塔の役割(1)
「う〜、不気味だな〜」
南の塔を見上げながら、カーリャが思わず呟いた。
レシーリア達が向かった北の塔と比べ、南の塔は窓ひとつなく一種異様な雰囲気を醸し出している。
明らかに『居住を目的とした塔ではない』と理解できた。
北の塔は、あの青い竜が『翼を休める場所もある』と言葉にしていたことから、おそらく生活することを目的として造られたのだろう。
だとしたら、この塔の目的は何なのだろうか。
「今ごろ、リア達も到着してるはずだ」
サイが水をひと口だけ喉に流し込み、腕を押し当て唇を拭う。
すでに時間は夕刻。
どちらの塔も、パーティが別れた場所から同じくらいの距離にあった。
であるならば向こうも今ごろ、塔の入口に辿り着いている頃である。
「どうする? もう登るのか?」
冒険慣れをしているリアとレシーリアなら今からでも探索を始めそうだが、ユーンの体力を考慮すれば、それほど無理はしないはずだ。
おそらく今日は休むだろうと、サイは頭の中で結論付ける。
「こっちの塔は窓がないからね。朝まで待ったところで中は真っ暗だろうし……今から登っても、あんまり変わらなそうだけど……」
カーリャが、どうしたものかと両手を組み首をひねる。
「私は反対です。こちらは冒険者としては未熟です。外界から閉ざされた塔に入るのですから、一日の時間感覚を崩さないよう、朝から夕方までの攻略をした方がいいと思います」
真剣な面持ちで発言したのはハーミアだ。
たしかにまだ余力はあるが、時間の感覚を失うことは怖いと感じていた。
リードたちと時間のズレが生まれていくことで、何か歯車が狂ってしまうのではと思ったのだ。
「というか〜僕は疲れたんだけど〜。今から登るとかいう考えが浮かんでる時点で、あり得ないだけど〜」
ルーが両手でルナールを抱きかかえて座り込む。
もう動きたくないという子供じみた主張に、思わず三人が声を揃えて笑った。
「そだね。あっちにはユーンもいるんだし、きっと無理しないよね。よし、今日はここで休んで明日の朝からにしよう!」
カーリャの意見に全員が頷く。
リーダーが決断してくれればパーティの動きは早い。
サイは周囲に危険がないかを確認しに行き、ハーミアは食事の準備を始める。
カーリャとルーは、テントを張る役目だ。
二人はルナールに邪魔されながらもテントを張り終えると、ハーミアの手伝いを始めた。
そうして、しばらく経ったあとのことだ。
見回りに行っていたサイが三叉の槍を肩に乗せて、首を傾げながら戻ってきた。
「どうしたの、サイ?」
いち早くサイの様子に気づいたカーリャが声をかけると、サイが来た道を振り返って動きを止める。
「いや……やっぱりいるよな」
「いる? いるって何が?」
カーリャがサイの隣まで小走りで近づき、その視線の先を追いかける。
しかし、どんなに目を凝らそうと何も見えない。
そこにあるのは暗闇に沈む人気のない街だけだ。
「いや、確かに視線を……」
そうサイが口を開いた時だった。
「あなた方、ラダーの戦士さん?」
突如、一行の背後から女性の声がした。
慌ててサイとカーリャが、武器を構えて振り向く。
ハーミアはルーを抱き寄せるようにして、背後に顔を向けた。
声の主は、ハーミアとルーのすぐ後ろに立っていた。
気配も音もしなかった。
あの勘のいいカーリャですら、気づいていなかったのだ。
その事実がハーミアの緊張を一層に高まらせる。
「やっぱり〜そうなのね。ということはぁ〜あなた方と一緒に玄武の翁のところへ行けばいいのかしら?」
あごに人差し指をトントンとさせる。
まるで緊張感のない話し方だ。
「青竜の坊に合流してほしいって言われたから、ちょうどよかったわ」
女は白く長い尻尾をゆらゆらと揺らせながら、話を続ける。
「残りのラダーの戦士さんは、朱雀の塔に行ったのね」
今度は大げさに、パンッと両手を叩いてみせる。
柔らかく優しい笑顔だった。
見た目も、怖さを感じさせない。
服装はカーキ色をした薄手のタンクトップに短めのスカートで、武器は見当たらない。
真っ白でふわふわとした髪の毛は腰まで伸びていて、赤いリボンでキュッと結ばれていて可愛らしい。
何より特徴的なのは猫耳と尻尾、全身の六割を覆っている真っ白な体毛だろう。
一見すれば獣人のようだが彼女の場合、普通の獣人とは少し違っていた。
通常、獣化したライカンスロープやシェイプチェンジャーは全身が体毛で覆われる。
顔は獣のそれに近く、言うなれば人の形をした獣といった感じだ。
しかし彼女の顔は人のものであるし、柔らかな体のラインも大人の女性そのものだ。
体毛がない部分は人間の白い肌が露出していて、目のやり場に困るほどだった。
何よりこうして会話ができる時点で、いわゆるよく知られる獣人と違うようである。
半獣人といった表現が的確だろう。
「えっと、言葉は通じてるのかしら。私の名前はアニヘイム。代々“白虎”の名前を受け継いでいる者よ」
アニヘイムと名乗る女性が、人の良さそうな笑顔を浮かべる。
外見年齢は二十代後半くらいだろうか。
深みのある青い目をしており、色白な肌と真っ白な毛並みに対して、とても鮮やかに映えていた。
おおらかで落ち着きがあり、レシーリアよりも大人びて見える。
「お〜い、反応しろぅ〜。私は敵じゃないわよ〜?」
困ったような表情で、手をパタパタと振る。
そして、どこかとぼけた女性だった。
やがてカーリャが、思い出したように手を叩く。
「あっ、青い竜が言ってた! たしか南の塔には白の獣神が向かっていて、一緒に最上階の翁に会いに行けって!」
一行がアニヘイムに、目を泳がせる。
たしかに、話に聞いた通りの『白の獣神』だ。
「南の塔〜? こっちは北の玄武の塔よ? 南はぁ、あっちの朱雀の塔。青竜の坊ったら、また方角を間違えてるのね〜。それはきっと、この都市の方角じゃなくて〜この世界の方角ね」
今度は、深くため息をつく。
つまりこの都市は、この世界の方角に対して、本来と違う方角を向いて浮いているということだろうか。
それにあの青い竜を坊や扱いできるアニヘイムとは、何者なのだろう。
この優しそうな女性が、あの竜と並ぶほどの強さを持ち得るのだろうか。
「食事なら私もまぜて〜。塔に登るのは明日の朝からなんでしょ〜?」
アニヘイムはそう言うと、警戒を解かないでいるハーミアとルーの隣に笑顔を向けながら座った。




