塔の役割(6)
その後の探索は、さらに時間を要した。
探索が長引く主な理由は、ガラス筒の中に保管された様々な生物に目を奪われてしまうせいだった。
ガラス筒にはアニヘイムの言う通り、ゴブリンやコボルトからスライムやハーピィまで様々な生物が保管されていた。
ガラス筒に収まらない生物は赤子の状態で保管されており、取り出せばすぐに成長してしまうらしい。
この調子でいくと人間やエルフ、ドワーフといった種族まで出てきそうだ。
このような未知なる技術を学院の探求者が見たら、目の色を変えて飛びつくことだろう。
事実、その探求者のひとりであるルーは、高揚する気持ちを隠しきれずにいた。
もっとゆっくり見たい、じっくりと考察をしたい、そんな表情を浮かべていた。
ただルーは探求者である以前に、少年の心を持ち合わせている。
そこには人として真っ当な生命への倫理観があり、何より優しい性格の持ち主なのだ。
それ故にこの都市の管理者にして大賢者『マナ=ウェル』に対し、畏怖の念を覚えていた。
そしてそれは、他の仲間達も同様である。
好奇心と恐怖心は常にせめぎ合い、僅かに好奇心が勝ってしまう。
そんな自分に恐怖する、その繰り返しだ。
塔の探索も十一層目が終わろうとしていた。
とりあえずこの階層では、逃げ出した生物の形跡はない。
「そろそろ夜かなぁ?」
カーリャが遠回しに、探索の切り上げを提案する。
「どうだろうな。正直、俺には分からない。これほど時間の感覚が狂うとは、思っていなかった」
最後尾のサイが声を上げる。
既にサイは、外が明るいのかどうかさえも分からないでいた。
「私も……もうずっと前に日が暮れているのでは、と感じてしまっています」
ハーミアの声には、明らかに疲労が混じっている。
暗闇というだけで、正気を保たせることは困難になる。
この異様な光景の中にあれば、それは尚の事だった。
「僕はお腹が空いたなぁ。もう今日は休みたいよ」
ルーの言葉は、どこかパーティ全体への配慮がある。
年下のルーがそう発言することにより、休まざるを得ない空気が生まれるのだ。
それを知った上での発言なのだろうと、カーリャは受け取っていた。
「アニヘイムさん、今日はここまででいいかな?」
「私はぁみなさんにぃ合わせるわよ〜?」
カーリャに返したアニヘイムの表情に、疲れの色は見受けられない。
肉体だけでなく、精神力も相当強いようだ。
彼女の限界点は、どこなのだろう。
思わず「剣士である自分よりも、素手の彼女の方が強いのだろうか」と考えてしまう。
とにかく、これで今日は終わりだ。
今日という区切りも既に間違っていそうだけど、とカーリャはその不安を口に出すことなく飲み込んだ。
探索二日目は、十二層目と十三層目だ。
この辺りから、一日二層の探索が限界となっていた。
保管されている生物も、ほとんどが見たことのないものばかりである。
この日の探索も異変はなかった。
探索、おそらくは三日目。
日付に関しては、もう誰も自信がない状態だ。
この日は少し異変があった。
十四層目では、狼のガラス筒が割れていた。
おそらく都市の外に逃げた狼だろう。
割れたガラス筒は、その装置を再起動すると瞬時に修復される。
そしてその中に、新たな狼が生成されていく。
装置の修復も生命の複製も、一行には到底理解できるものではなかった。
ただ生命の複製に関しては、『禁忌』どころか『神への冒涜』にあたる行為であることは理解できていた。
そしてそれは、より強くこの都市への恐怖心を煽っていくのだ。
探索、四日目とされる日。
いくら次の日を迎えても、当たり前だった朝を感じられない。
それどころか常にねっとりとした恐怖心がつき纏い、眠りが淺くなってしまう。
時間の感覚は、完全に狂ってしまっている。
塔に入ってから何日たったのかなんて、誰ひとり把握できていない。
そして不安の対象は、さらに増えてしまっていた。
それは『上の階層に上るほど、保管されている生物も強くなっている』ということだ。
つまりこの先には『目の前のガラスの筒に入っている生物よりも、さらに強いモンスターが逃げ出している可能性がある』ということを意味しているのである。
そう考えるだけで一行の精神は、さらに疲弊してしまうのだ。
できることなら最上階まで、一気に駆け上がりたい気分である。
そうして次の日、運命となる十六層目の探索が始まった。




