塔の役割(5)
カーリャが暗闇へと渦巻く螺旋階段を見上げ、小さくため息をついた。
いよいよ塔の探索も十一層目に入る。
アニヘイムの話によると、玄武の塔の方が造りは単純らしい。
もしかしたらリアさんたちよりも速いペースで登っているのではと、思わず頬を緩ませてしまう。
競争しているわけはないのだが、カーリャとしてはどうしても意識をしてしまうのだった。
これまでと同様に螺旋階段から十一層目の外周へと向かう通路を抜け、アニヘイムが扉を開ける。
アニヘイム曰く、この扉が閉まっている限りは比較的安全らしい。
「この先からが、この塔の主な役割……って感じになるのかしらね」
おっとりとした笑顔の中にも、どこか緊張感を漂わせる。
カーリャには、彼女の腕や太ももの一部を覆っている真っ白な体毛が、ほんの少しだけ逆だっているように見えた。
軽い興奮状態にあるのかもしれない。
「何せ、ここには全てがあるからね〜」
彼女は含みをもたせた言葉を口にすると、扉の奥へと進んだ。
一行もそれに続き、部屋の中に足を踏み入れる。
部屋の造りはこれまでと同じで、外周をぐるりとまわるドーナツ状の構造になっていた。
もちろん窓はなく、部屋をわける壁もない。
ただひとつ大きく違うのは、見たことのない魔導器具が整然と立ち並んでいるという一種異様な光景だ。
それはルーですら知り得ない、まさに古代王国の遺産そのものだった。
「これって……?」
カーリャが魔導器具に、恐る恐る顔を近づける。
「モンスターか?」
サイがごくりと唾を飲み込み、槍を構える。
ハーミアにいたっては、恐怖のあまり動けずにいた。
一行の目の前にある通路の内側と外側に、青白く光るガラスの筒が何本も立ち並んでいた。
筒の中は液体で満たされていて、どの筒にも何らかの生物が一種類ずつ入っていた。
「生きているのですか?」
ハーミアがサイの後ろから、顔を覗かせる。
筒の中の生物はどれも身動き一つしていないが、死んでいるようには見えなかった。
「生きている……いや、眠っているな」
すでに精霊を感知していたサイが、その筒の中に眠りの精霊が宿っていることを説明する。
「どういうことなの?」
この異様な光景に対し、カーリャがアニヘイムに説明を求める。
しかしアニヘイムは、平然とした態度のまま笑顔を崩さない。
「言ったでしょう? 全てがあるって。ここには、全ての生物が保管されているのよ」
「全てって……?」
カーリャが言葉の意味を飲み込めずに、眉をひそめる。
「そう、全て。ゴブリンからドラゴン、捕獲が可能な精霊から魔族までね」
「生体の標本……それも生きた?」
ルーが驚きのあまりに言葉を漏らす。
生物を生きたまま標本化することは、月魔術師ギルドでは禁忌に指定されている。
それは人道的な観点から、『生者への尊重』を著しく侵害する行為に当たるからだ。
アニヘイムが語った管理者にして大賢者『マナ=ウェル』を含め、やはりこの都市は自分たちの知る『世界の理』の外側から来たのだと思い至る。
「塔の異常は、やはりこの上で間違いないはずね。たぶん魔獣ブラドゥや狼以外にも、何かが逃げ出したんだと思うわ」
「逃げ出したって、それってかなり危険ってことじゃ……」
カーリャの言葉に、やはりアニヘイムは笑顔のまま頷いた。
「もちろん危険だけど〜まぁ、そのために私が来たんだしね。だからこの先は、ガラスが割れて中身がいなくなったシリンダーを探すの。もし逃げ出した生物がいたら、基本は討伐しちゃうって方向でね」
アニヘイムが人差し指を一本立てて、さらりと言う。
「ちょっと待ってよ。それって確実に予測不能な危険があるってこと? そんなの無視して一気に、最上階に行っちゃ駄目なの?」
カーリャが抗議の声を上げるが、アニヘイムは少し困った表情を返すだけだ。
「だって〜この塔を正常な状態で起動して都市を動かさないことには〜、あなた達も外に出れないのよ〜? ここにいるってことは、ラダーに選ばれちゃったってことだし〜」
「そのラダーっていうのも知らないもん!」
「まぁ、私もラダーが何なのか知らないけど〜お互い選択肢はあまりないんじゃないかな〜?」
悪びれる様子がないのは、わずかにも悪いと思っていないからだろう。
状況は極めて不条理だが、彼女の言う通りでもある。
ここから脱出するには彼女に協力するしかないという事実を、カーリャも理解していた。
「大丈夫よ〜私は強いから〜。だって私は、白虎なんだから」
やはり当然のように言う。
それだけ確固たる自信と、確信があるのだろう。
サイはこの人間と変わらぬ体躯をした獣人が、それほど強いとは思えなかった。
「さっきドラゴンも保管されているとか言っていたよな? ドラゴンが相手でも、同じことを言えるのか?」
サイの質問に、アニヘイムが目を丸くして笑い出す。
「そんなの勝てるわけないじゃない〜」
「お前、さっきと言ってることが……」
「もしそんなのが逃げ出していたら、青竜の坊に頼めばいいの。それだけ強い生物なら、まず塔の外に逃げ出すはずだからね〜」
その言葉もどこまで信用できたものか分からないとサイが訝しむが、アニヘイムの態度は変わらない。
これまで通り笑顔のままだ。
「成り行きで何とかナルナル〜♪ さぁ、行きましょ!」
アニヘイムはそう言って、強引に一行を引き連れるのだった。




