狂乱のアトムスク(3)
光の槍はユーンの胸を深々と貫き、地面へと突き刺さる。
「……え?」
何が起きたのか分からないでいるユーンの口元から、赤い血が溢れ出してきた。
「ユーン!」
レシーリアが慌てて駆け寄ろうとする。
しかし突如として左足に激痛が走り、そのままの勢いでゴロゴロと転がってしまった。
「っつぅ……魔法の……槍?」
左の太ももに手を伸ばし痛みの元を確認すると、掴むことが出来ない光の槍が突き刺さっている。
明らかに物質的な槍ではない。
「リア!」
レシーリアが顔を上げると、獣化したリアの体にも無数の槍が突き刺さっていた。
そのどれもが、竜人の槍ではない。
反射的にアトムスクの方へと視線を向ける。
そこには顔を大きく歪ませて、冷笑を浮かべるアトムスクの姿があった。
そして、ゆっくりと天井を指差す。
「早くしないと、仲間が死ぬぞ?」
レシーリアが殺意を込めて舌打ちをし、天井を見上げる。
罠であれば解除できるかもしれない。
そうでなければ……と対策に思考を加速させていく。
しかしレシーリアの目に映った光景は、絶望そのものだった。
天井いっぱいに光の精霊が飛び交い、次々と槍へと姿を変えていく。
その槍が、今まさに雨のように降り注ごうとしていたのだ。
「リアっ!」
すがるように“生還する者”の名を呼ぶ。
しかし頼りの銀狼も、何本もの槍に体を貫かれその場で倒れてしまった。
「終わりだ。朽ちるがいい、下等生物ども」
その言葉に反応してか、一斉に光の槍が降り注ぐ。
これはもう避けようがないと判断し、たまらず体を丸くする。
自分が助かるかどうかは、ただの運任せである。
最悪、このまま全滅だ。
その時だった。
ユーンの精霊語が再びホールに響き渡ったのだ。
『樹の精霊ドライアド、盟約に従いその力の源が枯れるまで、みなを守って!』
強い口調でそう命ずると、レシーリアの手首に巻かれたプロミスリングが強い光を放ち始めた。
それはユーンがみんなのためにつくった、手編みのお守りだった。
お守りには精霊が封じてあると聞かされていた。
その力が、いま解き放たれたのだ。
プロミスリングはするするとその形を解いていき、樹木となって木の根を生やす。
木の根は凄まじい勢いで増殖していき、レシーリアとリアの全身を包み込むように、それぞれが小さなドームをつくっていった。
そしてそのドームの上に、緑色の髪を持った美しい樹の精霊が姿を現す。
ドライアドの髪は強固な木の根となり、あらゆる攻撃から対象を守る。
多少傷ついたところで一呼吸のうちに修復してしまうため、火の上位精霊でもない限り打ち破ることは出来ない。
「ユーン! ユーン、無事なのっ!?」
レシーリアが声を張り上げる。
ドライアドの木の根が邪魔をして、外が見えないのだ。
少なくともレシーリアが最後に見た光景では、自分とリアのプロミスリングしか発動していなかった。
「ごめんなさい、レシーリア……リアさん。ドライアドに守ってもらっても、いつかはやられちゃうから、私が戦うね」
レシーリアの思考が暗闇に染まっていった。
ユーンは死ぬ気だ。
「駄目よ! みんなで戦うの! まだきっと、やれることが……」
「ううん。どちらにしても、ハーミアがいないと治せないくらいの傷だから」
「弱いくせに、なに馬鹿なこと言ってんのよ! リア……リア、あんたは何してんのよ!」
しかし、片腕の剣士は返事をしなかった。
それが気を失っているのせいなのか、生き残るために黙認しているだけなのか、レシーリアには分からなかった。
「大丈夫。私だって強くなったんだよ? レシーリア」
「知ってる……知ってるわよ……でも、あなたには夢が……孤児院はどうするのよ」
「志半ばっていうのは冒険者には付き物なんでしょ?」
頬が焼けそうなほど熱い涙が走っていった。
こんなこと、許されていいわけがない。
無言で“魔剣 無銘”を抜き、寝転がったままの姿勢でドライアドの髪に突き刺す。
「出してっ! 出しなさいよっ!」
狂ったように剣先を突きつけるが、削れた木の根はたちまち修復されてしまう。
自分にカーリャのような剣術があれば……リアのような力があれば……ルーやサイのような魔法が使えれば……しかし自分には、そんな技術はない。
自分は“ただ”の盗賊なのだ。
「私、ちゃんと冒険者になれたかな?」
「馬鹿なこと言ってるんじゃないわよ。勝手なこと言わないでよ。あんたは、ここで死んじゃ駄目なの。あんたは、これからなのよ! 死ぬなら、私から……」
力を振り絞り、剣先を突き刺す。
しかしその抵抗も虚しく、ドライアドの木の根には傷一つ付けられなかった。
無意識で諦めようとする自分の体に、呪いの言葉をかけてしまいそうだ。
そこでもう一度、ユーンの精霊語が聞こえてきた。
『ごめんね、ロイ。思ってたより早く、そっちに行っちゃいそうだよ』
その右手には、黒い真珠が握られている。
それはロイの涙から生まれた、精霊の宿る真珠だ。
『ほんと、私って駄目だなぁ。ロイに、やることが出来たからまだ行けないって、言ったばかりなのに』
黒い真珠がゆるやかに姿を溶かしていき、煙のような闇を生んでいく。
やがて闇は、長剣を携えた黒い騎士のような姿へと形を変えていった。
──これがユーンの望むことなんだな?
闇の精霊が問いかけてきた気がした。
ユーンが力強く頷く。
『お願い、私の命の精霊が離れる前に……』
名もなき闇の精霊は長剣を引き抜くと、その体を宙に浮かせて光の精霊に襲いかかる。
降り注ぐ光の槍と、その槍を狩る精霊の戦闘音だけが室内に鳴り響く。
しかしそれも徐々に静かになっていき、やがて一切の音がなくなってしまう。
それからドライアドの守りが解けるまでの間、静寂が支配するこの部屋の中で、レシーリアの嗚咽だけがはっきりと聞こえていた。




