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満月のハナシ  作者: Ni:
白い月 さまよえる白亜の都市

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80/110

塔の役割(7)

 探索、五日目とされる日──

 一行は十六層目に足を踏み入れようとしていた。


「ここも扉が開いているわね〜」

 アニヘイムが扉の前でペロリと親指を舐める。

 ついで鼻をスンスンと鳴らせて、匂いを嗅ぎ始めた。

 扉が開いていたのは三日目に探索をした十四層目以来で、これで二度目になる。

 あの時は、狼の逃げ出した痕跡があった。

 つまりここも何かが逃げ出した可能性が、あるということだ。


 ルーが怯えるルナールを両手で抱き抱える。

 やはりルナールは、何かを感じ取っているようだった。


 部屋の構造は、もちろんドーナツ状だ。

 長い廊下のような部屋は、弧を描いて先へと伸びている。

 しかし、これまでとの違いは一目瞭然だった。

 生物が保管されているはずのシリンダーが、全て壊されていたのだ。


「あらら〜、これはまた派手に逃げちゃったわね〜」

「逃げ……え、これ全部って、全部が逃げちゃったってこと?」

 カーリャの問いに、アニヘイムが肩をすくめる。

「とにかく生き残ってるシリンダーがないか、皆さんで見てきて。私はシリンダーの修復をしていくわ〜」

 そう言って、アニヘイムが魔導器具のひとつを操作する。

 魔導器具の再起動が始まると、地面に落ちていた無数のガラス片が宙に浮き上がり、パズルのピースを埋めるようにシリンダーを形作っていった。

 やがて割れ目が綺麗に消えると、シリンダーの中が謎の液体で満たされ、新たな生命が生成されていく。

 しかしこの調子で、全ての魔導器具を再起動するのは大変そうだ。


 ハーミアがその様子を見つめながら、アニヘイムに話しかける。

「アニヘイムさん。ここから逃げ出した生物は、どんな種類のものなんですか?」

「この階層はぁ、下位の魔族ばかりね〜」

「魔族って……」

 思わずハーミアが眉を顰める。

 魔族は冒険者にとって、最も出会いたくない魔物だ。

 神官である彼女には、邪悪であり嫌悪すべき対象でもある。


「大丈夫、もう魔族の匂いはしないから。既に塔から逃げ出したのか、魔界に還ったのか……どちらにしても魔族は死体を残さないから、ここにはもういないと思うわよ〜」

 アニヘイムは、魔族すら恐れていないようだ。

 笑顔のまま、淡々と作業を進めている。

「それに〜下位の魔族なんて怖くないない〜♪ 皆さんは、ささっと見てきちゃって〜♪」

 たしかにアニヘイムの作業を見ていても仕方がない、とカーリャは頷き、最後尾のサイに呼びかける。

「私とハーミアは右回り、サイとルーは左回りで確認しよう。アニヘイムさんは“ああ”言ってるけど注意して。何かあったらとにかく音を出して知らせて、それからアニヘイムさんのいる場所に集まること。戦闘は合流してからね」

 まるでレシーリアのような指示の出し方に、サイが少し驚く。

 レシーリアやリアが『カーリャはリーダーに向いている』と言っていたのは、どうやら間違いではないらしい。

 判断の正確性は未知数だが、決断の速さは認めるべきところだろう。

「了解だ。ガラスの破片に気をつけろよ。転んだだけでも大きな怪我になる」

 サイはそう付け加え、ルーに行くぞと目で合図を送った。




「本当に、向こうは大丈夫なんでしょうか」

 この異様な光景を前にして不安を感じたのか、ハーミアがポツリと呟いた。

 向こうとは、リアたちのことだろう。

 きっとユーンのことを心配しているのだ。

「まぁね。でも、リアさんとレシーリアがいるんだもん。こっちよりも安全でしょ。きっともう、塔の攻略も終わってると思うよ」

 カーリャは、熟練の冒険者である二人に絶対の信頼を寄せていた。

 心配するなら未熟なこちら側なのだ。

「ねぇ、カーリャ」

 ハーミアが何かを読み取ろうと、カーリャの表情を伺う。

「カーリャは、もしかしてリアさんのこと……」

「待って」

 カーリャがハーミアの言葉を遮る。

 その表情には緊張感が走っていた。

「何かいる」

 カーリャは小声でそう呟くと、無意識のうちに姿勢を低くし、右手をザイルブレードの柄へと伸ばしていった。

 ザイルブレードは、青き月の鍛冶師ザイルが鍛えた大業物だ。

 リアから弟子の証として受け取った銘刀も、今はすっかりカーリャの手に馴染んでいた。

 だからこそ、カーリャの動きに無駄はない。


 次の瞬間──


 カーリャが音もなく大きく前へと飛び、ザイルブレードを引き抜く。

 ザイルブレードは青白い線を閃かせ、何かとぶつかって火花を散らせた。


「なっ!?」


 奇襲である“一の太刀”を弾かれ、思わず驚きの声を上げる。

 そして相当な手練だと判断し、即座に後ろへとステップを踏んで距離を開けた。


「あなた……何者?」


 カーリャが向けた言葉の先には、フード付きのマントに身を包んだ黒ずくめの剣士が立っていた。

 剣士は真っ黒な剣を逆手で握り、ゆらりと後ろへと距離をとる。

 シルエットこそ人の形をしているが、暗闇に溶け込むマントのせいで視認しきれない。

 もしかしたら魔族かと、緊張感が高まっていく。


「下がろう、ハーミア!」


 カーリャはそう叫ぶと、鞘を壁に打ち付けながら、アニヘイムの元へと一気に駆け出した。

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