狂乱のアトムスク(4)
あれほど強固だったドライアドの木の根が、ある瞬間からみるみると枯れ始める。
リアは銀狼の爪でバリバリと根を削り、人ひとりが通れるほどの小さな穴を開けると、獣化を解いて外に這い出た。
そして凄惨な戦いの跡を目にする。
床には光の精霊の攻撃により、いくつも焼け焦げた跡があった。
無数の槍から自分たちを護り、光の精霊を全て打ち払ったのはユーンである。
これはあの臆病な精霊魔法使いが、命を賭して戦った痕跡だ。
警戒しながら辺りを見回す。
おそらくこの部屋は、許可なく侵入した者を排除するために作られたのだろう。
つまり、この先には重要な何かがあるということだ。
見ればアトムスクの姿もない。
奴は光の精霊が邪魔で、この先に進めなかった。
そこで後続の冒険者を利用し、罠にはめることを思いついた。
しかも魔の六芒星、最後の生贄としての役割も担わせたのだ。
リアはもう一度部屋の安全を確認し、ようやくユーンの元へと足を運んだ。
そこにはすでに、ハーフエルフの盗賊が体を小刻み震わせてユーンを抱きしめる姿があった。
いくつもの『仲間と呼べる者』の死を見送ってきたリアでも、この瞬間だけは耐え難いものがある。
冒険中の後悔は足を止めるだけだと自分に言い聞かせるが、それでも前に進む力を失ってしまいそうだ。
レシーリアも共同探索などで共に冒険した仲間を失ったことはあるが、パーティメンバーの死というものは初めてだった。
冒険者にとってありふれた『仲間の死』が、さばけた性格の自分に、これほどダメージを与えるとは思ってもいなかった。
このことを、どうカーリャに報告すればいいのだ。
この先どんな顔をして仲間たちと過ごせばいいのだ。
いつの間にか自分にとって大切な宝箱となったパーティが、自分を弱くしてしまったのだろうか。
ユーンの体は血に汚れ、愛らしかった表情は苦痛に歪んでいるように見えた。
その表情を少しでも和らいだものにしようと震える指先で整え、こぼれた落ちた臓器をかき集める。
そして自分のマントの上にユーンを乗せると、ぐるぐると巻いていった。
「水……そっちにあったから」
リアが濡らせた布を持ってくる。
「仕組みは分からないが、塔の中で循環させているらしい」
「そんなの……どうでもいいわよ」
レシーリアは布を受け取り、ユーンの顔についた血を丁寧に拭っていく。
「何なのよ……もう少し悲しい顔でもしなさいよ」
理不尽に当たっていると自分でも理解していた。
しかしこの剣士は仲間の死を目の前にしても、どこか達観しているように思えてならなかった。
それほど冷静だからこそ“生還する者”の名を持っているのかもしれない。
「置いていかないのか?」
リアの言葉に頭の中が真っ白になってしまう。
「そんなこと、できるわけがないでしょ!」
思わず血に濡れた手で、リアの服の襟元を握りしめる。
自分の行いは間違っている。
冒険者ならば、生きて帰ることを最優先にしなくてはならないのだ。
それは、わかっているのだ。
わかっていたはずなのだ。
しかし頭でそれを理解していても、感情が理性に牙をむく。
「ここからレーナまで、何日かかると思っているんだ。死んでから時間が経つほど、蘇生の難易度は上がるんだぞ?」
「理解ってるわよ……」
「どう考えても蘇生は無理だ」
「理解ってるわよ!」
「カーリャたちに、腐っていく彼女を見せるつもりか?」
「あんたねっ!」
振り上げた拳を、そのまま彼の頬に叩き込む。
それでもリアは真っ直ぐに見つめていた。
「せめて塔を登って、あの竜と話すまでは連れて行くわ。そこで駄目なら置いていく」
そう言ってリアを解放すると、再びユーンを起こそうとする。
すると横からリアが手を伸ばし、黙ってユーンを抱きかかえた。
そのうしろ姿を見た瞬間、目の前の景色が何重にもボヤけてしまう。
「それは、カーリャたちと会うまでに枯からせておけ」
振り向きもしないリアの強さと不器用な優しさに、感情が複雑なうねりを見せる。
やがてレシーリアは、リアの背中に握りしめた拳を押し当て深く頷いた。
「絶対に、あいつは殺す」
レシーリアが吐き捨てるように呟くと、リアが「当たり前だ」と、声を僅かに震わせて答えた。
【後書き】
満月ではめずらしく後書きです。
連載が止まっていたことについて、少し触れておきたいと思います。
満月のハナシを連載している時に、話の流れで「ユーンの死」が生まれてしまったのが「2017年 9月頃」でした。
もうすでに、4年近く前になります。
大昔に書いていたPBeM「満月のハナシ」では、ユーンはプレイヤーキャラであるため「さまよえる白亜の都市編」で死んでいません。
なろう連載版は完全に書き直しをした小説ですが、もともと死ぬ予定でないキャラクターを死なせてしまうことに抵抗を感じました。
どこかでも述べたことがありますが、PBeM版でのレシーリアは各話の冒頭にしか現れないモブで、代わりに小人族の盗賊が仲間にいたり、ルーはもっと大人の美青年だったりと、かなりの違いがあります。
全くもって別物として描いていった結果、ユーンの死が生まれてしまったのです。
キャラの死について、作者の都合や作品を盛り上げるために描かれることが多々あります。
また、ただ意外性だけを狙ったサプライズ目的の死もあります。
それがメインキャラに近いほど客ウケはよく、序盤から主要キャラを安易に死なせる物語も多く見受けられます。
それは最も簡単で危険な手法です。
※ちなみにこれ系の物語は、そのキャラが「なんだかんだあって生きてました〜」というオチは厳禁です。
そのどれもが自分としては嫌うもので、よほどその死に意味がないと受け入れられません。
以下は完全に作者の好みであり、個人的な考えです。
「灰と幻想のグリムガル」や「グレンラガン」のように一人の死を重く長く受け止め、やがて這い上がって成長するパターン。
「進撃の巨人」や「Vガンダム」のように、その死は物語を描く上で意味のあるものであり、登場人物にとって身近にある『理不尽かつ突然』で、悲しむ時間もなく通り過ぎていくものだというパターン。
自分は基本的にこの場合にのみ、利用するべきだと思っています。
本題に戻ります。
果たしてユーンの死は、これに該当されるのか。
作者の都合でのみ、または物語のアクセントとして軽い気持ちで演出的に殺されていないか。
そして、もうひとつ。
物書きにはメインキャラの死にドライでいられるタイプと、登場人物と同じくらい落ち込んでしまうタイプがいます。
自分は完全に後者でした。
これに悩み、連載が止まりました。
こんな読者も少なく、ラノベ界の片隅で埋もれる素人作品でも、深く思い悩むのですよ。(笑)
そして気分転換に、お気楽な展開の「ザ・ラノベ」として「ネカマの鈴屋さん」の連載を開始しました。(それでも長文タイトル、テンプレ、転生、俺つよなどは避けましたが)
違う作品を書いているうちに、自分なりの答えや納得の行く展開、もしくは違った展開が浮かぶのではと思ったのです。
結果的には浮かびませんでした。
それならばと、満月を最初から再改稿し始めました。
ここで修正を加えていきつつ、常に連載が止まった原因である「ユーンの死」について考えていました。
生存ルートも、たくさん考えました。
結果として「ユーンの死」を書こうと決意をしたのは「王の咆哮(3)」のプロミスリングをプレゼントするシーンです。
この時点で「ユーンの死」に対するその後の展望が完成していき、ギリギリですが自分なりに納得できるものになりました。
読者の方々には、かなりの時間お待たせしてしまいました。
一応、連載が止まっていた理由は説明しておきたかったので、この機会にと思い後書きにて失礼いたします。
この死が安易に盛り上げるためではないことを、描けていければ幸いです。




