狂乱のアトムスク(6)
二人は螺旋を描いて上へと伸びる階段を、一歩ずつ進んでいった。
途中の階層で私室のような部屋がいくつも現れるが、それらは全て無視した。
今はとにかく、最上階を目指すべきだと考えた結果だ。
重い足取りのレシーリアとは対象的に、リアはユーンを抱えたまま力強く階段を登っていく。
レシーリアは「これで遅れようものなら冒険者失格だ」と自分に言い聞かせ、無理矢理に足を上げていた。
すでにマッピングもしていない。
ユーンが事細かに描いてくれたマップも、今となっては心を抉る遺物だ。
冒険者になろうと前向きに勉強をし、目標に向かって進み始めていたあの臆病な少女の笑顔が、レシーリアの脳裏から焼き付いて離れない。
いま目の前で『不帰の客』となった彼女に、せめて安らかな眠りを……弔いをしたいという気持ちが次第に強くなっていた。
「レシーリア」
片腕の剣士が足を止める。
ふと見上げると、螺旋階段の先に大きな入口が現れていた。
入口には扉もなく、外からの風と太陽の光が強く差し込んでいる。
外と直結しているのだろうか。
階段自体はまだ上へと伸びているが、どうやらこの部屋は無視できそうにないようだ。
レシーリアは黙って小剣を構えると、リアの前に出ようとする。
「待て、先頭は俺が……」
「あんたはユーンを抱えてて」
答えを待たずにリアを追い越すと、階段に左手をつけながら低い姿勢で入口のそばまで進む。
そして右肩を壁に押し当てるようにし、ゆっくりと部屋の中へと顔を差し込んだ。
「これは……」
レシーリアがつぶやき、警戒を解いて階段を上がる。
リアも怪訝な表情を浮かべながらそれに続き、部屋の中へと足を運んだ。
その部屋はホール同様に三階分ほどの広さがあり、外壁には大きな穴が空いていた。
すでにここは白亜の都市を見渡せるほどの高さにある。対をなす塔も大穴から、はっきりと見えていた。
レシーリアとリアの二人は、この部屋の役割が何なのかすぐに理解できた。
何せ部屋の主が、目の前にいたからだ。
“来たか、ラダーの戦士”
青い竜は人間の言葉で静かに呟いた。
既に、二人は警戒をしていない。
おそらくこの竜は、共闘すべき相手だ。
そもそも敵であるならばとっくに殺されていただろうし、抵抗するにしても相手が悪すぎる。
“ひとり死んだか”
青い竜が体を起こして立ち上がる。
体長二十メートルはあろうその巨体が、少し動くだけで大きな風を生んだ。
休めていた翼をゆっくりと折りたたむと、悠久の時を思わせる落ち着いた瞳を二人にむける。
「竜よ。ラダーの戦士とは何だ。俺たちに何をさせたい。俺達は外に出たいだけだ。それは叶わないのか?」
リアはユーンを床に寝かせ、臆することなく質問していく。
“ラダーの戦士とは、想定外の事象に対応するために選出された“外界の戦士”のことだ。お前たちが、二つの塔を起動させ中央のドームに入れば、役目を終えて帰れるだろう”
「勝手に巻き込んで、危険な仕事をさせるってこと?」
レシーリアが小剣を握り、青い竜を睨む。
この竜のせいでユーンが死んだというのなら、決死の一撃を放つ覚悟だった。
“我々には猶予がない。選べる手段もない。故に、お前たちに選択肢を与えることは出来ぬ”
「随分、上からね。そのせいで、こっちは大事な仲間が死んだのよ?」
青い竜が何かを考えるように、長い時間目を閉じた。
返事に困ってというよりも、深く思慮しているようだ。
「この娘を救ってよ! これだけの都市だもの、何かあるんでしょう!」
珍しくレシーリアが感情的になる。
きっと最後の頼みの綱を握る思いなのだろう。
そんなレシーリアの悲痛な叫びに対し、竜は静かに口を開いた。
“娘よ。我も少ないが仲間という存在を持っている。いま、それを失うことを考えていた。それはとても辛いことだ”
思いも寄らない言葉に、レシーリアが押し黙る。
“すまないが、この都市には神の信仰者はいない。そして、この都市から外に出られる者もラダーしかいない。残念だが、その者を救うすべを見つけられぬ”
レシーリアが唇を噛みしめる。
絶望と、諦めと、覚悟……それを今しなくてはならないのだ。
「俺達は外に出たいだけだ。お前たちのトラブルに巻き込むな。今すぐ、ここから出せ」
“勇敢な人間よ、我にはその権限がない。その権限があるとすれば、ラダーだけだ”
やはりこのまま進むしかないのか、とリアがため息をつく。
そもそもラダーという存在を知らないのに、どうしろというのだ。
“この部屋から上に行けば、精霊石の間がある。そこで真紅の精霊石を見つけ、壁面にある同じ形のくぼみに当てはめるのだ。それで、お前たちがこの塔でのやるべきことは終わるはずだ”
「いいわ……あんたの言う通りに踊ってあげる。そのかわり、先にやってほしいことがあるの」
レシーリアがユーンを抱き起こす。
その体は、少し硬く感じられた。
「あなたの炎で、この娘を弔わせて」
それはつまり、灰にしろという意味だった。
死者のアンデッド化を防ぐには神職による祈りとともに、教会の力が及ぶ墓地で埋葬しなくてはならない。
それが叶わぬ時は、灰になるまで焼くしかないのだ。
“引き受けよう。神の炎と称される我が炎ならば、きっとその者の魂も浄化できよう”
青い竜はそう答えると、ユーンを穴の空いた外壁のほうに置くよう指示をした。




