
これでハーミアに魔法を使わせては、大きな失態だ。
「ふぅ……」
呼吸を整えて、静寂に溶け込もうとする。
そしてザイルブレードを構え直し、すうと目を閉じた。
魔導器具が全て破壊されているせいで、ここは完全な暗闇だ。
視界に頼れないのであれば、一層のこと目を閉じて耳を澄ました方がいい。
きっと床に散らばったガラス片が、相手の居場所を知らせてくれるだろう。
しかし暗闇の中で、いつどこから襲いかかってくるのかわからない敵を迎え討つことは、非常に難しいことだった。
熟練した冒険者でもない限り、平常心を保つことすら困難だろう。
事実カーリャの精神状態は、いつ『恐慌状態』に陥ってもおかしくなかった。
──あの黒ずくめ、あの暗闇の中で私たちが見えていたのかな?
そう考えると、圧倒的に不利である。
いかに耳を澄ませたところで、相手が弓でも持っていればただの的だ。
思わず、ごくりと喉を鳴らす。
──だとしたら何故あいつは、あの時奇襲をしてこなかったの?
あいつは隠れるでもなく、近寄るでもなく、何故かただ立っていた。
それだけ腕に自信があるのか。
次々と頭によぎる雑念が、カーリャの恐怖心を増幅させる。
呼吸を殺し集中しようとするが、いらぬ疑問が見えぬ相手を強くさせていくのだ。
やがて遠くで、ジャリッとガラスを踏む音が聞こえた。
──来た?
刀を少しだけ斜めに構え、攻撃に備える。
まずは一太刀目を受け止め、即座に反撃しようと考える。
もしくは音の鳴る方向に横一文字で斬り込むしかない。
ジャリ、ジャリと音が近寄ってくる。
その音が思いのほか大きく、いくつも反響して聞こえた。
もはや相手の場所などわからない。
まるで四方八方から、無造作に距離を詰められている感覚だ。
そうだ、敵は一人とは限らない。
私は馬鹿だ……なぜ一人だと思い込んだのかと、迂闊な自分に呪いの言葉をかけたくなる。
ジャリジャリジャリと乱暴に距離を詰められる。
確実にこっちを認識して近寄ってきている。
もう、やるしかないようだった。
「やぁぁぁぁ!」
声を上げ斬りかかる。
しかしその一撃は空を切り、痛む足で体制を崩してしまった。
これは死んだかもしれない。
いや……もし倒れても、とどめを刺そうとする相手に一矢報いるのだ。
そう覚悟した中、体が大きく傾き再び床に向かっていく。
しかしその時、思いもよらぬ力で自分の腰が抱かれる感覚がした。
「大丈夫、私、アニヘイムよ」
転びそうになった体を抱き抱えるようにして、アニヘイムが支えてくれる。
目を開けると、心配そうに駆けつける仲間たちの姿が見えた。
近寄る足音の主はアニヘイムで、反響していたと思っていたのは仲間達の足音だったのだ。
前に集中するあまり、そして目を閉じていたせいもあり、後ろから近寄る灯りに気づけなかったようである。
カーリャは改めて、己の未熟さを痛感する。
「カーリャ、足が……」
ハーミアが慌てて駆け寄り、治癒の祈りを捧げ始めた。
「ごめん。相手は一人……いや、そうとも言い切れない。黒ずくめの剣士で、かなり強い」
カーリャはそこまで説明すると、アニヘイムから離れて刀を構え直す。
「ん〜、追ってはきてないみたいね。逃げたのかしら〜」
アニヘイムが首を傾げると、サイも頷いて答える。
「そうだな。この奥には闇の精霊しか見えない。しかし注意は必要だ。やはりアニヘイムと共に、魔導器具を修復しながら一周した方がいいかもな」
サイの言葉に、カーリャが頷く。
そしてハーミアに礼を言うと、もう一度暗闇の中に視線をもどした。
得体の知れない存在に恐怖を感じたのは、暗闇のせいだろう。
光を失い孤立した自分を、闇の精霊が恐慌状態にしようとしたのだ。
おそらくサイの意見は、それを見抜いた上のものでもある。
「ごめん、油断した。少しみんなを頼るね」
再び呼吸を整え直し、目に闘志を宿す。
その目はまさに、前線で戦う戦士の目だ。
素直に弱さを認め、仲間とともに前進しようとする若きリーダーの姿に、アニヘイムは強い好感を持ち始めていた。
この娘は強くなるという確信めいた予感を感じていたのだった。




