狂乱のアトムスク(5)
ホールの先に進むと、すぐに階段があった。
この部屋が侵入者を防ぐ罠の役割を担っているとしたら、ここから先は比較的安全なはずだ。
それに罠があっても、アトムスクが発動させているだろう。
そう考えたリアは刀を握ったまま、ユーンを担いで階段を登っていた。
時折マントからユーンの血が染み出ては、真っ白な階段へと滴り落ちる。
レシーリアは無意識のうちにそれを避け、リアの後に続いていた。
その目はうつろで、“魔剣 無銘”の真っ黒な刀身をぼんやりと見つめている状態だ。
「大丈夫か?」
リアが声をかけるが返事をしない。
大丈夫なわけがないと、リアも理解はしていた。
それでも今は、先に進まなくてはならない。
この都市から脱出するために、また一刻も早くハーミア達と合流するためには塔を登るしかないのだ。
そしてアトムスクの目的を把握し、おそらくは討伐しなくてはならない。
自分たちにとって、あれはまさに災いそのものだった。
もしかしてブラドゥに呪いの楔を打ち込んだというイーヴォルは、アトムスクのことではないのだろうか。
アトムスクはこの都市にとっても災いそのものであり、あの青い竜が探している相手ではないのか。
青い竜が自分たちを“ラダーの戦士”と呼んだこと、そしてもし戦う相手がイーヴォルだとすれば、何かが繋がる気がした。
「ねぇ、リア」
ぽつりとレシーリアが呟く。
「リザレクション以外で蘇生の方法はある?」
レシーリアの質問に、リアは返事をつまらせる。
そんなことは、リアも最初に考えていたことだ。
蘇生するには三つの神聖魔法が考えられる。
ひとつは、リザレクション。
最もポピュラーな死者を生き返す魔法だ。
しかしこれは、死んでから時間が経つほど成功率が下がる。
この都市から脱出し、早馬でレーナに帰り、リザレクションが使える大司祭を探し出すまでの時間を考えると、とてもじゃないが間に合わない。
次に思い浮かんだ魔法は、リコールスピリット。
これは死者の魂に、術者の体を捧げる魔法だ。
しかしこんな自己犠牲の魔法を、赤の他人に使う大司祭などいないだろう。
そして、リインカーネーション。
この魔法を使用すると、死んでから一週間後にどこかの赤ん坊として生まれ変わる。
そして成人する頃に、生前の記憶と人格を取り戻す。
しかしこれは、臨終する直前に使用しなくてはいけない転生の魔法だ。
死んでからでは意味がない。
「神聖魔法だと、リザレクションだけだ。何らかの方法で帰れることに賭けるというなら、連れて行ってもいいんだが……」
しかしレシーリアが首を横に振り、その考えを否定をする。
「そんな奇跡は待ってられないわ。それでもし、ユーンの魂が暗黒神に見つかってアンデッド化でもしたら、みんなの心にいらぬ傷が増えるだけよ」
そうだ。
最大のリスクはそこにある。
死者の魂を弔わないでいると、アンデッド化する危険があるのだ。
その期間はまさに神の気まぐれで、死んでまもなくアンデッド化することもあれば、一ヶ月経ってもしないことがある。
「あの竜に相談して、駄目なら弔いたい。みんなには見せたくないわ」
少し声が震えていた。
彼女なりに悩み、決断したのだろう。
「そうだな。俺もそれがいいと思う」
少し優しく微笑みかけ、再び前を向く。
リアにはレシーリアが前に進もうと、もがいているように見えた。
このパーティは成長をする。
それはベテランと呼べる彼女にも言えることだ。
ならば自分が先頭で示さねばならない。
全ての判断は、自分が下したものだ。
これ以上は彼女に背負わせるわけにはいかない。
そう強く思っていた。




